プロローグ
キーンコーンカーンコーン
波北高校2−3組に昼休み開始の鐘が鳴る。
鐘の音が鳴り止まぬうちに、多くの生徒はガタガタと椅子を引きそれぞれ思い思いの場所へと駆けていく。
そんな中机に突っ伏して眠っている一人の男子生徒がいた。
この物語の主人公。 夜野千彩都 (やのちさと) だ。
千彩都は決して顔が悪いわけでも勉強が出来ないわけでも性格に難を抱えてるわけでもない。
彼の顔は整っており、透き通るように白い肌、8頭身はある小さな顔、クリクリとした大きな瞳、身長169cm体重49kg、男子にしては高い声、と男子ながらに可愛らしいと言われる容姿や特徴をしている。
勉強は中高共に受験制の学校に入っており、今彼が入学している波北高校の偏差値は70と相当に高い。
性格面では困っている人や悩んでいる人がいたら、その人の助けになろうと進んで手伝ったり、一緒に悩むという少しおせっかいだが面倒見の良い性格をしている。
他人からはかなり好意を向けられそうな人間性をしている彼だが、基本彼は一定以上他人には近づかなかったし他人を近づけなかった。
そして彼もそれに満足しているようだった。
『ねぇ、君名前は?なんていうの?』
『え…あ、…千彩都、夜野千彩都。』
『へぇー、千彩都っていうんだ。君さー、その本好きなの?』
『え、うん。好きだけど。』
『同じだ。私も好きだよ。その本。』
『そ、そんなことより君はだれ?』
『あぁ、そっか名乗ってなかったね。私の名前は……………』
「それでは、これで帰りのホームルームを終わります。」「起立!」「例!」「「「さようなら」」」
一斉に交わされた挨拶により彼の眠っていた頭は覚醒し、うつ伏せだった頭が勢いよく持ち上がる。
今何時だ?
あぁ、良かった。まだ皆帰っていないのか。
それにしても、随分と寝てしまった。5・6時間目は…寝過ごしたか、なんとか起きれたのは不幸中の幸いだな。
千彩都は軽い伸びをしてから起きてそうそう帰りの準備を始めた。教科書や筆記用具を乱雑にバッグに投げ入れ。教室を飛び出る。
バッグ片手に少し小走りしながら、廊下を駆け抜ける。
なぜ千彩都がここまで急いでいるのか。
それは今日12/23日が彼のひとり親、母の 夜野千秋 (やのちあき) 37歳の誕生日だからである。
夜野千彩都は生まれてこの方写真以外で自分の父親 夜野 日彩都 (やのひさと)の顔を見たことがない。
彼の父は千彩都が生まれる2ヶ月程前に急に姿を消した。
この姿を消した、というのは比喩でもなんでもなく本当に突如として姿を消したのだ。
千秋は警察に捜索依頼を出し、警察も何日間も必死に捜索した。
だが警察の努力も虚しく。得られた情報はせいぜい、最後の目撃情報が会社だったこと程度しかわからなかった。
日彩都の失踪事件は事故に巻き込まれたのか、それとも何者かによって意図的に消されたのかもわからないまま捜査は打ち切りとなり、そのまま7年たち死亡という事になった。
千秋は深い悲しみの中千彩都を産み、心身共に疲弊していた。
だが千秋は片親でも千彩都を立派に育ててみせる。と、文句一つも言わずに一人で働きながら家事育児全てをこなしていた。
千彩都もそんな頑張っている母親を見て育ち、いつしか母のように他人のために頑張れる人になりたい。と思うようになっていった。
彼は母を誇っているし尊敬している。
今日はそんな母の誕生日だ。彼も遅れるわけにはいかないのだろう。
千彩都は廊下をそこそこのスピードで駆け抜けていた。
様々な教室の横を通り抜け階段を駆け下り、この校舎の一番端のとある部屋を目指して。
息を切らしながらもその部屋の前にたどり着く。
彼は上がった息を整えてから 図書室 という札の貼ってある教室の扉をガラッと開けた。
「やぁ、芽結」
