最終話 裁判所が破壊されました
それから、僕、国府谷彰の『日常』が戻った。
世界中が大きく破壊されてしまったけれど、復興は順調に進んでいる。
各国の土木建設業界が好景気に沸いているようだ。
怪獣はもう半年、ずっと出現していない。
当初は再び怪獣が現れるのではと警戒していた人達が多かったけれど、ようやく少し落ち着き、復興に専念するようになっていた。
エクスディクタムから降りた僕の身体は、以前と全く変わらずキレイに修復されていた。
致命傷を負っていたとはとても思えない。
エクスディクタムに長く乗ってかなり馴染んでいたため、降りた時にはちょっと違和感があったものの、数日で自分のペースを取り戻すことができた。
僕の仕事もようやく回転を始め、米山さんも事務所に戻ってきた。
弁当屋のおばちゃんも喫茶『SNAZZY』も営業を再開している。
茉莉も相変わらず。
ネット通話で「例の彼女とはうまくいっとる?」と聞かれた時には、ちょっと僕は泣いてしまった。
「またええ出会いがあるよ。お兄ちゃん気を落とさんといて」と慰められた。
兄の威厳とかってないな……。
怪獣が出ない以上、エクスディクタムも地球上に姿を見せない。
僕は『練習』により順応が進み、エクスディクタムの性能を結構使えるようになったものの、このまま使いどころがないのかも。
でもそれでいいや。
怪獣なんて出ないでいいんです。
――――――――――――――――
「さあてと。タコ焼き粉たくさん買って来たし!具も沢山用意しましたよ!予定通りタコパしましょう!タコパ!!」
僕の家、独り暮らしにしては広めの1LDKマンション。
なんだけど、3人で暮らすのは少々手狭な気がするな。
「わーい!やったぁ!国府谷先生の大好物なのよね!実際に食べるの初めてだからチョー楽しみ~♪」
「すっかり遅くなってしもうて。材料の一部が怪獣の破壊で生産流通ラインがストップしてて、なかなか揃わんかったんですわ」
「んふふ〜。いいのいいの。待ってた分だけ楽しみは大きいものよ!ああ、ようやく食べれるのね!ありがとう国府谷先生!」
「いえいえ。ナビィさんに喜んでもらえるなら作り甲斐がありますからね!どんどん作りますよって、サクサク食べてくださいよ」
「タコ焼き粉混ぜるの? 私もやりたいー」
「ナビゲーター、タコ焼きのタネを作る際に粉が飛び散るのでエプロンをつけてください」
「はーい」
僕は日常を取り戻したけど、ちょっとだけその日常に変化があった。
B・U氏のバックアップデータアーカイブを復元した後のこと。
僕はどうやら、エクスディクタムの記憶に圧倒されて『エクスディクタムっぽく』なっていたらしい。
今は復元データを消去したので、もう『エクスディクタムっぽく』というのがどんな感じだったのかは分からない。自分では普通に僕のままだったような気がするけど。
なんだか夢を見ていたような気分だなぁ。
けど、僕自身の経験した記憶はあるんで、何があったかは認識してる。
B・U氏がエクスディクタムに願ったのは、まずナビィさんの再起動。
ナビィさんを僕は機能停止させた。
それは、レイシアさんを倒すのに機体の負担をできるだけ軽くする必要があったためと『感情』を知ったナビィさんをこれ以上孤独に苦しませたくなかったから、なんだけど。
後にして思うと『苦しめたくないから消す』とか、ちょっと乱暴過ぎやしませんかね。
で、その上でB・U氏が願ったのはナビィさんの実体化。
実体化すればエクスディクタムが起動していないときにも活動出来る。寂しくなったら誰かとコミュニケーションも取れる。少しは『寂しい』気持ちも和らぐだろうと、B・U氏が提案したようだ。
確かに海底にずっと待機は寂しいよね。
そんなわけで、少女の姿のナビィさんは今僕の家にいるんだけど……。
こんな外見子どもの女の子を家に住まわせてるとか、世間にバレたら僕の社会的地位がヤバいです……。
「国府谷先生にご迷惑はお掛けしません」とB・U氏が言うから、とりあえず信頼するけど。
「国府谷先生、美味しいわ!タコ焼き!」
「でしょでしょ! 美味しいですよねぇ!」
ナビィさんの強制停止について、本人に謝ったところ
「許してあげる!だから国府谷先生の作ったタコ焼き食べさせて!」
というリクエストを受けました。
言われるまでもなく実体化したナビィさんにはぜひ食べさせたかったんだ。
うん、タコ焼きうまい!
