第四章 岐路
吐きかけるくらいに走ったあの後、すぐに夕食があったので俺は何とか戻さずに食べきって部屋に帰還していた。
「...疲れた」
俺は部屋のソファにどっしりと体を沈ませ今日一日の出来事を回顧した。
「(明日も実践授業があるのか...あの広い平原を刀持って歩き回るのはしんどいな。でも、護身も兼ねて持たない訳にはいかねぇ。銃はなるべく扱いたくないし)」
演習場、しかも奥にいくなら丸腰は危なすぎる。あそこは自然の平原をそのまま転用しているので、柵の向こう側に普通に魔物がいる。しかし魔法学院側は「低級な魔物だし入って来ても大丈夫だろ」と楽観しているのか、学院管轄の範囲の境界の柵が大人が跨げる高さな上に木製のぼろっちいもので、余裕で魔物が侵入できる。魔物にだって知能があるので、「こっからさきに入ったらウィザードに殺される」と分かっておりあまり侵入してこないとはいえ、これはあんまりじゃないだろうか。魔法が使えない俺は、シーナとはぐれた時に遭遇なんぞした時は死を覚悟するぞ。
「(明日もでかいの探すために奥の奥まで行くんだろうなぁ)」
明日の事を考えると、すごい絶望感に襲われる。俺が夢見たキラキラ学院生活はどこへいった。結局入学してから楽しみにしていた図書館にも行けてねぇし。
「...やっぱ魔法学院に来んの失敗だったかな」
頑張って入学したのに、身分の差でやいのやいの差別まがいの扱いだし。唯一の良い事と言えば、平民とも平等に接してくれる貴族がいると教えてくれた、アテネ先輩との出会いだろうか。今まで会った女子の中でぶっちぎり群を抜いて可愛いと思った一番絶世の美少女シーナとの出会いもあるが、平民呼ばわりでこき使われた分足し引き0で良い思い出カウントにはギリ入らんだろう。
ドンドンドンドンドン
俺の部屋のドアが無造作に連打される。この瞬間、俺は部屋に訪れてくる可能性がある人物のリストを頭で思い浮かべた。まず、教師陣の顔ぶれ、アテネ先輩、そしてシーナ。この中で、こんな尋ね方をしてくる人物など一人しかいない。
「こら!早く開けなさい!」
その嫌な予感は的中してしまった、その声の主はシーナであった。マジでよ、今日一日お前に付き合って疲れたんだが、さらに俺になんかやらせる気か?
「...開いてんぞ」
「だったら早く言いなさいよね」
すぐに俺のドアがシーナによって開かれる。改めて全体像を見ると、やはりちっちゃいなと思う。150あるかないか、やっぱり発育には恵まれてないな。女子だし、歳も考えてこれ以上の身体的成長は望めないだろう。シーナは俺の室内を見渡していた。
「平民には、行き過ぎた部屋じゃない?」
「うるせ。んで、要件をサッサと言えよ」
友達として付き合う気がない、と吐き捨てたのはそっちである。部屋で一人なのが寂しくて...なんて可愛い理由で来たわけではないのは分かり切っていること、なにかしら用があるのだろう。
「今日、大きい魔晶岩を探すのに結構時間かかったじゃない。そのせいで最後走る羽目になって」
「そうですね」
「明日は、そんなことしたくないわよね」
「つまり、明日はそこら辺のそこそこの大きさで妥協するって事?」
「そうじゃないわ。今から探しに行くのよ」
この生意気貴族娘は、何を言っている?今から行くとか言ったか?