さっきまで息が上がっていた人とは到底思えない落ち着いた声で。カウンターに座って本を読んでいるその女子生徒に挨拶をする。
「え、 あ、やぁ千彩都こんにちわ」
とその女子生徒 柊芽結 (ひいらぎめい) は読んでいた本から目を離し少し意外そうに挨拶を返してくる。
「あれ?千彩都今日は千秋さんの誕生日って言ってかったっけ?昨日楽しそうに話してたじゃん。」
とまだ少し驚いた様子の芽結が問う。
「あぁ。そうなんだ…そのことで芽結にお願いがあって」
と言いながら千彩都は扉を締め、近くにあった椅子に腰を掛ける。
「おねがい?」
読んでいた本に栞を挟み、パタンと本を閉じ、腰掛けた千彩都を何事という目で見る。
「あぁ。そうだ。あぁ〜もしよければなんだが今日の誕生会に芽結も一緒に来てくれないか?そのほうがうちの母が喜ぶだろうからさ、」
僕の母親と芽結の母親は昔から仲が良かった。
事情は詳しくは知らないが同じ高校の同級生で、その縁が続いているらしい。
母は産後はよく芽結の親に助けられていた。
とよく話していたし、家が近いためか僕が小さい頃に何度か芽結の母親がうちにお茶を飲みに来ることがあった。
だから僕も小さい頃から親の付き添いできてた芽結の事は知っていた。
だが、当時からふたりとも引っ込み思案であまり喋れず。親同士がお茶などを飲んで喋っているときは、
ふたりとも別々の場所で本を読むなどをしていたため幼少期に喋った記憶はない。
それではなぜ今こんなに親しく芽結と喋っているのか。
それはたまたま近くにあった偏差値の高い中学校に受験し、入学した際に芽結も同じ中学を受験し入学していたのだ。
家が近いと言っても距離は1kmはある。小学校の学区は違うところだった。
だが色々な小学校から来た人がいる中学校となればしかも受験制の中学となれば話は変わってくる。
中学に入学した当時、当時からあまり人を寄せ付けるタイプではなかった僕はもちろん友達などできるはずもなかった。
ずっと教室にいるのも気まずく、休み時間になれば基本は図書室に行き、本を読んでいた。
その当時僕と同様友だちができず本を読むため図書室に来ていたのが芽結だった。
当時の僕から見た芽結から小動物のようだ。という印象を受けた。
140もなさそうな小さな体、そしてその体に負けず劣らずな小さな顔。
目は前髪が覆っていてよく見えなかったが時々ちらりと見える目は大きくパッチリとしていた。
形の良く小さな鼻に小さな口
幼少期のときには気づかなかったが思春期の中学生になって見るととてもかわいらしい顔をしていた。
芽結とは一様面識はあったが喋ったことはない。
そのため図書室に行くたびに少し気まずい雰囲気が部屋に流れていた。
だが当時の僕らには休み時間をうるさい教室で潰す勇気はなかった。
そのため僕らが最初に言葉を交わしたのは中学に入学してから3ヶ月程立ったときだった。
僕はその日、昔に読んでいた本が新しく入荷されたと聞き、再度読み返したくなりその本を取りに行った。
だがそれまで本の新入荷のコーナーを見ていて気が付かなかった。芽結もその本に手を伸ばしていたことに。
その本は面白いがマイナーで、周りでその本を読んでいる人はいなかった。いやいないと思っていた。
普通面白い本はどうしてもその面白さを共有したくなるものである。
だからその日の昼休みに結局その本を読まずに芽結と語り合っていたのも不自然ではないはずだ。
とても楽しかった。自分と同じ趣味を持った人と意見の共有ができる。
あんなに楽しかったのは久しぶりだった。
僕は中学にはいってその時初めて他人と友達らしい会話をした気がする。
次の日の昼休み、二人は自然と同じ席に集まり好きな本の話をしていた。
今まで暇つぶしに足を運んでいた休み時間の図書室が輝いて見えた。
