あれは思えば恋。
「なんとも奇怪な腰掛だ。落ち着かん」
「あっしは楽です」
そわそわする十蔵と、落ち着かないのは同じだが店内を見渡して興味津々に目を輝かせる太平。
「お待たせしました。うちの自慢のミルキー羊羹です。お侍さんだから、コーヒーよりお茶の方がいいですよね」
二人の目の前には、お茶と羊羹が置かれた。
「こうみると同じようなものを食べてるんすね」
「ああ。しかし先割れの串が鉄製なのは驚くな」
「それはフォークって言います」
「アマネ殿の世は分からんものばかりだ」
アマネも自分の分のお茶と羊羹を置くと席に着いた。
「改めてようこそ。喫茶・茶夢へ」
そこはアマネの言っていた洋館を改装した喫茶店だった。窓の外には眼下に街並みが広がり、ここが丘の上であることがわかる。
「ほう、キッサとは茶屋のことか。ちゃむ……とは面白い屋号だな」
「お茶に夢で、茶夢です。ほかの皆も紹介したかったけど、席を外してるみたいで…お店ほったらかして仕方ないな~」
「いや、俺らは構わん。急に来たわけだしな」
「そのうち帰って来るかしら。さあ、お二人とも、召し上がってください」
「うむ。いただきます」
「いただきゃーす!」
十蔵と太平は羊羹を口に運ぶ。
「「うっま!!」」
「驚きました、大きな声出さないでください」
アマネはあまりの気迫に身じろぐ。
「いやすまん、いや、すまんでは済まん!」
「こんなうめぇもん、はじめてっすわ! おわかり」
「はしたない。やめろ太平。(帰りに少し包んでもらおう)」
「それ、うちの主力のミルキー羊羹です。ミルクが入ってて、あ、牛乳のことですね」
「旦那、銭稼ぎやしょうよ!」
「そうも言いたくなるなぁ。これはうまい」
「えへへ、ありがとうございます」
「これは江戸で流行るぞ。どうだろう、江戸に来ないか」
「お。旦那流のくどき落と……痛ッ!」
「あはははは! やっぱり二人ともおもしろいです!」
「そ、そうか?」
「江戸の暮らしは想像できませんけど…でも私はここを動けませんから」
「ふむ…そうだな。身内の家を守っていく心意気に、無理は言えまい」
「私、色々あって……仕事を辞めてここに来たんです」
「しごと。奉公を辞して…ということか。大変であったな」
「生き方は選べるって思って決断して。お陰で今はとっても楽しいですよ」
「お! 旦那語録と一緒だい! 旦那は生き方選んでないっすけどね」
「十蔵さんも、そういうお考えなんですか?」
「ああ、まあ、そう、だな」
「一緒ですね」
「おん。ああ……そうだな」
「でも、選んだことがないなら、選んでみたらどうですか?」
「俺は…どうせこの道を選んでいたさ」
「ど~~だかな~~」
「この太平に言われ続けてな。考えることも増えた。そしてアマネ殿にこう言われてはな」
十蔵はどこか痒いような視線も定まらないような、曖昧な態度をとった。
「ふふ、お侍さんでなかったら、十蔵さんは何をしたいんですか」
「いや、俺は町の平和を守りたい」
「ん〜〜なんか硬いなあ」
「そーそ、旦那は石頭だから」
「そうだ、私のようかんもどうぞ。あ~ん」
「これ。俺は赤子ではないぞ!」
「旦那。旦那。今だけ赤子。赤子になったほうがいいっす」
十蔵は渋々、差し出されたようかんを頬張った。
「うん……やはり美味だ」
「いいな~! アマネあっしにも!」
「十蔵さんの緊張をほぐしたくて、やったことです。お調子者の太平さんにも半分あげますけど、ご自分でどうぞ」
アマネは悪戯っぽく笑うと皿を差し出した。
「なんでぇ!おもしろくねぇ」
三人はひとしきり笑うと建物の外でそよ風が吹き、木々が揺れた。
十蔵は窓の外を見ながら腕を組むと、背筋を伸ばす。しかしそれでいて、力は入っていない。
「ふん………茶屋がよい」
「ふぇ? もぐもぐ。なんです旦那?」
「俺は、この奉公でなければ、茶屋の主人になりたかった」
