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23.酒は飲んでも飲まれるな

 小一時間ほど経過した。



「ですから、今は隣国とは同盟状態ですが、いつそれが破れるか分かりませぬ。

 さらなる軍勢の整備、並びに隊員の訓練に力を入れなければならないのです。

 東の森に出るという魔物も脅威ですので、城の壁ももっと強化し、大砲や火薬も取り入れねばならぬと………」



「魔術に長けた者も必要だな」



 ワイングラスを持ったクレイは、饒舌にルビオに語りかけている。


 どうやら今後のガーネット王国の政治的・軍事的方針の話をしているようだが、いつも冷静な落ち着いた彼が、早口で持論を述べている姿は驚きだ。


 ルビオは慣れているのか、冷めきった唐揚げをかじりながらクレイに相槌を打っている。


 目の前に座る女性陣も、最初は興味深そうに聞いていたが、話がどんどん専門的になっていくと、合いの手の声もどんどん小さくなっていった。



(ああ…男の人同士で仕事の話で熱く盛り上がってる……! 

 女性陣、明らかにつまらなそう……! 

 一番白けるパターン! クレイさん、酔うと仕事モードになる、根っからのワーカホリックね……)



 休日に飲んでいる時ぐらい仕事のことなど忘れれば良いのに。

 アルコールで気が緩んだら、それはそれで普段の仕事の不満が溢れ出てくるのだろう。



(珍しくルビオ王子も、クレイさんの話を聞いている……。

 事前に言った『優しく相槌を打つ』というのは女性陣にであって、酔っ払って暴走してるクレイさんにじゃないのよ!)



 いつもなら王子のルビオが側近のクレイの会話を打ち切らせそうだが、アリサの助言に従ったせいで、奇跡的に二人の会話が噛み合ってしまっている。


 女性たちが時計を気にし始めている。

まずい兆候だ。



(ケビンさん、話を変えてください!)



 聞いているんだか聞いていないんだか、ルビオとクレイの話を傍観しているケビンに、メニュー表の裏にペンで書いたカンペを出すアリサ。



「ああ、そうだな……」



 アリサの合図に気がつき、空気を察したのか、ケビンが仕切り直しに声を上げる。



(恋バナ!)



 とだけ書き殴ったカンペをケビンに見えるように必死に掲げる。



(せっかくお酒の入った出会いの場で、恋バナしなくてどうするの! 

 好きなタイプとか、どのくらい彼氏いないかとか、付き合ったらどんなデートしたいとか!)


 心の中で念じながら、ひたすら恋バナとだけ書かれたカンペを何度も指差す。



「ええと、なんというか……」



 小さく顔を引きつらせながら飲み物を飲んでいる、向かいの席の女性三人へ、しどろもどろに話を始めるケビン。


「君たちは結婚したら、何人子供欲しいんだ……?」



 空気を変えようと発した言葉は、その場をドン引かせるには十分だった。



(重いし気持ち悪いーーー!!)



 アリサは思わず脱力し、カンペとペンを床に落としてしまった。


 真面目なケビンのことだ。

 恋バナ→付き合う→付き合ったら結婚→結婚したら子供、と酔った頭でだいぶ先まで妄想してしまったのだろう。


 ビールジョッキ3杯空にしているケビンは、頬が少し紅いぐらいで顔にはあまり出ていないが、だいぶ酔っているようだ。



「俺は老いた父と二人暮らしだから、できれば子供はいずれ欲しいと思っているが……」



 なぜか照れて髪を掻きながらケビンは語っているが、向かいの席の女性たちは言葉を失っている。



(親の介護とか考えちゃうし、今話す話ではないわ……)



 確かに、結婚相談所なら結婚を前提としたお見合い形式のため、家庭状況や親と同居か、仕事は続けるか、介護はあるのかなど細かくお互いの条件を提示するものだが。


 今回は友達作りがメインの、フランクな相席居酒屋である。



「私……ちょっとお手洗いに」


「ああ、私も!」


「う、うん」



 氷点下に凍った空気に耐えられなくなったのか、服屋の女性が席を立った。


 花屋と果物屋の友人も、それに続きそそくさと連れ立っていく。


 男性たちはその後ろ姿を見送り、クレイとルビオはまた政治軍事論争に花を咲かせ、ケビンはメニュー表を眺めてまだ酒を頼む気でいるようだ。


 五分後、トイレでの作戦会議が終わったのであろう女性三人組は、受付に立つアリサに詰め寄った。



「ちょっと、ありえないんだけどあの三人!」


「すみませんが、席変えてもらえませんか?」


「顔に騙されたわー」



 三人の女性は、うんざりといった様子で、運営のアリサに席を変えて欲しいと頼んでくる。


 相席居酒屋は、希望があれば席の変更ができるため、承諾せざるを得ない。



「あはは……そ、そうですよね」



 困っていたところに、ちょうど店の入り口の扉が開き、若い男性三人組が入ってきた。



「相席居酒屋なんておもしろそーっすね、参加していいですか?」



 腰に剣を下げているため冒険者仲間であろう。明るい男子トリオと目が合い、女性三人組が手を挙げた。



「よかったら私たちと喋りましょ!」


「アリサさん、いいですよね?」



 どうにかクレイ達から去りたい女性陣はアリサに圧をかける。


「ええ、もちろん……。

 端の席が空いておりますので、あちらへどうぞ」


 男女六人を、引きつった笑顔でルビオ達からは見えない席へと案内する。


 すぐさま酒が運ばれ、自己紹介が始まり、簡単なゲームをして楽しげに盛り上がっている。


 そして、男三人は空になった皿とグラスで埋もれたテーブルに横並びで座ったまま、帰らぬ女性陣を待っている。



「なぜ女達は戻ってこないんだ?」


「はて、厠が混んでいるのですかな」



 ルビオの言葉に、クレイは首を傾げる。

ケビンは飲みすぎたのか、テーブルに突っ伏してしまっている。


 強制的に女性と話せるように、相席居酒屋にしたというのに。


 結局ただの、会社の同期男子達が、上司の愚痴を終電まで言う飲み会のような、つまらない男子会の空気を醸し出していた。


 店中に楽しげな笑い声が聞こえる。

 2次会に行こう、彼氏いるの? と、いくつか恋も生まれているようなのに。



「女性と話せるシチュエーションを作っても、その場を盛り上げるスマートな会話が苦手なのね……」



 空いたグラスだらけのテーブルに座る、三人を眺める。



「ハイスペックだけど、とんでもないこじらせ男子たちね。

 わかったわ。次は私が、徹底的に婚活セミナーを開くから!」



 もはや呆れるを通り越して、燃えてきた。


 底辺偏差値の学生を、トップ大学へといれる受験期の塾講師ってこんな気持ちなのかしら、とアリサは思った。

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