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ザリガニ釣り

作者: 村崎羯諦

 近所の小川でザリガニ釣りをしていると、女性の右腕が釣れた。もう一度釣り糸を垂らしてみると、今度は左脚が釣り針にかかる。ひょっとしてと僕がそのまま釣りを続けると、左脚、右腕、胴体、そして頭が釣り上がり、結局人間のパーツが一通り揃ってしまった。


 釣り上げた人間のパーツを家に持って帰る。床に並べ、警察に届けるべきなのだろうかと悩みながら、僕は無意識のうちに人間のパーツをプラモデルのようにくっつけていく。一つ一つ丁寧にパーツを組み合わせ、身体に頭のパーツをくっつけたタイミングで、閉じられていた目がパチリと開く。そのまま大きな瞳がキョロキョロとあたりを見渡し、それから僕に視線を向けてくる。


「あなたは私のお父さん? それともお兄さん?」

「どちらかというとお父さんかな」


 バラバラになったパーツをくっつけてできた彼女は納得したように頷いた。それから彼女は身体を起こし、強張った身体をほぐすようにぐっと背を伸ばす。


「お腹が空いているんだけど、何か食べるものはある?」


 名前がないと日常生活に支障が出るので、僕は彼女に柚月という名前をつけた。柚月はパーツの継ぎ目部分以外はどこにでもいる二十代女性の容姿をしていて、僕と同じように喋り、泣いたり笑ったりする。


「私も兄弟が欲しいな」


 二人での生活にも慣れた頃、テレビドラマを観ながら、柚月がぽつりと呟いた。今度小川に釣りに行こうよと柚月が僕に提案する。また私と同じような人間が釣れるかもしれないから。


「そんな簡単に人間のパーツを釣り上げることなんてできないよ」

「やってみないとわからなくない?」

「うーん」


 柚月の押しに負けて、僕たちは小川へ釣りに出かけた。そして釣りを始めて1時間後。垂らした釣り針に、男の左腕がかかる。それから僕たちは左脚、胴体、右脚、頭を次々と釣りあげていった。そして、残るは右腕だけ。だけど、それ以降釣り竿は一切に動かなくなり、右腕を釣り上げることはできなかった。きちんと全部揃っているに越したことはないけど、結局僕たちは右腕以外のパーツをくっつけることにした。そして、身体部分と頭をくっつけたタイミングで目がパチリと開く。それから彼はキョロキョロとあたりを見渡し、僕と柚月を不思議そうな表情で見つめた。


「あなたたちは俺の両親? それとも兄弟?」

「僕はお父さんで、そしてこっちが君のお姉さんだ」


 新しく生まれた男は悠馬と名付けた。三人で暮らすようになり、僕たちの生活は賑やかになった。特に柚月なんかは右腕のない悠馬を活き活きと世話をしていたし、悠馬もまたそんな柚月のことを一人の女性として見るようになっていった。彼らの仲睦まじい姿を見ているのは嬉しかったし、こんな日常がずっと続くと思っていた。だけど、ある日の夜。ふと目覚めると、枕元には鋸を持った悠馬が立っていた。どうしたの? と僕が尋ねると、悠馬は躊躇いがちに、僕の右腕を貸してくれないかと聞いてくる。


「一度でいいから愛する人を両腕で抱きしめてみたいんだ」


 わかったと僕が答えると、悠馬が僕の右腕に鋸の刃を当てる。痛みで僕の意識が飛ぶ。それからしばらくして意識を取り戻すと、僕の右腕は綺麗になくなっていて、代わりに止血用の包帯で切断面がぐるぐる巻きにされていた。僕は起き上がり、リビングへ向かう。そこに悠馬と柚月の姿はなく、代わりに、柚月が書き残した置き手紙が残されていた。


『あなたのおかげで私たちは本当の愛を知ることができました』


 それから二人が、家に戻ってくることはなかった。初めは右腕のない生活に苦労したけれど、しばらくするとその生活にも慣れて、以前と同じようにザリガニ釣りへも出かけられるようになった。


 そして、彼らがいなくなってから半年月後。いつものように小川でザリガニ釣りをしていると、僕の釣り針に柚月の頭がかかった。釣り上げた柚月の頭に声をかけると、柚月はゆっくりと目を開け、力なく微笑んだ。それから柚月は僕の家を出ていってからのことを話し始める。最初は二人で幸せに暮らしていた。けれど、僕から右腕を盗んでしまった罪悪感と、いつか柚月から捨てられてしまうじゃないかという不安から、少しずつ悠馬の精神が不安定になっていったらしい。そして、柚月が他の男性と仲良く話していたことをきっかけに大喧嘩になり、絶望した柚月は元々のバラバラな状態になって、近くの川へ入水したとのことだった。


「今でも私は悠馬を愛してる」


 柚月はそう言った。それから僕に、もう一度小川に戻して欲しいと告げた。一度でいいから海に見てみたいの。柚月の言葉に僕は頷く。彼女から悠馬の居場所を聞き、僕は柚月の頭を小川に戻す。彼女の頭は小川のゆるやかとした流れに運ばれて、ゆっくりと下流へと流されていった。


 そのまま僕は悠馬がいるアパートへ向かった。悠馬は狭いアパートの一室に一人ぼっちでいた。右腕を返してくれと僕が言うと、悠馬はわかったと力なく呟く。


「もう両腕で抱き締めるような相手もいないから」


 悠馬が自分の右腕を取り外し、僕に手渡す。僕はそれを受け取り、人生色々あるよと慰めてみたけれど、悠馬の表情は変わらなかった。そして、帰り際。柚月の頭が海へ向かったこと、それから彼女がまだ悠馬のことを愛していることを伝えた。


 その言葉を聞き、悠馬は堰を切ったように泣き始める。僕は悠馬が泣く姿を見つめた後、彼から返してもらった右腕を床に置き、そのまま彼の家を後にした。右腕はまた小川で釣れるかもしれないし、片腕だけで広い広い海で探しものを見つけるの大変だと思ったから。


 そして、僕は右腕を失った日常へと戻った。あれから悠馬と柚月からの便りはないし、ザリガニ釣りは相変わらず続けている。だけど、右腕はつれないし、人間のパーツが釣れることはない。毎日が同じスピードで進み、遠ざかっていく。悠馬のように、両腕を使って抱きしめたいと思えるような存在が現れるということも、もちろんなかった。

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