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後編

「小道の先」


 人混みの中、あちこちにぶつかりながら、陽葵は走った。


 途中、蒼生の袖をかすった。

 蒼生の手には、白い団扇。何かの文字がちらっと見えた。

 通り過ぎる瞬間、蒼生の声がした。


「あっ! ひなちゃん」


 陽葵は振り返らない。

 出店を通り過ぎ、神社の裏手の細い道へ進む。

 下駄の鼻緒がきつい。


――ただの噂、都市伝説よ


 つい、陽葵が吐いたセリフ。


「団扇交換すると、恋が叶うのよね」


 来る途中、樹里亜が蒼生を見つめながら言った時に。


 陽葵も信じていたわけではない。

 ただ、蒼生には、陽葵以外の女性と、団扇の交換をして欲しくなかった。


 自分のわがままだ。

 陽葵は頬が熱くなる。


 息が切れた陽葵は、走るのを止めた。

 喧騒から離れ、小石を蹴りながら道を進む。

 地元民と思しき人たちが、ぱらぱらと花火見のスポットへと向かっている。


 陽葵はスポットに向かう道と、反対の小道に進んだ。

 何処に向かう道か、よく分からないけれど、神社の周辺であるのは間違いない。

 いずれ、見知ったところに出るだろう。


 ところが進めば進むほど、闇が深くなっていく。人家の灯も見えない。

 思いのほか木々に囲まれた道らしい。


 ぽちゃん……


 水音がした。


 近くに水が流れているのか。

 そういえば、昔、神社の近くで、ホタルを見たような気がする。

 そのあと、この辺のホタルは絶滅の危機になったそうで、幼虫から育てているという新聞記事は見た。


 あれは何時だっけ。

 一人でホタルを見に行ったのだろうか。


 陽葵の後ろから、ガサガサと草をかき分ける音がする。

 陽葵は我にかえる。

 一人で走ってここまで来たが、もしも誰かが後をつけて来たとしたら、どうしよう。


 鼓動が早くなる。一人きりの夜の道は怖い。


 陽葵の顔にいきなり光が当たる。

 眩しくて手で顔を覆うと、聞きなれた声がした。


「よかった! やっぱり、こっちにいたんだね、ひなちゃん」



「その場所」


 陽葵は緊張感がいきなり切れて、その場に座り込んだ。

 蒼生は陽葵の手を取り、立ち上がらせる。

 陽葵は頭を蒼生の胸にあずけた。


「いきなり走りだすから、びっくりしたよ」


「うん……ごめん」


 陽葵は蒼生の腰に差された団扇を取る。

「でも、だって、これ……」


 蒼生は団扇と陽葵の顔を交互に見た。


「団扇って、えっ! まさかひなちゃん」


 蒼生は笑い出す。

 むっとした表情の陽葵は、蒼生から体を離し、また歩き出した。


「待ってよ、ひなちゃん、ちょっと一緒に行こう」


 今度は蒼生が陽葵の手を取って、小道の先を進んだ。

 ものの数分ほど歩くと、木々の群れが消え、夜空が見えた。

 ちろちろ流れる水の音。


 草むらの向こうには、小さなため池がある。

 蒼生の持つ懐中電灯には、虫が集まっていた。


「あのね、ひなちゃん、聞いてくれる?」


 陽葵は黙って頷いた。


「これ見て」


 蒼生は団扇にライトを当てる。

 白い団扇にはゴシック体の文字で

 『こばと商店街・夏祭りセール』と印字されていた。


「もともとね、『団扇を交換すると恋が叶う』って、やらせというか、あの噂作ったの、僕と仲間たちなんだ」

「ええっ!」


 若い人たちに、もっと足を運んでもらいたいと、数年前、地元の商店街と市の産業振興課のプロジェクトがスタートした。蒼生の大学の教授が、プロジェクトのスーパーバイザーになった関係で、学生たちからもアイディアを募集した。『恋が叶う』お祭りとして盛り上げようという、蒼生たちのグループの提案が、その一つとして採用されたのだ。