「は?」
「あの時は奥に進みながら、しかもきょろきょろ周りを見渡しながら歩いていたから遅くなったでしょ?授業開始時点でどこに大きい魔晶岩があるのかさえ分かっていればそこに一直線に向かえばいいだけだし、今日みたいなことにはならないわ」
「明日のために、今日のうちにその大きな魔晶岩を探すってのか?」
「そういうことよ」
今ここで探しに行く労力と、明日は時間に間に合わないかもしれないというリスクを天秤にかけて前者を取った。あの先生の事だ、同じことで二度説教されるとなると恐ろしいったらありゃしない。俺はソファから重い体を引き上げ、刀と形見の銃を携えシーナについていく形で部屋を後にする。
演習場は放課後に生徒も使えるように開放されている。俺とシーナは看守の騎士に扉を開けてもらい中に入った。
「はぁ…来てしまった」
俺は数時間前まで、グランベル先生から説教を受けた場所を見つめて嫌な記憶を思い出す。演習場の入り口付近からしばらくは明るい街灯の柱がぽつんぽつんと建てられているが奥に行けば行くほど数が少なくなってくる。今日俺らが行ったところまで到達すると間隔が凄く広くなって次の街灯にある場所までの道のりはほとんど暗闇だ。多分教員側もここまで奥まで生徒が行くこと想定してないんだろうな。俺らは次の街灯が目視で確認できないところで一度立ち止まった。
「ほら、ランプ」
「あいよ」
促されるままに俺はここに来る際に手渡されたランプをシーナの前に突き出す。普通のランプではない、魔法によって起動し辺りに光を照らすちょっとした魔法具だ、魔法によって着火する仕組みの物なので、俺一人では点灯させることができない。シーナはこんなのもできないのと言わんでいい悪態を吐きながら杖を振るいランプを点けた。
「うおっ、すげぇ明るさ」
魔法が使えず、通常の火によって明るさを確保するランプしか使った事がない俺は初めて見る、光を通り越して輝きを放つランプに感動する。普通のランプだったら三歩離れているシーナの少し周辺までしか照らせなかっただろうが、これは十歩近く先まで照らしてくれている。眩しすぎてランプを直視すると目が痛くなるくらいだ。
「にしても、なんでそんな評価に拘るんだ。ここまですんのは流石に度が過ぎてるような」
「別に。私が満足できないからよ」
昨日ほどの大きいものを破壊しなくとも、成績上の最高評価はもらえるというのに。こいつはさらにその上の評価を貰おうとしている、果たして何の意味があるのだろうか。
「まぁいい、ちゃっちゃと見つけるぞ」
シーナがつんけんしていて会話があまり愉快じゃないなと思った俺はさっさと終わらすために歩みのスピードを上げる。早く終わらせることに関してはコイツも同意なのだろう、俺より狭い一歩の回転率を上げてついてくる。
「ほら、これとかどうだ」
「今日のとあんま変わんなくない?」
しかし、妥協は依然しないらしい。今日の魔晶岩だって相当大きいものだったのだあれ以上となればいつ見つかるかも予測できない。結構しんどいな。しかも、このランプ地味に重いしずっと前に掲げるの疲れるわ。
「全く見つからないわね...」
「しゃーねーだろ。あれでも相当な大きさだったんだしあれ以上のものをくり抜いて複数置いてるとは思えな...ん?」
ここまでの道順では大きさはともかくとして、そこそこの量の魔晶岩が置かれていたのだがしばらくその魔晶岩の見られる数がぐっと減ってきている。それどころか、破壊された痕跡すら残っていないのだ
「なんだ、ここらの石は跡形もなくなるような高等魔法にでも使われたのか」
「分かんないわよ...あ」
左右を見ている俺の後ろで、シーナが呆気にとられた声で声を漏らした。右を見ていた俺はそのまま後ろを見ると、シーナは真正面を見て立ち尽くしている。なんだと思って俺は首を正面に戻した。
「なん...そういうことか」
ランプが照らす先には、いまにもぶっ壊れそうな小さな木製の柵。これがここにあるという事は、この先に魔晶岩は置いていないという事である。
「...はぁ。結局今日壊した奴が一番大きいのだったのね。ここまで来て損したわ」
「大損もいい所だ、ここまで来たって事は牧場ほぼ横断できるくらい歩いたって事だろ。今何時だか...」
