取り戻した情報
少女は罪を犯した。
いや、彼女自身が罪だったのかもしれない。
彼女の身体が、
能力が、
存在が。
慕われているようで、
疎まれていた。
「──────…っいっ…!」
「おい?」
オリヴィア=ダウズウェル。
その名を目にし、認知した途端、果胡を襲っていた頭痛は痛みという感覚を通り越す。一種の麻痺に近い。知らない景色、知らない感覚、知らない感情が凝縮され、情報となって一気に脳内に焼き付けられているようだった。とても人間の脳に耐えうるものではなくて、このまま焼き切れてしまうのではないかとさえ思うのに、それをすんなりと受け入れる自分がいる。
まるで、求めているようだった。
────求めるって何を?
────何が求めている?
希成果胡が?
いや違う。
オリヴィア=ダウズウェルだ。
「おい、どうし─────」
突然頭を抱えて呻き出した果胡を、リタは顔色を窺うように覗き込んだ。触れた肌は冷え、震えている。顔色は最悪だったものから死人になった。それでも意識を手離すことはなく、暫く温めるように背中を摩っているとゆっくりと顔を上げだしたのだ。
「……………」
多少症状が和らいだのか、顔色が少しだけ戻った。だが、ぼーっと前を見つめたまま動かず、喋らない。不思議に思って果胡の目の前で手を振ってみたり肩を叩いて見たり頬を突いてみたりしたが反応がない。ただの屍のようだ。
ただ、果胡は瞬きもしているし息もしている。徐々に体温も戻ってきていて、どちらかというと蘇ってきたようにも思えた。
「おーい、カコ?」
名前とは、本人が一番無視できない侵食だ。リタの声で呼ばれた名に、果胡はピクリと肩を震わせた。
「どうした?しっかりしろ」
「──タ、」
「あん?」
果胡は掠れる声で何かを発して、必死に言葉を紡ごうとしていた。短い、たった二文字のそれを。
「────…リタ、」
「…………、あ、はい?」
リタは名を呼ばれて思わず気の抜けた返事をする。
果胡にリタの名前は教えていたのだから、声に出されたところで何も不思議ではない。だが、リタの名を呼ぶその声が、音が、空気を震わせる波動が、違和感を覚えるほどに馴染み深いものだったのだ。
だからすぐに気が付いた。
姿形はキナリカコでも、滲み出てくる親しみを。
果胡は呆気にとられているリタを目に映し、人形のようだった無機質な表情ににんまりと笑顔を降ろしていった。
そして、リタを押し倒すように抱きつくのだ。
「久しぶり、リタ!」
***
「私も混乱しているんですよ。何もかも突然過ぎて」
「俺が一番混乱しているんですよ。押し倒されて本棚の角に後頭部ぶつけて」
「それはすみませんでした」
果胡とリタは、とりあえずリタの部屋まで戻ってきて、状況の整理をした。リタが氷で頭を冷やしながら果胡を上から下まで睨むように眺めた。品定めをしているようだ。
「そんな目で見ないでくれます?気分悪いです」
「あー、悪かったよ。まだ信じられなくて」
「私が異世界から来たということはすんなり信じたのに、これはなかなか受け入れ難いんですね」
「異世界から来たっていうことだって別に受け入れたわけじゃない。お前の異質ぶりに信じる他なかっただけだ」
リタは氷が半分くらい溶けたところで、その袋をグラついてバランスの悪い机の上に置く。乾いた机は袋についた水滴を数日ぶりの水分補給のようにゴクゴクと飲み込んだ。
そのすぐ横にリタは肘をつき、上半身の体重を半分預けて果胡を見る。濃紺の髪は薄暗いこの部屋で見るには殆ど黒に近い。その隙間から覗く青のような灰色のような瞳が、果胡を掴んで離さなかった。
「相変わらず、変わっていませんね、リタ。その死んだ目」
「うるせーよ。お前だって変わってねぇじゃん、その立場を意識しない、忌憚のない物言いっぷり」
果胡の口角が上がったので、リタも吊られて薄く唇を伸ばした。
かつて崇拝されたその人物へ向ける笑みにしては、少々挑戦的で不躾なものだったけれど。
「なあ、オリヴィア?」