第2話 レベルアップ。
ヒュオォー という音と共に、千彩都の体が宙を飛ぶ。
[いけぇ、そこだぁその岩に捕まれ〜。]
少し機械的な明るい女性の声が彼の脳内に直接指示を送る
〈はいぃぃ〉
千彩都は情けない返事をしながら伸び縮みする触手の腕を1メートルほど伸ばし、天井から生えている近くの岩の先端に腕の先を巻きつける。
ブオンと言う音と共に岩につかまり90°ほど回った体をそのまま宙に勢いよくほおる。
勢いを殺さずに角度だけを変えた千彩都の体が、今度は近くの光る鉱石に向け一直線に飛ぶ。
[いけぇ今度はその岩に吸血だ〜。]
再度頭の中に指示が響く。
〈は、はぃぃぃ〜〉
その指示を聞いた千彩都はスキル(吸血)を使用するために、空中で体をねじりながら口を光る鉱石に向けた。
なんとか吸血を発動できる体制になり、スキル(吸血)を発動。隠れていた牙をむき出しにする。
牙と鉱石がぶつかり ドッッ という鈍く重い音が鳴る。
ピシッピシッという何かが砕ける音が鳴り、鉱石と牙の両方がボロボロと崩れる。
すごい勢いで突っ込んだため未だにクラクラしている千彩都の目の前に今度は
【レベル3>4
スキル(吸血ⅲ)(再生ⅱ)(伸縮ⅲ)会得
sp+10】
と書かれた半透明で少し青みがかったパネルが現れ
[やったぞー千彩都ーーーついに…ついに吸血ⅲだ〜]
という歓喜の声が脳内に響く。
[つまり神気ってのはいわゆるマナみたいなものだね。]
[ってあれ?千彩都聞いてる?]
千彩都の脳内にアリサの声が響き、どこか上の空だった千彩都の意識が戻る。
〈あぁ、うん。〉
千彩都が適当に返事を返し、またボーっとしだす。
千彩都は今、アリサの[まず、千彩都はこの世界の一般常識を知る事から始めようか。]と言われアリサにこの世界の一般常識をみっちり教え込まれている最中だ。
[えぇ〜その反応怪しい…じゃあ千彩都復習しよう。 問題デデンこの世界で身体能力を上げるには、なにを上げればいいんだっけ?]
と突如少し不機嫌なアリサのクイズが始まる。
〈レベルもしくはステータスを上げる。
レベルは色々なスキルを使ったり、敵を倒したりすると上がる。レベルは最大値に達するまでは苦がなく上げられるけどレベルがその個人の最大値に達するとだんだんと上がり方が緩やかになっていって、最後にはほとんど上がらなくなる。
ステータスはHP SP 神気 攻撃力 防御力 腕力 速力 の7つに分けられ、それぞれに火の神気や剣での攻撃力などの派生がある。〉
と千彩都はやはりどこか上の空な状態で教えられたことをそのまま口に出す。
いや…あってるんだけどさ…うんまぁそうなんだけどさ…なんか、違くない?もっとなにかあるじゃん。確かに完璧に覚えてるんだけどさ…まぁ覚えてるし…いいか。
[この調子だとだいたい完璧に覚えていそうだね。……それにしても千彩都さっきからどうした。なんかどこか上の空ってかんじだけど。]
〈うん?あぁ…いや、ちょっと。〉
うーんこれはかなり重症だね。千彩都が何を考えているのかは知らないけど。このままずっと喋らないっていうのも気まずくて困るなー。…
そうだ!
[ねぇ千彩都、気分転換ついでにレベル上げでもしない?いやしよう。]
〈レベル上げ?レベルってそんな簡単に上げれるものなの?確かレベルを上げるにはモンスターを倒すかスキルを使わないと上げられないって言ってた気がするけど…〉
アリサのレベル上げという単語に興味を惹かれたのか、千彩都が喰い付く。
よしよし。千彩都はレベル上げに興味があるっぽいな。ここは一つとびきりキツイレベリングをさせて目を覚めさせてやる。
[あぁーうんまぁ大丈夫。…多分]
〈え?最後なんて言った?
