5 大怪獣レイシア
最終決戦です。
地球に『大怪獣レイシア』が降臨した。
それは地球全てを覆いつくす、眩い光を放つ存在。
翼を広げるかのように広大に広がるレイシアの光の脈動は、瞬時に地球全土にその存在を知らしめた。
地球上あらゆる場所が紫と緑を基調とする光に包まれる。
「これは、奇跡か……」
「なんて美しい……」
大怪獣レイシアを直に見た地球の人達は、目を離すことも出来ないまま、ただ平伏した。
その神々しさに心奪われ、自らの全てを捧げようとしていた。
地球上のあらゆる兵器、全ての軍隊は無力化し、一切の抵抗力が無効となっていた。
戦うまでもない。
攻撃するまでもない。
圧倒的な存在。
それが大怪獣レイシア。
地球は既に大怪獣レイシアのものも同然だった。
もしも、エクスディクタムが立ち塞がらなければ。
大怪獣レイシアの前に立ちふさがるエクスディクタムは、レイシアに匹敵する巨大な姿にその身を変えた。
地上の人達を踏みつけないよう、機体を宙に保ったまま。
「あれは、エクス……?」
「エクスが、守ってくれている……」
その青い機体はレイシアの光を遮り、影に位置する人々は理性を取り戻す。
『エクスディクタム……』
大怪獣レイシアは、歌うように声を発する。
その声に地球上の誰もが魅了されたが、その意味を理解出来たのはエクスディクタムだけだった。
『このレイシアの前に立ちふさがる者は薙ぎ払うのみ。例え我が愛しき同胞エクスディクタムであろうとも』
大怪獣レイシアはその頭部の光輝く髪を幾重にも分岐させ、そのすべてが意思を持ったかのようにエクスディクタムに襲い掛かる。
エクスディクタムはその攻撃を四肢の動きを駆使して弾くが、弾かれたレイシアの髪はそのまま更に細かく分岐し、地上に針の雨が降り注ぐ。
落ちた箇所の建造物は悉く破壊された。
――― 駄目だ、いけない……。
弾いては、地球に被害が広がるだけだ。
しかし大怪獣レイシアの攻撃は強力過ぎる。
弾くだけで精一杯だった。
――― なんてこった。
そもそもレイシアさんと僕は同胞、同じ存在。
だから分かる。
大怪獣レイシアは、倒せない。
絶対的な存在。
本質は『支配者』。
それに対して僕は、コアが壊れてしまった亡霊。
勝ち目なんてない。
それでも、レイシアさんと戦うことになると覚悟していた。
だからこそ、少しでもエクスディクタムの性能を効率化しようと考え、ナビゲーターを停止させた。
国府谷彰の身体の修復も、エクスディクタムのリソースの消費を抑えるため後回しにした。
これだけの準備をしても、地球を守りきるには足りない……。
大怪獣レイシアの攻撃が止まない。
光の鞭がエクスディクタムを間髪入れずに次々に襲う。
弾くので精いっぱいなのに、弾くたびに地球が被弾する。
――― ああ、壊れてしまう。
地球が、壊れてしまう。
僕の大切な日常と一緒に。
もう、米山さんは帰らないかも知れない。
弁当屋のおばちゃんも、戻ってこないかも。
フランスにいる茉莉はこのまま大学に通えるんだろうか。
大切な人達の日常が壊れてしまう。
みんなの日常を、守りたいのに ―――
せめて、地球から距離が取れれば……。
僕は、レイシアさん目掛けて突進した。
ただ、まっすぐに。全推進力をもって。
不意を突かれた大怪獣レイシアは、衝撃で後ろに下がる。
地球を脱し、大気圏を抜け、僕達は宇宙に出た。
大怪獣レイシアが光の翼をはためかせると、最早それ以上は進めなくなった。
……あまり距離がとれなかったな。
『……レイシアの胸に飛び込んできたのではないのか……』
レイシアさんからは攻撃とすら思われないとか。
『あの星の被弾を防ぐためか。そんなに大事か。あの星が』
「そりゃもう」
『それは、妬けてしまうな』
レイシアさんはそう言って笑顔を見せると、指先から次々と光を放った。
僕の方向へ、ではなく。地球に向けて。
地球に被弾した光は、落下地点で大きく爆発を起こしているのが見て取れた。
「やめてください!」
僕は身を挺してその光の弾丸を浴び、地球に被害が出るのを防ごうとした。
「ぐっ………!!!」
まともに受けてしまった。
今まで感じた痛みの比じゃない。
その場に身を丸めて蹲る。
『あの星がキミの弱点ならば、弱点が攻められるのは当然のこと。キミらしくもない』
確かにね。
あー、痛い。
ナビィさん、こんなとき声を掛けて欲しかったな。
「大丈夫?国府谷先生」って。
ナビィさん、ホントは不要なんかじゃないんです。
ボケたら優しくツッコんでくれる相方がおらんと調子出ません。
けれどナビィさんはいない。
僕が停止させてしまったから。
代わりにレイシアさんが声を掛けてくる。
『つらいか?エクスディクタム。レイシアの腕の中においで。優しくしてやるから』
僕が痛がる様を見て、レイシアさんは楽しそう。
レイシアさんって改めて見るとサディスティックなとこあるなぁ。
そういう支配者然としたところも好きだったんだ。
……言わないけど。
『攻勢一方では面白くない。エクスディクタム、レイシアをもっと楽しませて』
――― 『おもんない』って関西人にはキツい!