僕らは 友達 になった。
僕と芽結の通学路は途中まで一緒の道なため、中学1年の途中から登下校を共にしていた。
中学2年が始まったばかりのある日の帰りの通学路、芽結にうちにある本の話をしていた所、その本を読んでみたいと言ってきた。
芽結が自分の持っている本に興味を持って読んでみたいと言ってくれるのは単純に嬉しく、特に何も考えずに
「じゃあ今日うちに寄っていけばいい」
と言ってしまった。
家に付き「ただいま〜」と言いドアを開ける。
そこでいつも聞こえないはずの「おかえり〜」
が聞こえた時点で急いで芽結を帰らせればよかったのだろうがもう遅い。
「今日はお母さんいつもより早く帰ってきたよー」といいながら母の千秋が玄関へ顔を覗かせる。
母が芽結の姿を見て動きが止まるのを見て今の状況に気づく。
なにせ思春期まっさかりの我が子が女の子しかも自分の友だちの子を家に連れてきたのだ。
どんな親でも2度見3度見はするだろう。
千秋は目をパチパチと瞬かせ、数秒かけやっと状況を理解する。
「えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
と素っ頓狂な声を出しながら千秋はしりもちをつく。
そこでようやく自分が母に芽結と友達だった事を話していなかったことを思い出す。
「あの〜これは…」
とどう説明したものかと頭を抱えていると。
千秋は震えながら父の仏壇の前で手を合わせて
「あなた…息子が…千彩都が…彼女を…今まで女っ気は愚か友達の話すらしてこなかった…あの千彩都が…彼女を…しかも…芽結ちゃんを連れてきましたよ…」
と涙を流しながら手を合わせる母さんを見て、思っていたよりも事態がめんどくさくなっていると気付き胃が重くなった。
自分の友だちの娘と自分の息子が友達になっていたことを知り嬉しかったのだろうその時から母はなにかと芽結ちゃんもよんでと言う様になった。
そんなわけで芽結を誕生会に呼べば母も喜ぶだろうと思い芽結にこの提案をしたのだ。
「あぁ、そういうことね。」
と芽結はおそらく母の性格を思い出したのだろう。少しクスリと笑ってから
右の親指をビシッとたて
「そういうことなら私も行くよ。」
と言いながらもう片方の左の親指もビシッと立てた。
しんしんと雪が降り積もっている中僕と芽結は二人並んで、歩道を歩いていた。
さっきまで僕と芽結は母の誕生日のケーキとプレゼントを買っていたのだ。
「良かったね、千彩都ほしかったもの買えたんでしょ?」
と芽結が丁寧に梱包された芽結と千彩都の2つのプレゼントとケーキを見ながら言う。
「あぁ。昨日はプレゼント渡すなら何がいいか夜遅くまで考えていたせいで、今日は寝不足だったよ。」
と今日の5・6時間目を寝過ごしてしまったことについて言い訳をした。
「フフ、千彩都らしい。私の誕生日の時も次の日学校に遅刻するほど考えてたもんね。」
と芽結は楽しそうに笑いながら答える。
「あぁ。そんな事もあったな。」
芽結の誕生日は2月25日と少し早生まれだ。
そのため芽結はまだ16歳。
毎年芽結へのプレゼントは何がいいかと夜遅くまで考えているため毎年2月25日は必ずと言っていいほど遅刻するのだ。
中学2年生のときにはほしいと言っていた本を。中学3年生では寒がりな芽結のために少し厚い上着を。
高校1年生では一緒に買物に行った際に物欲しそうに見ていたネックレス。と年々値段が高くなっていってる。このままじゃ5年後には家レベルのものを買い与えなきゃいけなくなりそうだから早々に値段を落ち着かせる必要がある。
「大切な人が自分が必死に考えたプレゼントで喜んでる姿は見てるてこっちも悩んだかいがあったと思えるからな。」
とほほえみながら本心を言う。
「大切な人…うん。いつも。すごく嬉しいよ。ありがとね。」