懐中時計を覗こうと胸を手で探るが、ここで初めて時計を持ってき忘れたことに気づく。ここまでたどり着くまでに浪費した時間と労力がすべて泡に帰したことに俺たち二人はため息をつく。
「ていうか、ガチでここまでぼろっちいモンだとは思わなかったな。大人が跨げるどころか子供でもまたげるレベルじゃねーか」
文体ではなく口語で伝わっていく話と言うのは、伝わる途中で誰かが面白おかしくするために誇張表現が混じったりするものだと俺は思っていたが今回のケースは言い伝えの話がちゃんと正しかった稀有な例だ。むしろ、話の内容より酷いかもしれない。
「...帰りましょう」
「...だな」
先ほどまでピリピリしていた俺たちの間の空気も、意気消沈ですっかりと消え失せている。俺らは来た道をそのままなぞるように帰路に付く。
「二番目に大きい岩の場所は分かってる?」
「ああ、あれならそんなに遠くにはないし大丈夫だろう」
大きい岩には片っ端から「これでいいじゃないか?」と声を掛けているので二番目に大きい魔晶岩の配置も大方把握している。これ覚えてないと、また明日一から探す羽目になるしな。
「うぅ、失敗したわ。春でも深夜になるとこんなに寒いのね、コート来て来ればよかった...」
シーナがおもむろに手と手をこすり合わせながら、俺が羽織っている黒いコートをチラリチラリと見てくる。
「あげねぇからな」
「ま、まだ何も言ってないじゃない」
「ああそう。ならいい」
シーナはその細い眉を潜ませながらむー、と何か言いたげな顔をしている。素性を知らない通りすがりなら、その可愛さにやられてコートくらい幾らでも貸しただろう。しかし俺はこの女寒い中突然借り出されてこの微妙に重いランプ持ち係までやらされているのだ。そんな奴にやる慈悲はないぞ。
「はぁ、今日の疲れ一晩寝ただけで取れるかな...」
早く実践授業終わって座学に戻らねぇかな、と愚痴っていると、なんだか嫌な違和感を感じて立ち止まる。急に立ち止まった俺にぶつかる寸前で転びかけながら止まったシーナが俺を睨んできた。
「いや、なんか気配がして...」
「ちょ、ちょっと。こんな夜道で冗談でもそんな事言うんじゃないわよ」
シーナは不安そうな声をあげて俺を咎める。
「す、すまん」
気のせいだ、自分に言い聞かせて歩きを再開するがこの感じ取った違和感はすぐに気のせいではないと気付かされた。
「いや、絶対におかしい。俺達が来た時、こんなところに足跡なんかなかった」
小さくてスルーした魔晶岩に向かうように伸びている足跡を発見する。こんな小さい岩に俺達は近づいてないし、第一人の足跡にしては大きすぎるし異質だ。普通の人なら草を歩いてる途中に踏んでも草はしなって直ぐに元に戻る。だが発見した足跡は草が潰されたまま、相当な重量が上から掛からないとこんな風にはならないはずだ。
「なによこれぇ...!」
恐怖に堪らなくなったシーナが後ろで慄いた声を出す。真昼間で、魔獣が真正面に居ればシーナはこんな声を上げないだろう、己には魔獣を確殺できるほどの魔法があるのだから。しかし今は周りが真っ暗の真夜中だし、こんな所に居る以上助けてくれる人も望めない状況だ。
「あの裏か...」
突然の緊迫した場面に晒される俺達。足跡を見るに、この痕跡を残した魔獣はこの魔晶岩の裏に潜んでいることはほぼ確実だ。このまま無視して突っ切って走れば、後ろから襲われてしまう、だからこの魔獣はここで殺さねばならない。それにしても、そんなヒステリックな声で騒ぐんじゃねぇよ。こっちだって怖いんだぞ。
「こんな足跡の魔獣なんていたか?」
足跡の形と俺が知っている魔獣の脚の形を照らし合わせるがそのいずれにも該当しない。俺は息を呑んで背中に掛けてある刀の柄を掴む。
「素人が剣を振るったところで魔獣を倒せると思ってるの?私が全部ぶっ飛ばしてやるわ」
シーナは魔獣が裏に隠れているであろう魔晶岩を丸ごと吹き飛ばそうと慌てふためきながら杖を抜いた。確かにそれもそうである、父に振り方を教えてもらったことはあれど所詮俺は実戦がない素人。ここま魔法のスペシャリストであるシーナに任せたほうが安全だ。本当に、シーナがいて助かった。いや、コイツがいなければ俺はそもそもここにいないか...