まぁ、いいや。とりあえずそのレベル上げの方法を教えてほしいんだけど。〉
[うん。その前にまずは千彩都のステータスを見てみよう。話はそれからだ。]
と言い千彩都目の前にステータスを表示する。
【個体名 夜野千彩都
種族 テンタクル
レベル1
ステータス
HP:38/40 神気:23/23 体力:80/80 攻撃力:10 防御力:5 速力:46 腕力:1.5
所持スキル
(補助精霊ⅰ)(吸血ⅰ)(再生ⅰ)(伸縮ⅰ)】
…何この速力全振りモンスター HP神気体力攻撃力防御力腕力の6つは人間の子供の平均的なステータスに近いけど、速力だけはそこらへんの魔物よりも速い…
所持スキルは補助精霊以外普通のテンタクルと変わらないのに…速度が化け物。
〈アリサこのステータスってどう?頑張れば元の世界に帰れそう?〉
千彩都は呆然としているアリサを気にもとめずに質問してくる。
その言葉でハッとする
元の世界に帰れそう…
千彩都がさっきからどこか上の空だった理由がなんとなくわかった。
当たり前だ。
千彩都はいきなり出てきた鎧に殺されたと思ったら急に触手としてよくわからない世界に飛ばされてきたんだ。
それに友達の芽結って子も見つかってない。
不安になって当然だ。上の空になって当然だ。
私だってそうだったからわからないわけじゃない。
でも受け入れるしか無い。受け入れる以外の選択肢は、無い…
[あぁ。…きっと帰れる…帰れるさ]
気づいたら口をついて言葉が出てきた。
正直帰れる可能性は0に等しい。
でも千彩都の気持ちを考えると無碍に否定することもできそうになかった。
それに私も帰れると、そう信じたかった。
今になって転生したての頃に千彩都が質問してきたオリジナルワールドへ帰る方法があるのか
という質問に対して適当に答えたことを罪悪感を感じる。
〈まぁ…うん。そうだよね。〉
きっと私の言葉から帰れる確率は低いんだと察したのだろう。
千彩都の纏う空気が一層重くなる。
〈…〉
[…]
二人に沈黙が走る
〈アリサ…〉
10秒ほどたち、先に沈黙を破ったのは千彩都だった。
[なに?]
〈ごめん〉
なぜか謝られた。
私はこの世界の常識などを教えていたから感謝されることはあれど謝罪されるようなことを千彩都は私にやっていない。
[なんで、ごめん?]
思ったことをそのまま口に出す。
〈…アリサには、気を使わせちゃったから。〉
千彩都がおずおずと答える。
〈せっかく気分転換のためにレベル上げの方法を教えてくれようとしてたのに僕がそれを察せずに自分の気になることばかり聞いちゃって。〉
たしかに気分転換という目的もあったレベル上げだが、
その9割は千彩都が暗くてつまんないからきつい方法をやらせて反応を見て楽しもうというゲスい魂胆だったため謝罪されたことへの罪悪感と自分への羞恥心がフツフツと湧き上がる。
[お、おうそうだよ。私は気分転換。そう気分転換のためにレベル上げに誘ったんだ。うん。そう。]
正直これは半分は自分に言い聞かせていた。
〈うん、そうだよね。それなのに僕は…〉
〈よしっ、こんなんじゃいけない。僕はこの世界で生きていけるほど強くなる。そして芽結を見つけて元の世界に戻ると決めたんだ。
ありがとうアリサ。僕もこれからは心をいれかえてこの世界で前向きに生きていくよ。〉