人間だからこそ、この美味しさに感動できるってもんです。
「あ、でもナビィさんもB・Uさんもエクスディクタムと同じで『味覚』はあっても『空腹感』ってないんですよね?」
『空腹感』がない状態で食べた焼肉弁当が物足りなくて寂しかったのを覚えている。
それなのに、そんな相手を食事に付き合わせてしまって、悪いかな。
「国府谷先生と一緒に食べるから美味しいのよ!」
「そうですね。私も確かに食べること自体は必要ないのですが、毎回国府谷先生と食事を共にし美味しそうに食べる国府谷先生を見るのは嫌いではないのです」
そっか。確かに誰かと一緒に食べるメシって空腹を満たすのとは関係なく美味しかったりするよね。
B・U氏も、僕と一緒に食べるメシ気に入ってくれてたのか。
なんか嬉しかったりして。
これから、怪獣は再び出るのかどうかは分からない。
もしも出たら、きっとまた僕はエクスディクタムに乗って戦うことになるんだろうな。
そういえばエクスディクタムって、元々生きてる存在だったんだよね。
つまり僕は死体に乗っていたということなんだけど……。
人間にも自分の死後に臓器を他の人に使ってもらう臓器提供ってあるし、似たようなものかな。
怪獣と戦うとか、正直えらい目にあったと思ってたけど、身体を提供してくれたエクスディクタムには感謝するべきなんだろう。
とにかくまた怪獣が出たら、そのときはそのとき。
今は日常を楽しむことにします。
……レイシアさんのことは……。
「国府谷先生? レイシアのこと考えてるの?」
「ええ、まあちょっとだけ」
僕はレイシアさんのことが好きだった。
本当に、本当に好きだったんだ。
宇宙人でも、ちょっとくらい怪獣で地球を壊しちゃったとしても、それでも侵略とかやめてくれるなら許せてしまうくらいに好きだった。
だけど、その気持ちはエクスディクタムの機体の『記憶』に引きずられたものなんだそうだ。
僕がレイシアさんを好きになってしまうのは、僕自身の気持ちじゃないんだってさ。
でなければ……。
レイシアさんが地球人の前に姿を現したときに、多くの人達がその神々しいまでの美しさに魅了されたように、僕もまたあの美しさに惑わされていただけなのかも。
だけど、レイシアさんを想う気持ちが錯覚なら、どうしてこんなに僕は辛いんだろう。
もう、レイシアさんに会うことはない。
毎回、会いたくて会いたくて、会うとドキドキしてた。
レイシアさんと意思疎通したくて、すごく頑張って、笑ってもらうと嬉しくて……。
レイシアさんが愛していたのは僕じゃなくてエクスディクタムだった。
けど、ちょっとだけ僕のことも好きになってくれたんだよね?
だから『チャンス』をくれた。
エクスディクタムの記憶のないままでも、レイシアさんと一緒にいられるチャンスを。
そのチャンスを活かすことはなかったけれど。
こんなにも好きだったレイシアさんなのに、僕はこの手でコアを破壊し消滅させてしまった。
地球を破壊するというのを許すわけにはいかなかったから仕方ない……と納得、なんてできるわけがない。
ごめんなさいレイシアさん……。
「国府谷先生、涙が出ていますよ」
B・U氏がハンカチタオルを差し出してくれた。
「煙が目に入ったようですね」
多分B・U氏は気付きながらすっとぼけてくれている。
このヒト、ちょっと気が利きすぎ。
エクスディクタムが道連れに出来なかったのも分かる気がするな。
そのとき、玄関チャイムが鳴った。
誰か来た。
軽く目配せするとB・U氏とナビィさんは心得ているとばかりに姿を消した。多分奥の部屋にでも転移したんだろうけど、大した距離じゃないんだし歩けばいいのに。
「はい、どなたですか」
インターフォン越しに尋ねたけれど返事がない。
おかしいな。
そう思っていると、扉をガチャガチャさせる音が聞こえてきた。
ご、強盗!?
ドアが開く。なんで!?
開いたドアの向こうにいたのは……。
―――――――――――――――――――――
ひとりの女性……?
とても綺麗な人……いや、間違いない。
「れ、レイシアさん!?」
今回は完全な擬人化だ。
キッチリ人に見える。
なんか普通の服も着てるし。
でも目を見れば分かる。
レイシアさんだ。
「コアを、破壊した、ハズでは……?」
倒せなかった!?