「ああ、頼んだぞ」
俺はランプをかざしながらシーナの後ろに下がる。
「ふぅ...いくわよ『サンダー...』」
シーナの詠唱破棄による速やかな魔法で、一撃で終わると思っていた。だが、シーナが省略されたスペルを唱えてる最中に、魔晶岩の陰から大きな人型の何かが飛び出した。
「(魔獣じゃない?!)」
「きゃっ!」
てっきり魔獣だと思っていた俺は意表を突かれ、シーナは突然姿を現したそれに驚き詠唱の途中にしりもちついて転んでしまった。その飛び出してきたものは、明らかに魔獣ではなかった。ぼろぼろの傭兵のような装いで、その顔は布で覆われていてその間から出ている眼光は明らかに人、いや生き物のものではない。そしてその手には...短剣。
「(なんだこいつ...魔導傀儡?!)」
俺と目が合った後、転んでいるシーナを確認したそいつはその短剣を振りかぶりながら俺らの方に走ってきた。シーナは恐怖に竦んでいて立ち上がって左右に飛び上がってかわすこともできそうにない。俺は手に持っていたランプを手放し肩に掛けてある刀を抜いてシーナの前に出るために走る。上から真っ直ぐ振り落とされる短剣に、俺は全力で下から刀を振り上げ弾く。弾けずにそのまま刀ごと地面に叩きつけられたらマズイと思っていたが、ゴーレムと言えど人サイズなので膂力に関して絶望的なまでの差はなさそうだ。今の一瞬のやり取りでさえ、俺が一瞬遅れれば鮮血が舞っていただろう。初めて受け止めた、明確な殺意を持った剣戟に恐怖で身が震える。そうしてる間にも大振りな袈裟斬りが繰り出される。素人目に見るに、こいつの剣の腕前も大したことないのが救いだ。手に持つ刀から重い衝撃が加わるが、力を緩めれば死ぬが嫌でも強く伝わってくるのでよろめくのを死ぬ気で耐える。俺は腕を突き出し払いのける。一瞬で押し負けるほどの力の差は無いにしても完全力勝負の鍔迫り合いまで持ち込まれれば俺の負けは確実だ。
「早く杖を拾えっ。じゃないと死ぬぞ俺達...」
目をやらずに転んで呆然としているままのシーナに指示を飛ばす。
「い、今やってるわよぉ!」
シーナは転んだ際に落としてしまった杖を探すために地面に手を探らせている。後ろに放ってあるランプの明かりの差し方が微妙で、草も微妙に深いのも相まって時間が掛かっているようだ。
「(にしても相手の得物が短剣で良かったな。ごっついブレードだったら折れてたかもしれん)」
切断力を追い求めた究極系と言ってもいい刀は、素早く振りぬくために刀身が細く軽い。その一方ブレードでは、突き刺すこと、鎧の切断ではなく鎧の上から相手をぶっ叩き骨を折るなどの破壊力に重きを置いているため非常に重いのだ。倍以上違う重量のものを打ち合えば確実に先にこちらの方が折れる、今回ばかりは幸運としか言いようがないな。
「(にしても、アイツが遅い)」
中々シーナからの魔法がこない。結構勢いよく転んでたからその時に手に握ってた杖がすっぽ抜けてどっかに飛んだか?だとしたらマズイ、最悪俺がコイツをどうにかするということも視野に入ってくる。
「(サイズが人レベルのこの場合も弱点は頭でいいんだよな)」
ゴーレムの弱点は、基本的に頭だ。ゴーレムとそれを操っている術者の視界を共有する魔法の仕掛けが頭部に集中しているため、頭部を破壊しゴーレムと術者の繋がりを切断すればゴーレムは機能停止する。今回の場合機動力を落とさない為か頭部を覆うような防具がないので刀でも十分ぶった切る事が可能だろう。
「(問題は...そこに刃を当てられるか)」
入学前に素振り程度しかしていなかったほぼトーシロの俺と拮抗しているという事はこのゴーレムを操っている術者も剣の腕自体は素人だろう。だが相手はこの打ち合いに負けても失うのはこのゴーレムだけ、それに対し俺は自分自身の命がない、背負っているものが違う。俺は死におびえながら一手一手慎重な手を繰り出すが相手は恐れるものがないのでガンガン攻めてくるため、こちらの防戦一方だ。これらを捌いて頭に攻撃をぶち込むには...
