表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/185

埋もれる本

服は驚く程にピッタリだった。着心地もいいし、こんなところにしまわれている服なのだから埃臭いかと思ったが、何だか懐かしいような匂いもした。何の匂いかは分からないけれど、ずっと使われていないようなものだったから、きっと祖父母の家とかそんな感じだろう。生地もしっかりしているし、少し寒い気がするけどそれはこの部屋の所為でもある。風邪引くほどでもないので問題はないだろう。

部屋の端には全身鏡が置いてあって、果胡はその前に立った。この世界の服に身を包んだ自分がそこに写る。


何年も付き合ってきた自分の姿が。





「……あ……れ……?」





鏡に写るのは、確かによく見知った自分の姿だ。だけど服はこの世界のもので、知らないもの。初めて触れた服だ。だから、多少の違和感はあって然るべきなのだ。

そうであるはずなのに。




「………私これ……、知ってる……?」




自分の顔を知っているのは当然だ。何度も見てきたのだから。自分の身体を知っているのも当然だ。何度も触れてきているのだから。だが何故か、知っているということを知らないという違和感が胸をいっぱいにした。違和感というよりも焦れったさ、歯痒さ。

果胡は鏡の中の自分と目が合わせられなくなって、バッと鏡から目を逸らしてしゃがみこんだ。


「……何?」


聴こえてくるくらいに心臓が音を立てている。貧血だったはずなのに、血液が身体の中を大量に移動していくのを感じた。もしかしてこれは貧血の症状かもしれないと自分に言い聞かせて、果胡は全身に巡る気持ち悪さが通り過ぎていくのをじっと待つ。








「終わったかー」

「あ、はい!」


軽いノックと声の後、果胡の返事を聞いてリタが戻ってくる。素直に似合ってるな、という感想を漏らしているのを聞くと、彼女を取られたと言っていた街の男性の話の真相が分かる気がする。多分リタは無意識に女を誑かしている。


「んじゃ、書庫に行くか。この城の書庫は国内一の蔵書量と古書が多くある。手掛かりも見つか───……」


不自然に言葉を止めたリタは、女性のような綺麗な指を果胡の目の下に触れされる。顔に、しかも男性に触れられるなんて慣れていない果胡は、思わず肩をびくりと揺らした。


「……っ?な…んですか?」

「…いや、」


リタは意味深に目を眇めたが、大した返答をするでもなく、そのまま果胡を書庫に案内した。






書庫は城の北東、風通しの良い角部屋にある。書物の中には閲覧規制がかかっているものあり、本当にあらゆる分野の本が呆れるほどの量で取り揃えられている。必然的に書庫内は核家族が三つほど住める広さになっている。勿論本棚の量もすごい。吹き抜けのようになっている天井まで、一階、二階、三階と三つに区切られて所狭しと飾るように配置されていた。


「うっわ……、すごい量ですね…。眩暈がしそう」

「国内一の蔵書量を誇るって言っただろ。そこら辺の図書館とは比べ物にならない」

「確かに、これだけあれば何か見付かりそうではありますけど……。本当にいいんですか?私なんかの部外者がお邪魔して」

「大丈夫。ここは一部を除いて一般解放もしているし、閲覧禁止文献に手を出さなければ咎められることはない」


どうやら書庫だけは別の出入口があるようで、城の外から直接ここへ入ってこれる通路があるらしい。だから果胡達が通って来た城内からの扉には衛兵が立っていて、しかも書庫内からは鍵が無ければ開かないようになっていたのか。それならそうと早く言ってほしかったと果胡は胸中でリタに悪態をつく。扉の前にいた衛兵に名前、年齢、学歴、最近の試験の結果を報告して必死で怪しいものでは無いと取り繕った。大した頭脳では無いと晒しただけだった。


閲覧禁止と書かれていないものは勝手に見ていいと、リタは果胡から離れて自分の用事のあるスペースへ行ってしまった。ほんの少し、手伝ってくれるかもと期待した果胡だったが、リタにその義務はないし、ここまで付き合ってくれただけでも感謝すべきことなので、これ以上の我儘は言えるはずもなかった。

とはいえ、これだけの量があれば一体何処から手を付けていいのか分からない。学校の図書館すらまともに利用したことない果胡には、本の探し方も、どんな本を探していいのかも不明だった。


とりあえず突っ立っておくわけにもいかないので、適当に歩き回って目に付いた本を手に取る。分厚い、一ページに対する文字数が多い本だった。すぐに元の場所に戻した。図書館初心者には些か難易度が高い。