「この団扇くれた人、市の産業振興課の担当者さんなんだ」

「そう、なんだ……」


 陽葵は力が抜けた。

 同時に、取り乱した自分が、恥ずかしくなった。


 ポツリと、水面に灯る灯。


「あ、そろそろだね」


 蒼生は懐中電灯を消した。


 黒い水面に次々と、淡い黄色の光が浮かんでいく。


「ホタルだ……」


 畔にしゃがむ蒼生。陽葵もかがむ。


「うん。ホタル。覚えてる? ひなちゃん」

「何を?」

「僕と、初めてここに、来た時のこと」


 陽葵のかすかな記憶。

 小さい頃、たくさんのホタルを見た。

 あの時、蒼生と、一緒だったのか。


「僕、父と母が交通事故で亡くなったあと、おばあさんの家に引き取られたでしょ。

ずっと、何もしたくなくて、引きこもっていたんだ。

夏休みだったな。ひなちゃんが、『ホタル見に行こう』って誘ってくれたの。この場所に」


――ホタルは、死んだ人に思いを伝えてくれるよ


「もうこの世で一人きりなんだって、悲しくて寂しかった。そしたら隣にね、女の子がいたの。母と一緒に読んだ、大好きだった絵本。その登場人物に、よく似た子が」


 水上のホタルは不規則に飛んでいる。

 ホタルの光は水面に、同じ光の輪を宿す。

 水面に広がる、無数の光は、そのまま天の星を内包しているかのようだ。


「ホタルが亡き人に、思いを伝えてくれるのなら、伝えて欲しい。そう思ったよ。


とうさん、かあさん。

僕、なんとか元気です。

見ててください」


 陽葵は、泣きそうになり、あわてて手提げを開いた。

 そこにはハンカチと、祖母が渡してくれた、紙包み。


「ひなちゃんがいなかったら、僕はきっと引きこもったままか、世を儚んで両親の跡を追っていたか」


 蒼生は陽葵を抱き寄せた。


「だから、これからもずっと、僕と一緒にいてください」

「はい」


 その時、無数のホタルが一斉に飛び立つ。

 淡い光は遠く近く、二人を照らした。


――とおさん、かあさん、僕は今、元気です。一人じゃないから。



「帰り道」


 祭りが終わり帰る人の群れの中、見知らぬ男性と腕を組んで、自撮りしまくる樹里亜を見つけた。

 ナンパしたのか、されたのか、機嫌の良い樹里亜は、陽葵と蒼生を見ると、にやりと笑った。


「ひなってば、口紅ルージュ剥げてるよ!」


 真っ赤な顔になりながら、陽葵も蒼生の手を握る。


「ひなちゃん、おばあさん、何か言ってなかった?」

「え、なんにも」


 祖母が渡した小さな団扇。お祭りの時に、蒼生と交換するように、メモ書きが付いていた。団扇の裏側に書かれていたのは一首の和歌。


『かきくらす心の闇に惑ひにき 夢うつつとは今宵さだめよ』


 あとで祖母に歌の意味を聞いて、陽葵は再び赤面した。

 


「後日談」


 陽葵は蒼生が大好きだったという絵本を、図書館で見つけた。

 表紙には、おかっぱ頭の少女が描いてあった。こけしよりも細い目の少女像は、確かに陽葵によく似ていた。

 題名は『ざしきわらしちゃん』という。



『かきくらす心の闇に惑ひにき 夢うつつとは今宵さだめよ』の意訳

あなたとわたしの関係を、今夜はっきりさせてよね


お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] いいですねー。 相手を思う切ない気持ちに、ちょっとしたことに不安になる主人公の心情。 そして、タイトルにもある通り、蛍と陽葵によって救われた蒼生。 二人の関係性がとても素敵です。 何気にジ…
[良い点] 全編通しての情緒がたまりません!! 堪能いたしました。 気付いていないようでちゃんと見ていてくれる男性はいいですね! 好きな子にはみんなそうであると信じたいです〜 男心はわからないけど。笑…
[一言] いいお話でした! 情景がクッキリ脳裏に浮かびました。 2人の末長い幸を祈ります。
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