「へえ! 初めて聞きやしたぜ。どうでぇアマネ。ここはひとつ、旦那を婿にでも!」
「馬鹿。よさんか」
「ふふ、それもいいかも。でも私は心に決めた人がいるから」
「旦那ってそんなに目に見えて落ち込むんすね……」
「ふふ、やっぱりかわいい」
「んん。かわいくはない。俺をネコなどと一緒にだなぁ」
「でもそうねぇ。生き方は選べるから。もし私の告白が失敗したら、十蔵さんがいいかもね」
「んんんんんん~~!?」
「旦那、それどこから声出てるんですか?」
「十蔵さんたちが自分の世界に帰る日が来ても、またお茶を飲みに来て欲しいしね」
「ああ。そうだな。この腰掛にも慣れておこう」
「といっても旦那、来た方法も分からないのに帰れるんですかねこれ」
「そこよ……」
「そうしたら、ずっとうちに居ればいいもの!」
「んんんんんん~~!?」
「(ダメだ。ゾッコンでさぁこの人)痛ッ!! なんも言ってないですぜ!」
「顔に書いてある」
「ひええ、誰でぃ顔になんか書きやがったんわ~!」
太平が特に何も書いていない顔を拭っていると、チリンチリンと音がした。
「はい! いらっしゃ……健吾く……ん」
アマネはわき目も降らずにパタパタと走っていくと、健吾という男性と話した後、二人の前を通って、“ちょっと待っててね” というポーズをしながら、少し離れた客席に着いた。
「旦那。旦那。聞き耳立てちゃダメっすよ」
「立てておらん」
「じゃあなんでそんなにアマネの方に傾いてるんすか」
「お前、俺をそういう目で見るんじゃないよ」
「しっかしあれが、アマネの想い人ですか。ひょろっちい奴だけど」
「髪も結っておらんな、浪人か」
「世が違うんでしょうね」
二人が何だかんだと耳を傾けていると、会話が聞こえてきた。
「変な人たち居たけど、時代劇の人?」
「ち、近くで撮影でもやってるのかな~? わからないけどね」
「そう…」
「そうだ、健吾君の好きなミルキー羊羹ね、今度新作を出すの! ココアがベースで、すこーしだけミルクを足すの。ミルクが主力のウチとしては逆転の発想でね! 他のレシピはまだ秘密だけどきっと気に入るよ」
健吾という男性はどこか上の空といった感じで、話を切り出した。
「アマネ。あの、話って……」
「あ、うん、そう、だよね。えーっと」
「男を見せるのだアマネ」
「旦那、女子です、女子です」
「私、昔からこういう性格でさ。よく分かんないモブみたいな感じっていうか……でも、健吾君がここの羊羹を好きって言ってくれた日から、たくさんお話して……」
「太平、モブとはなんだ」
「コンブじゃないっすか?」
「そうかコンブか」
「夏のお祭りも、秋のハイキングもすごく楽しくて…。あなたがこの席で本を読んで、お昼寝して……私はお茶を入れて、そういう時間がとってもうれしくて、もっともっと、続いて欲しくて」
「じれったいっすねぇ、え? なんなんすかね?」
「太平。しばし黙って見守ってやろう」
「じゃあそんなにアマネの方に向かって傾くのやめましょーや。みっともない」
「私は日ケ谷健吾くんが…、すき…です。付き合ってください」
静寂。遠くから子供たちがふざけあって走る声が聞こえる。
健吾は、窓の外を少し眺めてスプーンでティーカップを掻き混ぜると、顔を上げた。
「俺、アマネのこと……」
・・・・・・
すると空間が歪んで、十蔵と太平は真っ白な空間にいた。
「なんすかー!? また場所が変わりやしたよ」
「今宵は忙しいな。ん!? アマネは!? アマネ殿~!!」
「ああ、ごめんごめん。驚かせてしまったね」
「…! 何者だ。」
後ろをふり返ると、男が立っていた。
それは相変わらず二人にはよく分からない服装だが、現代日本でいう、Tシャツにジャケット、Gパンという装いの初老の男性だった。
「僕はね、編集の神……とでもしておこうかな。まあ神様の一種と思ってもらえれば」
神と名乗る男は、軽く片手を上げると口元を緩やかにした。
「よろしく」