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6 さようなら


 レイシアさんは、僕のことなんて道具だと思っているとばかり思っていた。


 いくら尽くしても僕のことを見てくれない。

 どんなに支配を進めても、先を見ることをやめない。

 振り返って僕の方を見て欲しかった。


 そして僕は疲れてしまい、滅びることを求めた。

 もとより、長く生きすぎていたし、今思えば罪深い行為を続けていた。


 自分たちが支配することこそが、この世界に秩序をもたらすことだと信じて、ただ支配する領域を広げるために数多の惑星を制圧していた。



 だけど、レイシアさんは僕のこと、ちゃんと愛してくれていた。僕と一緒に歩むことがレイシアさんの幸せだった。


 ごめんなさいレイシアさん。

「愛してない」なんてウソ言って。

 

 僕が戻らないなら、滅びたいなんて

 愛する人にそんなことを言わせてしまうなんて。


 僕の方がよっぽど酷いヤツだったな。



 レイシアさんは急激に光を失い、姿を消した。

 恐らくあの攻撃でコアを傷つけることができた。



 もうレイシアさんは地球を侵攻することはないだろう。




――――――――――――――――――



 地上に戻ると、その光景はかなり荒れ果てていた。

 レイシアさんの攻撃を頑張ってらせたつもりだったけれど、多くの建造物が崩壊し、地面はえぐられ、火の手も上がっている。


 先日散歩したばかりのコースもあちこち壊れて様変わりしていた。


 その中で僕の自宅と事務所が無傷だったのは奇跡的に見えるかも。


 自宅の周囲に人の姿はない。

 住人たちは避難所に行ったんだろうな。



―――――――――――――――



「B・Uさん、全部終わりました。レイシアさんは、もう地球には来ません」


「おかえりなさい国府谷こうだに先生。『レイシアさん』を滅ぼしたのですか?」



 家に戻ると、何もなかったかのようにB・U氏が迎えてくれた。



「ええ。全部終わったんです」


「そうですか。それはお疲れ様でした。コーヒーでもいれましょうか?」


 ちょっ、『何もなかったように』過ぎやしませんか?


「そんだけ!? もうちょっと盛大に褒めてくれてもええのでは?」


国府谷こうだに先生は盛大に褒めてほしいと。そのようなことは慣れていませんが、国府谷こうだに先生が望むのであればやってみます」


「ゼヒ!」


「……では」


 期待!


「『さすが国府谷こうだに先生!むっちゃカッコええです!よっ!地球の救世主!!シュッとしてるわ!この色男!』」



「……」


「駄目ですか?」


「いや、すごくアホっぽいなぁと……」


国府谷こうだに先生のマネですから」


 ……僕ってそんななの?



「ま……、まあそれは置いておいて。B・Uさんにお願いがあるんですが」


「私にできることでしたら」


「僕、今コアを、つまり僕の身体のことですけど、修復しています。数日で終わる予定なんで、それが終わったらエクスディクタムの記憶領域に復元したデータを再度初期化して欲しいなと」


「それは構いませんが、何か問題でもありましたか」


「だってB・Uさん、気が付いてるでしょ。僕がエクスディクタムだって」


「あなたはそれを否定していましたが」


「まあね。僕は記憶だけの存在で、結局僕は国府谷こうだにあきらでしかない。でもエクスディクタムとして生きていた記憶は膨大過ぎて、どうしても国府谷こうだにあきらの記憶を圧倒してしまうんですよ」



 以前、B・U氏が僕の代わりに仕事に行ってきたときと同様に、僕もまた国府谷こうだにあきらを演じている。


「では、やはりあなたはエクスディクタムなんですね」


「そうと言えばそうだし、違うといえばやっぱり違いますけど。少なくとも国府谷こうだにあきらがあれほど望んだ日常に戻るには、この記憶は邪魔なんだと分かりました」



 国府谷こうだにあきらは、エクスディクタムに乗って戦うことを引き受けてくれた協力者。ちゃんと、戻りたかった場所に戻さなくちゃいけないんです。



「そうですね。国府谷こうだに先生は日常を楽しむ人です。今のあなたはそうは見えない」


「まあねえ」



 散歩も睡眠もメシも楽しめなかったよ。

 このまま生きてたら退屈過ぎて地球侵略とかしてしまいそう。ダメダメ。



「で、つきましては僕はB・Uさんの願いを叶えたいんです」


「私の願い、ですか」


「僕はB・Uさんにちょっとね、押し付け過ぎてしまったと思うんです。マスターを失ってから長い間ずっと僕の身体を守って、地球を守って、パイロットを守ってもろうて」


「それが私の役割ですから」


「でもこれからはB・Uさんが望むようにしたいなと。役目を解いて欲しければそうするし、滅びることを望むならその通りにしましょう。僕が新たに指令をすればB・Uさんは今の役割から解放されます」


「もしも願いがないと言ったら?」


「現状維持かな。今回レイシアさんによる脅威はなくなったけど、広い宇宙には別の侵略者が出てもおかしくないですからね。また怪獣が出るときに備えてもらうことになるかと」


 それは国府谷こうだにあきらの生きているうちではなく、何千年先かも分からないけど。



「そうですね。願いがないわけではありません」


「お。ありますか!なんです? 記憶のある今なら何でも叶えられますよ」



 僕、けっこう何でもできるんで。

 ある程度なら時間軸にも空間軸にも確率にさえも干渉できます。



「ですが、私の願いよりもまず国府谷こうだに先生の願いを叶えてあげて下さい」


国府谷こうだにあきらの願いですか」


「無理やり巻き込んでしまいましたから。そもそも最初の契約から、死ぬ寸前で断れない状況にあるのにつけ込みました」


「いや、それは仕方ないでしょ。断られたらエクスディクタムの情報が漏れちゃいますからね」


「それでも……」


「大丈夫。国府谷こうだにあきらの願いは『日常を取り戻すこと』。それは叶います。僕が消えればいいんで」


「日常を取り戻すことは単なる原状回復であって、願いを叶えるというのは違うのではないかと」



 ……原状回復とか言ってるよこのヒト。


 そういえばB・U氏、僕の代わりに弁護士としてお仕事こなしてたもんな。同期記憶の影響受けすぎとちゃいますか?