「(あれを使うしかない...か)」
相手にデカい一発喰らわせるには意表を突く一手が必要だ。そして俺にはその手が一つだけある...今はそのタイミングまで待つんだ。そう思っていると相手から大振りの横なぎをしてくるのを俺は見抜いた。長い剣戟の中で相手の動きが大雑把になってきているのが幸いした。俺は横なぎが完全に加速しきる前に刀を弾く。まだ完全に力が入っていなかった所に衝撃を加えられたゴーレムの動きが一瞬怯む。俺はその瞬間すかさずバックステップで距離を取りシーナの真横に着地する。そしてそのバックステップの動作中に俺は懐に手を突っ込んで銃を取り出し着地と同時に銃口を前に突き出す。片手には刀があり片手射撃だが流石に三歩の間合いで外しはしない。俺は引き金を引くと同時に銃声が鳴り響き、ゴーレムの額に風穴が空けられる。銃弾が頭を穿った直後、手に持った短剣を地面に落としゴーレムは膝から崩れ落ちて機能停止した。戦いの昂ぶりが、その場に漂う硝煙の匂いによって落ち着くと共に俺の体から一気に力が抜ける。
「はぁ...はぁ...なんで学校の敷地内で死にかけてんだ俺はよ...」
自分の境遇を憐れみながら銃のセーフティをかけしまい、刀を背中の鞘に納める。ふぅっと一息ついてから、真横にいて中々起き上がらず目を丸くしたシーナを見やる。なんだか、様子がおかしい。
「...お、おい?大丈夫か」
小刻みに震えてぐす、ぐす。と鼻を鳴らす音をさせると...シーナが涙ぐんでしまった。
「ひっ、ひぐッ...」
「お、おいっ」
俺は心配になって素早く膝をついてシーナの顔を覗き込みながら震えてる肩に手を置く。
「ぐすっ。こ、怖かったぁ...私達死んじゃうんじゃないかって...」
シーナがいつもの様子からかけ離れている、か細く声を漏らす。
「シーナ...」
女は男より泣きやすいものだし、無理もない。それにコイツは公爵家の娘というのもあって、貴族の中でも筋金入りの箱入り娘だったろう。多分夜中護衛も付けないで歩くのも初めてだったろうし、森や山から出てくる獣や魔獣に警戒している平民と違って命の危機を警戒したことも、実際に脅かされたことだなんて一度もなかっただろう。ノアルエール家最高の天才と持て囃されてはいるもの、本質はか弱い女の子なのだ。感じた恐怖は俺の数倍にはなるだろうな...
「...立てるか」
どこやらに飛んでいったシーナの杖を探して拾ってきた後、シーナの眼からひとしきり涙が拭われて落ち着いたタイミングで俺は声を優しく声をかける。
「...ごめん無理、腰抜けてる」
シーナは申し訳なさそうにそう言った。俺は少し思案して、背中にある刀を外して腰に掛けなおしシーナに背中を向けてしゃがんだ。
「え、なにを...」
「なにをって、おんぶだよ。腰が抜けて歩けないんだろ」
シーナは顔を赤らめ恥ずかしがり少し躊躇う。俺はその表情に一瞬心臓がドクンとはねる。なんだよ、こんな可愛い表情もできたのか。そしてしばらくうじうじしてるうちにシーナは俺にしなだれかかる形で体を預けてきた。完全に密着するのと同時にキンモクセイのような甘酸っぱい匂いが鼻を通り力が抜けそうになるが、なんとか踏ん張って立ち上がり歩みを進める。この状態ではランプは持てない、この地点では街灯のあかりはじゅうぶんにあるし、明日の授業で来た時に回収しよう。
「...」
「...」
俺とシーナの間にはしばらく会話もなくゆっくりと歩いていた。とてつもなく気まづく、顔が熱い。必要なおんぶとはいえ異性とここまで密着するのが初めてだし、しかもその相手が絶世の美少女シーナときた。シーナの匂いがずっと鼻を刺激し、おんぶしているため俺の手にはシーナの細い足の柔肌の感触が直に伝わってくる...俺には刺激が強すぎる。
「...ね、ねぇ」
まだ泣いていた余韻を感じさせる震えた声で背中のシーナが小さく俺に囁いてく。
「なんだ」
「あの、あ...」
「?」
「あ、ありがとう...」
シーナが顔を真っ赤にしながら言った。普段通り過ごしていたら絶対に聞けなかったであろうその言葉が、まさかこんな形で聞くことになるとはな...
「アンタのこと散々ぞんざいな扱いしたり罵ったのも...ごめんなさい、謝るわ。もう平民呼ばわりも見下したりなんかもしないわ」
「そうしてくれると、助かる」
「私ね、あんな扱いをしたんだから、転んだときに置いて逃げていかれるかもって思っちゃたの」
「...女の子見捨てて逃げれる男はいねぇよ」
「ふふ。本当にありがとう、ね」
「ああ」
俺は照れ隠しに顔を背けながら返答する。雰囲気がそうさせているのだろうか、なんだかナイーブな気分になってきて今ならなんでも正直に話せる気がする...