痛みはすぐに引いた。
僕って結構丈夫なんだよ。
防いでいるだけじゃ埒が明かない。
攻撃しなければ。
武器生成―――
「くらえ!必殺!!
スピニング・ロッポ―――――――!!!!」
僕のオリジナル武器。スピニングロッポー。
エクスディクタムの性能をフルに使える今なら、その威力は強大だ。
回転はもはや光速に至り高度エネルギー体になっている。
レイシアさんに当たった……!
いや違う。
大怪獣レイシアはそれを避けもしなかったんだ。
わざとその身に受けた。
『この程度か、エクスディクタム』
……効いてる様子がない。
それもそうか。
レイシアさんの身体は無敵に近い。
レイシアさんを倒すならコアを壊さなければ。
でもどうしたらコアは破壊できるのか。
『昔、キミはレイシアの攻撃を美しいと褒めてくれたものだ。久しぶりに見せてやろう』
大怪獣レイシアの両手に光が集まる。
電気が弾けるようにパチパチと閃光を放ち、確かにキレイだ。
いや、見惚れてる場合じゃない。
周囲の空間は稲光で満ちる。
「ちょ、ちょい待……!」
稲光が地球に降り注ぐ。
落下地点の被害は想像に難くない。
稲光が地表に到達する前に、素早くスピニングロッポーを次々に放ち、衝突させ食い止める。
それでも止めきれず、何十ヶ所かには落ちてしまった。
地球からは雷が落ちているように見えているかも知れない。
人々は何が起きているか分からず、ただ怯えているのだろう。
ゴメンね。
僕の同胞が迷惑をお掛けして。
レイシアさんは僕を探して偶然地球を見つけたわけだけど、レイシアさんの本質が『支配者』である以上は僕が来なくても遅かれ早かれ怪獣による侵略はあったと思う。
だから僕のせいで侵略を受けたとは思って欲しくないなぁ……。
今までレイシアさんに侵略された星の生物達のほとんどは、レイシアさんに心酔し、レイシアさんの支配を喜んで受け容れるようになった。
もしも僕がここで無駄な抵抗をせず地球をレイシアさんの好きにさせたなら、地球はレイシアさんを受け容れ、大きな被害も出さずに平和に収まるだろうか……。
いや、やっぱりダメだな。
レイシアさんの軍門に下った怪獣同様、地球人の命は消耗品になるだけだ。
しかも地球人なんて怪獣達のように戦力になるわけでなし。
おそらく燃料とかネジにでもされちゃうんじゃないかな。
そのやって消費される命をずっと見続けてきた。
怪獣達の姿に自分を重ね合わせてきた。
僕は、満たされないレイシアさんの欲望に寄り添うのに疲れ果ててしまったんだ。
そしてそのうち、僕のコアは消耗し崩壊したんだ。
つまり、僕たちのコアが壊れる条件って……
『キミは相当この星を守りたいと見える』
レイシアさんは不思議そうな表情で地球を見つめている。
『昔のキミはどこまでもレイシアに寄り添ってくれたというのに。なぜ変わってしまったのか、コアが違うからか?』
確かに、昔のエクスディクタムならとっくにレイシアさんの側に戻っている。
『キミがレイシアと来ないのは、この星のせいか。そこまでこの星に執着するとは』
レイシアさんは余裕があるのか、先程から攻撃と会話を同時にこなしている。
僕は……攻撃に対処するので精一杯で会話に入れません。
『この星はいつも通り制圧し支配するつもりだったが……。気が変わった。この星を壊そう』
――― 地球を、壊す?
『そうすればキミはレイシアのところに戻るだろう?』
僕が、大切にしてるのを知っているのに?
僕の居場所を、僕の日常を壊して、行く場所をなくしてしまえば自分のところに戻るだろうって、そういうこと?
……レイシアさん、そんなことを言うの?