心が痛む。確かに私は感謝されることはあれど謝罪されるようなことはない。
とは思ったけど感謝のされ方が心に来る。
[うん。そうだ。それがいい。]
もう、いいや。
こうなったら一番きつい方法を千彩都に教えて悲鳴を上げるのを見て楽しむクズとなろう。
そうだ。そうしよう
[では、レベル上げの方法を教えよう。]
この世界でレベルを上げる方法はいくつかあるが一番わかり易く簡単なのがモンスターを倒すこととスキルを使うこと。
だが千彩都の今のレベルでは敵とたたかうには低すぎる。
だからスキルを使ってレベルを上げる。
千彩都の元々所持しているスキルは3つ 再生 吸血 伸縮 だ。
この3つのスキルを効率よく使う。
再生はその名の通り体が再生する。
これは自分が傷つくと時間をかけてその箇所を再生するというスキルで、
傷がつくと自動発動する。
吸血
これは千彩都唯一の攻撃手段。
これまた読んで文字の通り吸血だ。
敵の血を吸い自分の体力を回復するというもの。
だが攻撃手段というには今の段階ではあまりにも弱すぎるためもう少しレべルを上げる必要がある。
伸縮の説明は説明をする前にまず千彩都の外見から説明したほうがわかりやすいだろう。
千彩都(触手の姿)は至って一般的なテンタクルの外見をしている。
体の中心に大きな目。その目を囲うように大小様々な触手の腕が生えている。
その目の裏側に大きな円形の口がついており、
口には鋭く硬い齒が生えている。
伸縮のスキルの効果はその大小様々な触手の長さを変えるというものだ。
一見あまり使い所がないように見えるが、意外と使えるので侮れない。
だがこれまた吸血同様レベルが低すぎて今のままでは使い物にならないので、
かなりしっかりとスキルレベルを上げる必要がある。
レベル上げの方法は至ってシンプル。
まず千彩都自慢の速力を使い崖などから滑空する。
その後伸縮を使い腕を伸ばし近くの岩を掴む。
岩を掴んだらブランコのように左右に動き勢いをつけ次の岩に飛び移る。
これを繰り返し、速度をあげる。
速度がある程度上がったら、近くの岩に吸血し速度を利用し齒を砕く。
そうすると自動で再生が発動する。
こうすることでまんべんなくスキルを使い、そして千彩都に体の動かし方を覚えさせながらレベルを上げられる
と簡単ながらに1石2鳥の効率のいいレベリングだ。
でも千彩都の安全性には一切配慮してないから下手したら死ぬ。
冗談抜きで。
リスクもでかいがリターンもでかいというギャンブル
だけどまぁいい。
なんとかなれ。
[いや教えるよりも実際に動いたほうがわかりやすいか。]
私はそう言うと補助精霊の追加スキル憑依を使った。
憑依は補助精霊なら使える技で補助精霊を補助精霊たらしめている固有スキルだ。
憑依の効果は自分よりもレベルの低いモンスターや動物を操るというもので、正直今の私ではレベル1の雑魚を動かすのが限度だ。
だがこの千彩都は今レベル1のクソ雑魚。私の憑依を使えば体を操ることなど造作もない。
憑依を使った私は千彩都の足を全力で動かし、近くにあった崖へ飛び立つ。
〈え、なんで体が動いて、え。えぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〉
千彩都の焦った声が響く
[フライアウェーイ!!]