「ねぇ、なんでカイトは魔法学院に来たの?」
暫くの沈黙ののちにシーナが俺に語り掛けてきて、初めての名前呼びに俺は感動する。
「どうして、か...」
説明すると長くなるし、あまり他人に無闇に話したくないので普段なら魔法を学びたいから、と一言で終えていた。が、今はなんだか正直に話したい気分だ。さっきの戦いで疲れ果てて、小難しい言葉で取り繕う気力は今の俺にはなかった。
「…なぁ、お前は異世界って知ってるか?」
想像もしなかったであろうワードを聞いたシーナが一瞬フリーズした。
「い、異世界...聞いたことだけはあるわ。詳しくは知らない...」
「異世界、その言葉通りこことは異なる世界だ」
「でも、そんなの本当にあるの...?」
「ああ、あっちの世界は魔法がない代わりにこことは比べ物にならないほど栄えてるらしい」
「魔法がないのに、栄えてるの?」
貴族の豪勢な暮らしは、魔法によってもたらされている。それが抜きに栄えているなどシーナは考えられないのだろう。
「ああ。魔法無しで鉄の塊が空を飛んで、馬なしで速度進路自由自在に操れる馬車があったりとこの世界とは科学力が数百年規模で違うらしい」
「へぇ...って、なんでそんなこと知ってるの?」
まるで実際にその異世界の内容を知っているかのように言った俺の言い回しに疑問を持ったのであろうシーナが俺に尋ねてくる。
「実はな、俺の父さんは...異世界からの転移者なんだよ」
「ええっ!」
流石に驚いたのか、シーナが驚いた声を上げた。俺と出会ってから、多分一番間抜けな声を聞いた気がする。
「その証拠に、俺って見慣れない、っつーか全然見ない黒髪黒目だろ。これは異世界人の父さんの形質が遺伝してる」
「...なんだか現実離れしてて信じられないんだけど」
「俺もだ、突然変異じゃないかとも何度も考えたさ。でも父さんがくれた形見であるお前も指摘したこの珍しい形の剣、そしてさっきのゴーレムを倒した銃、こりゃあどう考えてもその異世界の物なんだよ。今のここの技術では作れんほどのオーバーテクノロジーで作られてる。ここまで証拠を揃えられたらそう信じるしかないだろ?」
「まぁ...そうね。でもそれと魔法学院入学とどういう関係が?」
「まぁ俺の予想だけどな、異なる世界同士を繋ぐ事ができるのはただの魔法どころじゃない…」
続く俺の言葉を予想したシーナが小さく呟く。
「『万能魔法』ね...」
「そう、魔法なんだ。普通に平民が過ごしていたら何も分からない、このままじゃいけないと思ってな。そうしてこの国で魔法に最も触れられるところはどこだろうと考えてそれが魔法学院だったんだ。そうしてなんやかんや色々なつても借りて必死に勉強した」
「アンタの原動力は、その知的好奇心だったのね...」
「ああ、本当にその異世界があるのなら、行ってみたい。それが俺の夢だよ」
「そう…アンタ、凄いわね」
「凄いって、何が。入りたいから勉強するってのは学院に入ったやつ全員してんだろ」
「そこじゃなくて、志のこと」
「志?」
「アンタはここに入るまで貴族と接してこなかったら知らなかっただろうけど、貴族って案外ちゃらんぽらんなやつ多いのよ」
「ちゃらんぽらん?」
「そう。男爵あたりならまだしも、伯爵とか有力な上級貴族になるほど、有能な人とちゃらんぽらんな奴に二分されがちね」
「それはまたなんで」
「小さい頃から自分が望むものはぜーんぶ与えられてるからよ。その恵まれた環境を利用して立派な当主になる貴族もいるけど、流されるままに自堕落に過ごすやつも多いわ。そして物凄い名家だとなまじ才能もあるから、「なんとなく〜」とか言う理由でさらっと魔法学院に入学してくるやつもいるわ」
「おいおい…魔法学院に入れるのはウィザードの中でも一握りのエリートなんじゃないのかよ」
「貴族と一言で言っても、階級は1番上の公爵からナイトまでピンからキリよ。して伯爵以上になると数がぐっと少なくなるし、世の中の過半数の貴族は子爵や男爵の中層以下で占められてるわ。その層はものすごく努力しないとエリート、魔法学院に入学できないけど伯爵くらいなると、生まれ持った才能だけでエリートなのよ」
「…へぇ」
「そんな奴らと比べて、ちゃんと高い志を持って努力もしているアンタは立派ってことよ」
コイツが、俺も褒めるか…。初めて会った時はそんなの考えられなかったな。なんだかこそばゆい気分だ。
「…月が綺麗だ」
俺は照れくさくなったので視線を上にやった時に眼に鮮烈に映った月に話題転換する。
「ふふっ、そうね。綺麗…」
こんなしんみりとした空気の中だったので、帰寮が遅すぎて寮の門が締め切られててまた一苦労するとはこのときの俺等は想像できなかった。