と芽結は小さな口で精一杯ほほえみを浮かべながら感謝を述べた。
その時だった。
ヴォン バリバリバリ
と禍々しい音がして突如空中に亀裂が入った。
「あっ……」
「えっ……」
その突如出現した人知を超えた現象に僕も芽結も声を出すことができなくなり固まった。
その亀裂からゴツゴツとした白い鎧の右腕が現れた。
その次に右足左足胴という順番でそれは現れた。
その白い鎧のような物は頭はなく代わりにゆらゆらと紫色の炎が揺れている。
右手には5本の指が生えているが、左手からは手の代わりに1本の白くきらめく細長い剣が生えていた。
千彩都の背丈の2倍はありそうなそれは、腰が抜けてしまった二人の方へゆっくりと振り向く
違う明らかにこの世界の生物じゃない。
「に…げろ…芽結」
恐怖で喉がかすれて声が出ない。
腰が抜けてしまって足が動かない。
ポタポタと冷汗が顔や背中をつたる。
その鎧は腰が抜けて身動きのとれない二人の方を向き、
左手の剣を突きの姿勢で構えた。
体が反射的に動く。
芽結の肩をガシッとつかみ芽結の小さな体を引き寄せる。
ヒュオっとその鎧の細長い剣が空を切る。
もし今芽結を引き寄せていなかったら芽結は今頃剣に突き刺され死んでいただろう。
引き寄せた芽結の体が千彩都の手の中でガタガタと揺れている。
芽結からそっと手を離し、持っていたケーキとプレゼントを地面に置き、千彩都は震える足を無理やり立たせながら、鎧の頭部に当たる炎を睨みつける。
立ち上がった千彩都を上から見下ろした鎧は、再度剣を引き突きの姿勢を取る。その0・1秒後、鎧はダンッと左足を前に出しながら勢いをつけ左手の剣を千彩都に向け勢いよく放ってくる。
勢いずいた剣が避けようと横に動いた千彩都の肩をざっくりと切り裂く。
「があぁぁぁぁぁーーーー」
と千彩都は悲鳴を上げた。
ポタポタと鮮血が滴り真っ白な雪を赤く染めていく。
「ち…さと」
「い…いやだ…だめ…」
「なん…で私たちが…こんな…」
と目から涙を流し声の出ない芽結が弱々しく千彩都を呼ぶ。
「はや…く逃げろ…」
と千彩都は苦しそうに芽結を見ながら言う
脈拍が荒い
息が苦しい
肩が焼けるように熱い。
痛い。
めまいがする。
吐きそうだ。
そんなふたりをお構いなしに鎧は再度突きのポーズを取る。
【痛い】…まずいもう…【熱い】…避けられそうに…【なんで…僕達が…】…無い
ダンっと鎧が3度めの突きを放とうと踏み込んでくる。
その瞬間
「だめっっっっ」
と言いながら芽結が千彩都と鎧間に割り込んでくる。
鎧はそんなことはお構いなしにとヒュオと剣を突く。
ドズッと鈍い音がなり芽結の小さな腹が長い剣に貫かれる。
「ガッ」
芽結から苦しそうな声が聞こえてくる。
芽結の努力虚しくそのまま剣は勢いを殺さず千彩都めがけて一直線に突っきてくる。
ドシャッ と言う音とともに千彩都の右肺に白く光っている剣が突き刺さる。
肩の痛みとは比にならない痛みが千彩都の右胸を襲う。
痛い…いたい…熱い…イタイ…苦しい…死ぬ…嫌だ……イタイ…イタイ…イタイ…イタイ
痛みに苦しんでいる千彩都と気を失ってしまい剣に刺されたままの芽結をよそに白い鎧は任務は終えたとばかりに内側から膨張し破裂し消えた。
剣に腹を刺されそのまま宙に浮かんでいた芽結の体がドシャリと地面に落ちる。
地面に落ちた芽結の体はビクンビクンと小刻みに震えながら腹からブシっブシっと血を流している。
千彩都は最後の力を振り絞り芽結の手を握る。
ゴロゴロゴロゴロと血の含んだ重い息をしながらもう痛みも無い千彩都は消えゆく命で
死にたくない
と願っていた。
[マスターー魂の回収・肉体の回収終わったよー]
「おう、そうか、よくやった。」
[うん!]
「よーし、それじゃぁ転生だ。」