罪を犯す
ある国に、ひとりのおんなのこが生まれました。
おんなのこはすくすくと育ち、それはそれは水しょうばいのおんなたち顔まけの、うつくしい少女にそだちました。顔が小さく目が大きい、まる顔で色白のかのじょのみりょくは、うつくしいことだけにとどまりませんでした。
かのじょは、神子だったのです。
一時代にひとりそんざいするという神子。神の子。
生まれながらにしてそのちからを宿した少女は、小さなからだで人間たちを導きました。
時には平和を、時には戦争を、時には創造を、時には破壊を。
彼女のこえは、世界に届きました。世界をうごかしました。世界を、人類を、国を、町を、時を。
少女はがんばりました。
神の声をきき、神のかんがえを知り、神のこころを受け止めた。
それだけです。
たったそれだけのことだったけど、小さな彼女には荷がおもかったことでしょう。なんせ神域にあしをふみいれるのですから。
だけど、それだけで良かったのに、少女はがんばりやさんだったばっかりに、過ちを犯します。
でも彼女を責めてはいけません。彼女は悪くないのです。誰も悪くないのです。誰も。
過ちを犯した少女は、制裁を下されました。私たちが真に従うべき主、神によって。
ただ、彼女が神子としてしっかり働いたこともまた事実です。彼女はやり遂げたとは言いませんが、すべき事をしたとは言えるでしょう。
よって、敬意を表してここにその名を記しておきましょう。
普通に考えたら、なんて読みづらい文章だろうと思う。けれど果胡は、まるで先の話を知っているかのようにスラスラと読み進められた。中の中の読解力なのに。
だが、激しい頭痛の為にいよいよ目を開けていられなくなった。瞼を閉じてもなお光の刺激が鬱陶しくて、無理矢理手で両目を覆って暗闇を作る。
その間はいくらかマシな気分になった。マシというだけで治ったわけではない。頭痛と吐き気と眩暈。失神してしまう要素三点セットを特盛でお見舞いされていて、これはもう気絶してさしまった方が楽なのではないかと思い始めてきた。
そんな時だ。
「おい……?」
この世界で唯一まともに聞いた声が聞こえた。聴覚だけで認識するそれは、少しはなれたところから徐々に近付いてくる。すぐ横にまで来ると、果胡と近い視線まで揃えてきた。
そして、果胡の右手にある本を見て小さく息を呑む。
「おっ…まえ…、これ閲覧禁止文献!これは駄目だって言っただろ!」
「…っ、ちょっ…、声抑えてくださ……、頭に響く…」
大体、ここは書庫なのだ。本があるような場所ではお静かに!が鉄則だ。
分かってくれたのかどうかは分からないが、リタは途端に声を鎮め、代わりに目を覆っていた果胡の手を顔から剥がすように引いた。
「……何、どうした」
「どうも…、してません…」
「どうもしてないやつがこんな真っ白な顔色してねぇだろ。着替えた時からちょっとおかしいと思ってたが…」
確認しておくが、果胡が調子が悪いのはこの世界に来てからずっとだ。大怪我を負っていて、貧血で、眠れてもいない上に風呂にも入れていない。なのに城に着くまでリタは休憩を挟んではくれなかったし、状態が悪化したのはリタの所為じゃないかとも果胡は考えている。
だが、確かに悪化したタイミングはリタの言う通りだ。あの室温が悪かったのではないだろうか。
「その、本…、すみません。閲覧禁止って気付かなくて…」
「三階にあるものは殆ど閲覧禁止だよ。見当たらないからまさかと思ってきてみれば…」
リタは呆れた様子で果胡から本を受け取る。不意に目に入ったのか、わざと見たのかは分からないが、リタは開いていたそのページに視線を止めて一瞬で眉を顰めた。
「……これ、は…」
「どう…しました……?」
果胡は苦々しい表情を滲ませるリタの視線を追う。さっきまで果胡が読んでいたページだ。そういえば話の最後、少女の名を見る手前で止まっていた。禁止されていると知った上で読み進めるのもとは思ったが、もうそのページは殆ど読み終えているのだ。もう犯している罪だ。人の名前を見るくらい、罪の重さは変わらない。
そう思っていた。
だが、果胡は見るべきではなかったのかもしれない。
きっとそれだけのことが、罪の重さを跳ね上がらせてしまったのだから。
『オリヴィア=ダウズウェル』
その少女の名を知ることが、きっと罪だったのだ。