雨の中で、君と
君が好きだ。その長い黒髪。鋭い瞳。まっすぐな性格。彼女のすべてが、愛おしい。一緒にいるだけで心沸き立つ。一緒に話しているだけで嬉しくなる。あぁ、早く_
雨の中で、君と
俺は佐々木 亮介。28歳。女っけの無いただのおじさ・・・・・・お兄さんだ。最近は口うるさい上司に 服従する、なんの変化もない毎日。そんな俺にも思いを寄せる人がいる。同じ部署の青森 もかさんだ。彼女はおっとりした性格で社内でも人気がある。到底、俺が足元にも及ぶ存在ではないのだ。
「・・・佐々木さん。ちょっといいですか?この資料の作り方が分からなくて・・・」
「あ、あぁ。いいよ。」
彼女は入社1年目。対して俺は入社6年目の、やけにパソコンに詳しいお兄さんだ。これでも、部署内ではよく頼られる。俺は内心喜びながら、顔は崩さないよう彼女のデスクに足を運ぶ。
「ここは・・・あ、そういうことか。ありがとうございます!さすが佐々木さん、詳しいですね。」
「あぁ、そうでもないよ。青森さん、飲み込み早くて助かるよ」
「ふふっ。ありがとうございます。」
・・・青森さん、マジ天使。いい子すぎでしょ。あぁ~、今日はいい日になりそうだ。
「それじゃ、よろしくね~」
・・・はぁあぁ、今日ぐらいは、ついてると思ったんだけどな。俺は上司に追加の仕事をたっぷり任せられた。これはもしかして、愛情なのだろうか。俺にはやくベテランになってもらうための試練・・・。
・・・バカな考えは、脳を疲れさせるだけだな
俺はそんなことを考えながら、休憩所に行く。
「・・・連続殺人事件の犯人は、未だ捕まっておらず、現在捜索中です。・・・小百合が、あんなことされただなんて、未だに信じられません。・・・ゆめりはただ、・・・堅実に生きていただけなのに・・・。警察側は_」
・・・・・・
「佐々木どったの?お前ニュースとか全然見ねぇくせに。テレビにに釘付けじゃんよ」
こいつは猪俣 直弼。俺と同じ部署で27歳。俺の唯一の・・・仕事仲間だ。
「・・・この、犯人の気が知れねぇよなぁ。可愛い女を次々と刺してくんだぜ。」
「・・・俺はそうは思わねぇ。犯人さんにも、何か事情があるんじゃねぇの」
「・・・・・・?」
「もう戻ろうぜ。あんまりいても怒られる」
俺は猪俣を残し、休憩所を後にした。
「佐々木さん。一緒に帰りませんか?」
残業スイッチが入っていた背中に、ふと声がかかる
「・・・あ、え?・・・いい、けど」
「じゃあ、下で待ってます」
え、嘘だろ、まじかよ。何で?なんでもいい、やっぱ今日は_
「あ、鈴木さん。行きましょっ」
俺は彼女に手を引かれ、_
「鈴木さん。鈴木 光。やっと見つけた」
・・・・・・
「え?俺佐々木だよ・・・?どういう」
「ごまかしても無駄。私の、青森 小百合を殺したのはあんたでしょ!!」
「・・・え?お、俺?なんで俺がそんな知らない人を_」
「とぼけないで!!11年前、あの日、私確かに見てたの。目の前で。・・・ねぇさんが殺されるのを!」
路地裏に響く彼女の声は、少し震えていた。
「どうし、て。・・・とし君・・・」
俺は鈴木 光。今は佐々木だが、事あるごとに名前を変えている。初めは鈴木、次は橋本、その次は_・・・なんだっけ。もう忘れた。
俺はずっと、幸せを感じたかった。親も祖父母も親友もいて、完璧な人生だった。そう、思っていた。
「光くんはなんでもできるね~。」
「さすが光くん!」
「次はこれもできるかな~?」
俺は容量がいい方だったらしく、数多くの事をこなせたが、その分。期待と代償も大きかった。
「なんでできないの?光君は将来、お医者さんになるのよ?」
「これができるまで今日は寝かさないからな!」
両親はともに医者で、それはもう手厳しい人だった。家族がいて、幸せなはずなのに、どこか空っぽの心がある。そこだけ穴が開いているように
「鈴木君。・・・好きです!付き合ってください!」
高校生になって、初めて付き合った。みんな「彼女」というものをつくりたがるからだ。黒い髪で切れ長な瞳。厳しい性格に見えるが、実は甘えたで、それから、それから_
俺は彼女に夢中になっていた。やれることは全部やってあげたい。なに不自由なく暮らして欲しい。もっと、もっと_
「光、私たち、別れましょ?」
「・・・へ?」
時計は23時を回っていた。雨の中、公園の遊具が濡れる。彼女の声が雨でよく聞こえないはずなのに、今はすっと耳に入る。
「ほら、光はいつも私のこと気にかけてくれるけど、私は何も返せてない」
「そ、んなこと。ないよ!俺は、君が隣にいてくれるだけで_」
「・・・光君。ちょっと重い、かなぁ。」
「・・・は?」
「私、彼氏って、もっとそっけないというか、スマートな感じを想像してたの。だから、その・・・」
「光君。・・・別れ_」
彼女を抱きしめた。傘を捨てて雨に濡れて。彼女をすっとずっと・・・刺し殺した。彼女を守るためのナイフで、彼女を_
「ねぇさんの帰りが遅いから、ちょっと見に行ったの。ほんのちょっと、それだけの気持ちで・・・」
「・・・あぁ、青森 小百合、ね。思い出したよ。1番最初の人だ」
「この11年間。ずっとあんたを探してた。」
「警察に情報渡せばいいのに・・・」
「私の手で殺すためよ・・・」
そういうと、彼女は震えた手で鞄からナイフを出す。
「ねぇ、青森さん。・・・愛してるよ」
「・・・は?」
彼女にそっとキスをして、彼女の胸にナイフを突き立てた。
「彼女に、なってくれる?」
「だれ、がなる、か。じね!!」
「ありがとう」
乱暴な彼女を抱き、瞳を閉ざし、いつものように_
雨に血が混ざり流れる。青森さんの頬から、体温がなくなっていく。
「ごめんね、青森さん。でも俺、今すっごく、幸せだよぉ」
俺には、幸せがなかった。彼女に別れ話をされるたび、最後の幸せを、彼女に求めた。
長い黒髪。鋭い瞳。まっすぐな性格。彼女のすべてが、愛おしい。一緒にいるだけで心沸き立つ。一緒に話しているだけで嬉しくなる。あぁ、早く_
雨の中で、君と
END