食い違う認識
どうしたのと訊かれれば、言いたいことは山ほどある。ここはどこですか、私は希成果胡という者ですがどちら様ですか、それより私の出血箇所探してくれません?何を訊いても様子がおかしいと判断されるであろうことは分かる。
「いや、えと、あの…」
果胡が言い淀んでいると、男は近寄ってきて果胡の格好をまじまじと見る。血塗れの少女をこんなに冷静に見ているなんて、この男も少し変なのではないだろうか。
男は一通り果胡を見回すと、当たり前のように手を差し出した。
「何か分かんねぇけど、とりあえず大丈夫か?」
「た、多分大丈夫です……」
お礼を言って遠慮なくその手に掴まった。引っ張られた力は思ったよりも強く、動かすことさえ痛くて仕方なかったのに、難なく立ち上がらせてくれた。支えがなければ立っていられないことも察したのか、腕を掴む手は離れていない。
「すみません、助かりました」
「それはいいけど、こんなとこで何してんの?ここ、近所で名の知れた樹海だぞ?」
「あ、やっぱりですか?何だか学校帰りに迷ってしまったらしく、困ってたんです。あなたに見つけてもらって助かりました。危うく白骨化で発見!っていうニュースが脳内を過ぎりました」
「迷ったにしても入り込むような場所じゃないけど……。…ま、いっか」
特に深掘りすることもなく、男はくしゃくしゃと前髪を払って視界を広げる。よく見れば端正な顔をしている。気だるそうな半眼はやる気のなさを醸し出してはいるが、長い睫毛と水晶の如く透明度の高い瞳の造りは一級品。高い鼻も薄い唇も妙な色気があった。過度に整え過ぎていない髪は、黒かと思ったけれど、これくらい近付いて見てみれば殆ど黒の紺色だった。
探せば見つからないわけでもないけれど、日本人離れした顔立ちだ。顔立ちだけならまだしも、少なくとも瞳の色は、色素が薄いという一言で収まりきらない違和感がある。
もしかしてハーフとかか、と男の顔を色々な角度から見ていた果胡に、堪らず男は怪訝な表情を浮かべた。
「……何だ」
「あ、すみません。あなたお名前は?私は希成果胡といいますが」
「名前?は…、リタ=ヴァインツィアルだけど」
「ああ、やっぱり!」
「やっぱり?名前予想でもしてた訳?」
何だか舌噛みそうな名前からすると、やはり純日本人でもハーフでもではないようだが、いやに日本語が堪能である。日本で育ってきて、むしろ外国語が喋れないパターンだろうか。まあ、それも無きにしも非ずだ。
「ああいえ…。日本語お上手ですね。日本は長いんですか?」
「………?何言ってんの、お前」
「あれ?急に通じなくなった?ニホンゴワカリマセンカ?」
日本人が日本語を外国のイントネーションで話す時ほど滑稽なものはない。急に家の中に現れた蟻を見るような目で見られた。それでもリタは無下に邪険にはせず、溜息をつきながらも果胡の疑問を解決しようとしてくれた。
「言葉は通じてるよ。俺が訊いてんのはニホンって何かってこと」
「はい?」
「何、今度は俺の言葉通じない?」
「いや……、日本は日本ですよ。ジャパンです」
「ジャパン……。パンの一種か?」
「違います。フライパンの一種でもありません」
ありがちな小ボケは果胡に突っ込めと言っているのだろうか。
どうやら果胡とリタの間には理解の差異があるようだった。話せば話すほど食い違っていて、言葉は通じるのに理解が通じない。東京もスカイツリーも総理大臣も徳川家康も豊臣秀吉も織田信長も通じない。携帯なんか見せてやったら武器かと言われた。時と場合によって脅しの道具には使えます。
「ど、どういうことですか…。あなた宇宙人ですか…」
「こっちのセリフだよ。…っと…、とにかくここを出るぞ。厄介な獣もいるし。俺にはお前が何者だってどうでもいいけど、ここら辺は一応ルヴィフィア国内だからな。国内で少女の遺体が発見されたなんてことあれば仕事が増える。自殺願望者なら他でやってくれ」
「……待って。何処から突っ込めばいい……?」
厄介な獣がいる樹海だったこと?リタが自分の仕事を増やしたくがないために果胡を助けたこと?自殺願望者だと思われていたこと?
いや、
それよりも、
「ルヴィフィア国?」
だってここは日本でしょう?
そんな反論は、リタに連れられて抜け出した樹海の外に押し潰された。