その次は果胡にも読めそうな、比較的薄い本を目線の位置から取り出す。それでも果胡にとっては文字が小さくてうんざりするような量だったけど、これを渋ってはここにあるどの本も読めはしない。果胡は諦めてその本を読むことにした。

読書スペースもあるようだけれど、少しばかり遠い。また本を戻しにくる手間を考えたらこの場で読んでしまった方がいいだろうと果胡はその場に腰を下ろした。点々といる人達も同じようにしているので、マナー違反でもない。


本は、世界の歴史、定義、理念を示している教書のようなものだった。最初に読む物としてはいいものを選んだと思う。

中に書かれていたものは、この世界はまず、神が存在しているということ。誰も見た事はなく、確認もされないけれど神は確かにいて、世界に興りと滅びを与え、奪い、操る。そう言っては独壇場であるようにも聞こえるが、実際に興りと滅びを動かすのは人間だ。だがこの本の中では同じ種族の中で導く者と従う者は出てきても、そこに支配と従属が出来てはならないとされる。一見聞こえはいいようだが、その裏面は、力を付けて神域を侵す種族を出さないようにするためだ。神の立場を絶対的にするためのものなのだ。では神というものが、どうやって人間を指南していくというのか。見えも把握も出来ない存在をどうやって信じよというのか。

それは、神は人間の中にたった一人、神子を生み出す。神は神子を通じて人間に神託を与える。神域を唯一侵すことのできる人間がいるとしたら、神子だけだと言われる。


ここまで読んで、果胡は何だか胡散臭い話になってきたと目頭を押さえる。神だの神子だの神託だの、存在を疑っているわけではないが現実的な話としては捉えづらい。そんなもの相手にしては生きていくにも肩が凝りそうなものだ。

気分を変えようと、果胡は本を閉じて元あった場所に差し込むと、その場を離れて移動する。

出来るだけ読みやすそうな、それでいて確信に迫るような書物はないものか。そう考えたら先程読んだ本は割とすんなり内容が頭に入ってきた。書いてあること自体は小難しく、次元の違う話だったように感じるが、あれが分かるとはもしや自分は天才か、と試験の順位中の中である頭で考えた。そんなんだから英語のsomeが人の名前だとか言い出すのだ。


果胡は理想の本を追い求めてウロウロするうちに、二階までやってきたようだった。ようだった、というのは、階段を上ったからそう思うだけで、意識的に来たのではない。意識的に来たのではないということはそう。




「……迷った……」




そういうこと。


だがこれは、果胡が方向音痴だからだとかそういうことだけが理由ではないはずだ。何しろ右見ても本、左見ても本、本、本、本。真っ直ぐ進んでも右折しても左折しても振り返っても本なのだ。目印は本の中に埋もれる本しかない。どうして迷わないことなどあろうものか。

何だか慣れない文字の読み過ぎで頭痛もしてきた。一旦ここから出て風に当たりたいのに、出口が分からない。リタも何処にいるか分からない。『趣味:読書』とプロフィールに書けない果胡がこんなところで飢え死にしてしまうのか。

ここから出るには一階に下りなければならないという帰納的推理によって導き出した答えに沿って階段を一度通ったが、何故か三階に来ていた。そんな馬鹿な。




「見つけてくれるかな……」




誰かが。


ここにいることを。


誰か。




「……………」




果胡は蹲るようにしゃがみ込んだ。その先にもまた本がある。どこまで行っても、どこを見ても本で、それぞれの違いなど果胡には見分けがつかない。何を手にしても一緒なのだと思った。



それなのに、



果胡は目の前にある本に、導かれるように手を伸ばした。





漆黒に銀糸で飾られた表裏の表紙。あまり厚い本ではないが、紙自体の密度が高いのか、結構ずっしりくる重さがある。硬い表紙を捲り、一枚一枚確認するようにページを送っていけば、綺麗に整頓された文字が並んでいた。暫く文章を読むのは休憩したいと思っていたのに、気が付いたら果胡は文字を追っていた。

内容は、僅か十六年前に起こった出来事のことだった。僅かだと思ったのは、この本から受ける印象が酷く古いもののようにかんじていたからだ。

読み進める度に果胡の頭は痛みを増していく。身体中の血液全てがそこに集まっていくようでフラフラした。

視界は霞み、ぼんやりと滲んでくるのに、何故だか本の内容は理解できる。

一人の、神子となった少女の話だった。フィクションかノンフィクションかは分からない。ただ、作り話にしてはあまりにも救いがなくて、実話だとしたらあまりにも残酷な話。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