惚けてる場合じゃない。
警戒しないと。
また生身のときに会ってしまうなんて。
今度こそ殺される?
転送を……!
「国府谷彰」
フルネームで呼び捨てにされた。
レイシアさんに名前を呼ばれるのは初めてだ。
嬉しいな、と思ってしまう自分が悲しい。
「なぜ、完全にレイシアを消し去ってくれなかった」
レイシアさんは恨みがましそうに僕を睨みつける。
不覚にも「こういう表情もステキです」とか思ってしまう。あーもうっ!
「キミが中途半端にレイシアのコアを傷付けたものだから、レイシアは困っている」
「はあ、すみません」
コアを傷付けたものの、破壊には至らなかったということか。
「修復せずに放っておいても滅びるまでには長くかかるし、修復するにもしばらくかかりそうだ」
「ええと……」
「修復が終わるまで何もできない。しばらくここにいる」
「こ、ここに……? どうして……」
「……レイシアはずっとエクスディクタムを探していた。待っていた」
「でも、僕はエクスディクタムの代わりにはなれないんです」
それはもう十分わかってる。
レイシアさんにとっては僕はエクスディクタムを甦らせる材料でしかなかったんだし。
「当然だ。キミはエクスディクタムではない。レイシアのエクスディクタムは決してレイシアを拒絶などしない」
この絶対的な自信はさすがレイシアさんだ。
なるほど、コアが破壊できなかったわけだよ。
「エクスディクタムは、死んでしまった……。地球にあるのが例え躯に過ぎないとしても、レイシアは傍にいたい……」
「レイシアさん……」
「というわけで、先程までエクスディクタムの躯に寄り添っていた」
えーと。
海底に置いてあるエクスディクタムの機体のそばにいたってこと?
置き場所バレバレなのか……。
「だが、いくら呼びかけてもエクスディクタムは返事をしない……」
レイシアさんはとても悲しそうな表情で俯く。
地球を制圧しかけた恐るべき宇宙人だってのに、僕はもう慰めたくてたまらない。
「エクスディクタムを起動させるために、またコアを壊そうかとも思ったが……」
え!ウソ!また僕半殺しにされるの!?
やっぱり逃げた方がいい!?
「そんなことをしても、レイシアのエクスディクタムは戻らない……」
……ほ。
僕を半殺しにする気はないのか。
もうああいうのやめて欲しい。
死にそうになるから。
「エクスディクタム……」
レイシアさん……。
何も語らないエクスディクタムの傍で途方に暮れて、こっちに来てみたというところだろうか。
『支配者』の本質を持つレイシアさんがこんなに項垂れて悲しそうにしていて……。
僕は一体どうしたらいいんだ?
地球をあんだけ破壊した困ったヒトだっていうのに。
本来なら通報しなくちゃいけないのかも知れないけど……、って警察にどうこうできる相手やないな。
「あの、レイシアさん、もう怪獣とか呼んだりしませんか?」
「レイシアは今は修復に専念するため、何もできない」
「修復が終わるまで、どれくらい掛かるんです?」
「分からない。地球時間で一世紀くらいだろうか」
100年間?
その間は襲ってこないと……?
「じゃあ……とりあえずタコパやってるんで。
タコ焼き食べませんか?」
――――――――――――――――――――――――
かくして地球は未曾有の危機から救われた。
大怪獣レイシアが地球に与えた被害は甚大なもので、多くの施設が破壊され、流通も停止した。
建造物だけではなく、血も流れた。
それでも、失われるはずだった多くの命がエクスディクタムの力により救われた。
人々はエクスディクタムを『正義のヒーロー』と呼び感謝の言葉を口にした。
ただ一点。
特筆すべきは大怪獣レイシアの襲撃により、世界各国のあらゆる裁判所がひとつ残らず破壊されたことだった。
全ては『偶然』。
誰もがそう認識していた。
エクスディクタムはその超越的な能力により空間軸や時間軸に干渉できる。
そして『確率』すらも操作する。
限られた『確率』の事象が極たまに発現することを『偶然』という。
戦いに否応なしに巻き込まれた災難な国府谷彰のため、エクスディクタムは出逢いに際して彼のささやかな願いを叶えた。
―――『裁判所がぶっ壊れちゃえばいいのに』
おわり。
おわり!
あとがきが1話分あります。