「ホンマに気にせんといて。僕は国府谷こうだにあきらの願いについては他にもわりと叶えてるんです。ですからB・Uさんの願いを教えてください」



『願いを叶える』というよりは、私情が混じったというべきか。


 例えば、この騒動で地球はかなり破壊されたけど、国府谷こうだにあきらの自宅も事務所も『奇跡的に』無事だったでしょ? ここは多分世界で一番安全な場所になってると思う。



――――――――――――――――――



 それから数日かけて僕は自分の『コア』を修復した。


 僕の身体はとても念入りに破損されていて、レイシアさんの意図が伝わってきた。


 レイシアさんは国府谷こうだにあきらを抱きしめ、とても丁寧に破壊した。

 即死しないように、それでいて回復不可能な程度に決定的なダメージを与えるため。

 身体のあらゆる場所に致命傷を負わせながら、僅かに命が繋がるように。


 エクスディクタムから降りられないように。

 その結果、データアーカイブからデータを復元するよう導くために。


 全てが、僕をよみがえらせるためだった。


 レイシアさんの愛してくれた僕を。


 けれど、決してエクスディクタムが蘇らないことを悟ったとき、レイシアさんは自らの滅びを願った。


 僕たちはとても似ている。



 

 僕の身体を修復したので、あとはこの『機体』から降りればいい。


 けれど、エクスディクタムとしての『自我』のようなものが蘇ってしまった以上、このまま降りてしまうと僕は国府谷こうだにあきらの脳にフィードバックした記憶でそれこそ元の自我が崩壊しかねない。


 フィードバック情報は国府谷こうだにあきらのキャパシティに合わせて縮小されるとは思うので、脳細胞が破壊されるまでにはならないと思うけどさ。



 だけど、国府谷こうだにあきらは、元の生活に戻りたかった。


 今の『僕』だって自分を国府谷こうだにあきらだと思ってるし、このままでも元の生活が送れないかとも考えたけど、それが無理だってことは分かってる。

 僕の記憶は邪魔になる。


 だから、ちゃんと戻さないとフェアじゃない。

 いつまでも亡霊が居座っていてはいけない。



―――――――――――――――――――――



「さてと。ちゃんと身体は修復したし。B・Uさんの願いも叶えたし。そろそろお願いしますわ」


「データの初期化ですね。分かりました。

 なお、復元元のデータは変わらず私のデータアーカイブに残っていますし、今回追加されたデータについても新たに蓄積されることになります。再度パイロットがデータを必要とする際には再び復元される可能性もありますが」


「そーゆーことが出来ちゃうから、ホントなら僕が滅びた後にバックアップデータも消去されなくちゃいけないんだけどねぇ。あんまり何度も亡霊が蘇るのはどうかと思う」


「そうですね。今からでも私を消去しますか?」


 データアーカイブのデータは、B・U氏ごと消さなければ消去出来ない。


「そんなことしませんて。B・Uさんが今後も生きることを望んでくれましたからね。なら生きておいてください」


「分かりました。ところでエクスディクタム」


「なんです?」


「命をくださって、感謝しています」


「僕もね、B・Uさんがエクスディクタムのパイロットに国府谷こうだにあきらを選んでくれたのに感謝してる」


「お気に召しましたか? あなたの好きそうなタイプだとは思いましたが」


「まあね。自分で言うのもなんだけど国府谷こうだにあきらはすごい。レイシアさんにベタ惚れだったくせに、レイシアさんの提案を断ったんだよ。彼がいなければきっと僕はレイシアさんとは戦えなかった」


 愛するヒトのために他者全てを犠牲にすることの罪深さや、愛するヒトの大切なものを尊重する気持ち。

 それに気づけたから、僕はレイシアさんを止めることができたんだ。


 できるなら、僕は国府谷こうだにあきらになりたかった。無理だったけど。



 彼の守りたかったこの星での『日常』。


 自分の身体を兵器として託した美しい星。

 この星を選んで良かった。

 今は僕もこの星のことを愛しく思っている。


 ……もともとは偶然目に付いただけなんだけどね。


 エクスディクタムに似た色の美しい惑星だったから。



「私も国府谷こうだに先生が好きです」


 好き?


「そうか。B・Uさん。君のAIは『好き』なんて判断さえ可能になっているんだね」


 それも、国府谷こうだにあきらの同期記憶のせいかな。



 さて。そろそろ亡霊は消えるね。




「さようなら、B・Uさん」


「さようなら、エクスディクタム」






 次回、最終話になります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! >レイシアさんにベタ惚れだったくせに、レイシアさんの提案を断った 国府谷 彰の、人間としての良識が地球を救う事になりましたね。 レイシアさんには気の毒でし…
[一言] エクスもB・U氏もあるべきところへ収まるってことなのかな? 地上はだいぶ被害を受けたみたいだけれど、世界各地の裁判所、どうなったのでしょうか? ちなみに昨日9月13日は「世界法の日」だった…
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