この他人を操る感覚久しぶりだ。高揚感が湧き上がる
飛び立った先には鋭利な岩の棘があった。
高鳴る気持ちのままにスキル伸縮を使い腕を伸ばし岩に引っ掛ける。
岩に引っかかったうでを中心に体が200°ほど勢いよく回り上へ飛ぶ。
上に飛んだ先には新たな岩の棘。その岩の棘を再度つかみ体をさらに別の方向へ飛ばす。
〈あう。ああぁあああああ〜〜〜。だめぇえぇあああ〉
千彩都は体を操られながら情けなく叫ぶ。
[ヒャッハーーー]
そんな中私は速い速度と空を飛ぶ楽しさに興奮し、歓喜の叫びを上げていた。
体が風を切りながら宙を舞う。
ぴょんぴょんぴょんぴょん飛び跳ねていると
目の前に
[腕力 1.5>3][速力 46>48]
という表記が出てきた。
[よしよし。そろそろ頃合いだな。]
と呟くき、体を空中でよじらせ口を近くの青紫色の鉱石へと向け、そのまま鉱石へとツッコむ。
〈え、えぇ、えぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〉
恐怖のあまり言葉も発せなくなった千彩都が叫ぶ。
飛びながらスキル(吸血)を発動。 ジャキン と牙が前にでる。
[いいぇーーーーーい]
そのままのテンションで鉱石にツッコむ。
バゴーーーーン
すごい音がなり、体が宙を舞うのを辞め、牙が鉱石に負け砕け散った。
〈う、うぅぅ〉
千彩都が目を回しながらその場に崩れ落ちる。
[千彩都これがレベル上げの方法。わかった?]
〈は、はい〉
満身創痍の状態の千彩都が弱々しく返事を返す。
うーん最初にしてはちょっとやりすぎた気がする。
ちょっと楽しくなっちゃって遊んじゃったけどどうやら千彩都はそうもいかなかったらしい。
叫んでるのを見るのはちょっと楽しかったけど、一回一回こんな調子じゃ上がるもんも上がらないな…
どうしたもんか…
うむぅ…
私が一人頭を抱える中、少し回復した千彩都が回りに散らばった歯のかけらを不安そうに見ながら問いかける。
〈周りを見る限り、吸血で齒が砕けたかんじけどこれってどうなるの?もしかして一生このまま?〉
考え込んでいた私を千彩都が引き戻す。
[あぁ、それは…]
ボコボコボコ
私が質問に答える前にその質問への答えが出る。
砕けた齒の断面から新たな齒が生えてくる。
スキル 再生 が発動したのだ。
[…こうなる。]
自分の出番を取られたような複雑な気持ちになりながらも千彩都に解説する。
〈え、どうなった?〉
口が目の裏についているため今の状況を理解できていない千彩都から質問が飛ぶ
[あぁ、えーと]
私がこの状況をどう説明したものか、と考えていると
【レベル1>2
スキル (吸血ⅱ)(伸縮ⅱ) 会得
sp+10】
という表記が目の前に現れた。
〈え、えぇ?なんで僕叫んでただけなのにレベル上がっちゃった。…〉
展開が早く頭が追いついていない千彩都が困惑しながら質問する。
更に説明しなければいけないことが増え、あまり説明が得意ではない私の頭を更に悩ませる。
[えぇ〜と、まずレベルを上げるにはシンプルな方法で、スキルを使うか、敵を倒すかの2択って説明したでしょ?]
〈うん。〉
[それで、さっき千彩都の体を操って行わせていたあれは今千彩都が持っている3つのスキルを一番効率よく使うレベルアップ方法なんだよ。]
〈あぁ、やっぱりあれ、操られてたんだ。どうりで〉
一人で納得した千彩都が呟く。
[あぁ〜、それでさっき千彩都の歯が欠けたからそれを治すためにスキル(再生)が発動して、そのタイミングでレベルが上げがったわけ。わかった?]
スキルを使ったからレベルが上がった事や途中出てきた腕力と速力が上がったという表示が出てきた事はめんどくさいから省いたがまぁ、良いだろう。
〈あぁ〜なるほど、わかったよ。〉
〈あれ?ってことはこれからしばらくあの空中飛行を続けるってこと?〉
千彩都が触手の顔が少し青ざめさせながら恐る恐る聞いてくる。
[あぁ〜そうだね。ま、頑張れ]
適当に返事を返し、
さっきまで考えていた、どうしたら効率よく千彩都のレベル上げを行えるかという悩みから、自分が出した正解の行動を実行に移す。
〈い、嫌だ〜〜〜〜〜〜〉
千彩都がそう言っているのを横目に私は再度憑依を使い崖へと駆け出していた。