僕のこと、愛してくれたと思ったのに。
愛する人の大切なものを壊すなんて、それで相手を縛ろうなんて……。
「それって、まんまDV野郎の思考じゃないか!」
悔しくて悲しかった。
レイシアさんは僕のことなんてちっとも尊重するつもりがなかったんだ。
「戻るわけない!絶対に許さない!もし地球を、僕の大切なこの星を破壊したら、僕はレイシアさんのことを絶対許しませんから!」
『……キミは、レイシアのことを愛しているのではないのか……?』
「それは、僕のセリフです!僕のことを本当に愛してくれているなら、僕が悲しむことなんてしない!そんなの愛じゃない!結局僕は怪獣達と同じなんだ。支配欲の対象でしかないんだ!」
感じていたのは、怒りか、失望か。
それとも、それでも否定できない愛する気持ちなのか。
でも、レイシアさんはもともとこういうヒトだった。
変わったのは、僕なのかも知れない。
『違う、レイシアはキミを想っている……』
「もう、信じない」
『…………』
「レイシアさんのことなんて、もう愛していない」
……これはウソ。
そんな簡単に気持ちが変わるなら苦労はしない。
だけど、悲しかったから。
僕はもう夢中で武器を生成し、破れかぶれにレイシアさんを攻撃した。
全てはレイシアさんに命中し、その衝撃で膨大な量のエネルギー粒子が周囲に散らばる。
『……この程度ではレイシアは滅びない。もっと、キミの全てをレイシアにぶつけて』
「言われるまでもない。くらえ!」
僕は再度無数のスピニングロッポーを大怪獣レイシアに向けて投じた。
この宇宙に、一気に太陽が増えたかのような明るさだ。
コレは決して弱い攻撃じゃない。
エクスディクタムの性能を完全に活かして繰り出す攻撃なんだから。
大怪獣レイシアに効かないわけがない。
もともと、僕らは近いモノ。
近い力を持つもの。
強さは、ほぼ互角だったのだから。
大怪獣レイシアは全てその身で受け止めた。
レイシアさんの表面が削り取られて、その輝きは真空の世界を紫と緑の光に染める。
「レイシアさん……?」
なぜ避けないのか……?
なんだか様子がおかしい。
『効かない。まだだ。レイシアを滅ぼすには足りない』
効いていないわけがない。
レイシアさんは、苦痛に顔を歪めている。
『その程度で終わりなのか? ではまたレイシアが攻めて良いんだな』
大怪獣レイシアは、地球に向けて光の矢を放つ。
僕に、向けず。
ただ地球に向けて。
僕は間一髪でそれを弾いて、地球から軌道を逸らす。
どうなっている、レイシアさん?
様子が変だ。
僕はレイシアさんを窺い見る。
「あ……」
レイシアさんは『泣いて』いる?
僕らは涙を流すわけじゃないけれど。
「なんで、泣くんですかレイシアさん」
僕はダメだね。
レイシアさんを倒すって決めたはずなのに。
国府谷彰も泣いている女の人を目の当たりにするとオロオロする方だけど。
僕だって、誰よりも崇拝し愛しているレイシアさんが泣いていたら冷静でいられるわけがない。
こういう場面ニガテ!
米山さん助けて!
『レイシアは、泣いていない』
「いや、泣いていますって」
『……レイシアは昔に戻りたい。キミと理想を語り合い、我らが支配することにより宇宙に秩序をもたらすために戦い続けようと誓い合った日々を。ただ前を向いて、キミと一緒に戦い続ける日々こそがレイシアの求める日々。キミを取り戻せばそれが戻ると思った』
昔、ふたり迷いなくただ理想を目指して突き進んでいた頃があった。
「もう戻れないんです。エクスディクタムは死んだんです」
『そのようだ。キミはレイシアの愛したエクスディクタムではない』
僕の胸が痛む。
『キミはレイシアをもう愛していない。そんなキミは知らない』
それは違うんです。レイシアさん。
愛していても許してはいけないことがある。
盲従こそが愛なんかじゃないから。
でも、それは言わない。
多分これはエクスディクタムの言葉じゃないから。
……それに、言えばせっかくの機会が失われる。
『もう、エクスディクタムが戻らないのならば、レイシアもまた滅びを願う。レイシアのコアが壊れるまで攻撃してくるがいい』
「レイシアさん……」
僕の推測だけど、コアが壊れる条件はコレだった。
たったふたりきりの同胞、相手の愛を信じられずに滅びを願ってしまうこと。
その瞬間、コアが脆くなる。
『さあ、攻撃を。レイシアが滅びるまで。できるはず。そうしなければ代わりにキミの愛する地球が滅びる』
そういうと、レイシアさんはその鞭のような髪から光の弾丸を再度地球に向けて発射した。
「やめて、やめてください、レイシアさん……」
僕は、光の弾丸を弾き飛ばす。
『エクスディクタム、エクスディクタム……、レイシアの愛するエクスディクタム……。キミはもういない。キミのいない宇宙は要らない。レイシアがエクスディクタムのところに行けないのであれば、レイシアは全て壊す』
今までにない高エネルギー体がレイシアさんの手元で練られている。
あんなものをぶつけられたら、地球なんて跡形も残らない。
僕は……。
自分で作れる限りのエネルギーの圧縮された巨大な『六法全書』を作り上げた。
回転に、回転を加える。
それこそ、地球にも匹敵するほどの大きさの六法。
それをレイシアさんに向けて
「食らえ! 最終兵器!
スピニングジャイアントロッポ――――――!!」
レイシアさんは避けようとはしなかった。
光は、失われた。




