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ペケーニョ・デレーチョ  作者: クインテット
第一部 灯台で。
2/11

灯台下暮らし

ゆっくりと目を開けると、薪が()ぜる音がする。パチパチという音が懐かしく、妙に古めかしい。

ということは、暖炉でもあるのだろうか。あるいは、僕は地獄にでも落ちたのかもしれない。

ふぅと溜息を吐いてやると妙に落ち着いて、背中に何やら感触があるのに気がついた。ベッドだ。僕はベッドに寝かされているのだ。 少し固いベッドの上で、毛布の下の体を(よじ)る。

マッチ売りの少女よろしく、幻でも見ているのだろうか。そうだ、潮の香りがしない。本当なら、僕の体は潮臭いはずだ。と、妙に現実味を帯びた思考になる。

ふむ、地獄にもベッドはあるらしいな……。

 

「…起きた」

ぼうっとしていると、ふいに声をかけられた。初めは人の声とは分からなかったが、ゆっくりと脳が理解していく。

幻にせよ、地獄にせよ、現実にせよ、その声を主を見てみたくて、僕は上半身を起こして白いレンガの壁に(もた)れかかった。どうも身体が重い。首や頭を動かすのも億劫(おっくう)で、目線だけを声がした方に向ける。

そこには、一人の女性。表情がない。嘲笑(ちょうしょう)するような顔でもなく、心配そうな顔でもない。

まるで人形のようだ、と思った。いや、人形ですら、もっと表情があるかもしれない。

僕はどぎまぎしながらも、何とか動く唇を動かした。「はい。あの、ここは?」

女性はすぐには答えず、ただ僕をじっと見ている。幻なら仕方ない。僕は推理するつもりで、部屋中を見回した。


僕の右側と後ろは壁で、正面は薄暗いが、恐らく台所だろう。瓶詰めが所狭しと、視線を(さえぎ)るように置かれている。

ということは民家か…。僕が安心して上を見ると、上半身を持ち上げたのが無駄になりそうなくらい、クラッとした。

天井が高い。僕は高所恐怖症なのだ。こんなものを見たら、思わず目眩がしてしまう。ただ、おかげでここが通常の民家でないことは分かった。


ベッドの上で一人芝居を打つ僕に嫌気が差したのか、女性は溜息をついて、自嘲(じちょう)気味に、

「ここは、Fisherman(フィッシャーマン) Find(ファインド) Island(アイランド).別名、灯台島」

と、言い放った。使い古された、機械のような声で。伝えることが存在意義のように。

僕は呆けた顔をしないように、目線を正面に向けた。

今度は、目は合わなかった。


灯台島は、ある意味、一番有名な島だ。ここを知らない船乗りはいない。なぜなら、この島はちょうどマナウス海の中央に位置しており、マナウス海は、「船乗りの学校」と比喩(ひゆ)される穏やかな海。大抵の者は、この海で航海の技を学ぶ。

今は海が荒れている時期で、追っ手を()くには好都合だと思ったのだが…逆に(あだ)となったらしい。

ともかく、灯台島には人間味はまるでなく、技術が許せば無人で運営しているのだとばかり思っていた。皆灯台島に世話になることはあれど、礼などは言わないのだろう。

 

しかし、と僕は思考に一度区切りをつける。

ここは安全かもしれない。ここに来るのは、好奇心か、漂流かの二択だから。


しかし、誰かの世話になるというのはどうも僕の性に合わない。

「ありがとうございます。船は…」

早いところベッドから立ち上がろうとすると、激痛が全身を襲った。幻ではないということはよく分かった。少なくとも、僕はこの馬鹿げた質問をするまでは、どこかここは幻ではないかと思っていたのだ。

身体をバッタみたいに折り曲げた貧相な姿を見たらしい女性は、

「あんたはしばらく動けない。

船なら、知り合いに連絡してあんたを送ってやるから、今はゆっくり休んで」

と早口で言う。早口ではあるものの、何とか聞き取れる辺り、生まれは多分同じなのだろう。言葉自体は万国共通でも、訛があるものだから、国が違うと聞き取れたものじゃない。

どこか安心した僕は痛みに喘ぎながら、

「ありがとうございます。でも、いいんですか?」

と聞く。この分だと、数ヵ月は治らない。見ず知らずの彼女に、迷惑はかけられない。それだけが、のろまな脳が捻り出した思考だった。頭の中には信念だ自由だと謳う僕もいたけれども、所詮僕は一庶民なのだ。

「別に、そこら辺で野垂れ死んでくれてもいいんだけど」

そんなことを機械的に言わないでほしい。可哀想な心臓が縮み上がってしまった。

「お世話になります。」

ここにいる間は、彼女の言うことを聞いた方がいい。そうでなければ、治療期間が延びるだけだ。と、苦笑気味に悟った。

信念も何も、身体が元通りにならなくちゃ、どうにもならない。元々居た家には、医学書はなかったしな…。

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