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3 失われつつある日常


 次の日、事務所に出勤する。


 お。米山さんだ。

 直接会うの久しぶりだなぁ。


 昨日まで出勤してたのはB・U氏なんですよ〜。

 でもご安心ください!ちゃんと仕事内容は把握してますから!今日の和歌山地裁の出廷予定も万全の備えです!


 

国府谷こうだに先生、おはようございます。早速なんですが裁判所から電話がありまして本日予定されていた和歌山地裁の期日は延期だそうです」



 えー!?

 久しぶりと思って気合い入ってたのに!

 出廷して「陳述します」って言おうとしたのにー!



「あ、裁判所が破壊されたから? でもその場合には仮設で実施するんじゃなかったでしたっけ?」


「その予定だったんですが、ここ数日ものすごい数の怪獣が出ているじゃないですか。どこもかしこもめちゃくちゃです。交通機関はあちこち麻痺しているし、日本中で緊急事態宣言が解除されないままですし」


「あ……そっか」



 昨日だけでも日本には二体怪獣が出ていたんだっけ。

 その数日前が和歌山で……。

 これは大阪ここから近いもんな。

 


「一体どうしたっていうんでしょうね。エクスが頑張ってくれているみたいですけど怪獣は世界中に発生して、とても一気には片付かないみたいですし」



 うん。そうなんだ。

 僕も頑張っているけど、同時に複数個所で何体も出てしまうと、やっぱり被害を完全に防ぐというのは難しい。


 もしも一気に片付けようと思ったら、それこそ地球ごと破壊するしかない。


 もちろんそんなことは出来ません。

 いや、物理的には出来るけど倫理的にね。



「本当に、どうなっちゃうんでしょうか……」


 米山さんが不安そうだ。


 参ったな……。

 僕は日常を取り戻したかったのに、怪獣がこうも出てくるんじゃ日常どころじゃない。




 そこへ、街中に鳴り響く警報の音。

 放送が続く。


『府民のみなさま。大阪市内に怪獣が発生しました。できるだけ安全な場所に避難してください。繰り返します―――』



「ええ!? また大阪に怪獣出たの!? 国府谷こうだに先生、私達も避難しましょう!」


「すみません米山さん、ひとりにしちゃうので申し訳ないんですが別に避難しててくださいませんか? 僕はちょっと用事が……」


「何言ってるんですか!そんな用事なんて……あれ? 国府谷こうだに先生?どこ行ったんです?」




 ああ、もうっ。

 女性の事務員さんを一人置いて行くなんて紳士失格!米山さん、堪忍です!


 ええと、今発生している怪獣は大阪の1体の他に3体。フィンランドと……いやもう考えている場合じゃない。


 とりあえず手近な大阪。


 以前、大阪に怪獣クイラーが出現したときには大阪地裁が壊された。

 現在は『新大阪地方裁判所庁舎』が建設中。


 あーあ。今回は大阪家庭裁判所が壊れちゃったか。まあ壊れたものは仕方ない。



 僕は怪獣の目線に合わせるために、もともとの『形』を取る。


 地球上みんなの知る『エクス』の姿。



 目の前にいるのは、全身が緑色の体毛で覆われた怪獣だった。

 奴に掌を向ける。



――― 粒子に還れ。



 怪獣は細かく分解され、消滅した。

 名前は『怪獣モジャラー』ということで。


 さて次、次!どんどん行きましょう!!



――――――――――――――――――



 そんなわけで計4体の怪獣を退治し、僕は事務所に戻った。


 米山さんは避難しているらしく、事務所には誰もいない。


 今回も極めて短時間で全部退治したので、事務所を空けてから1時間と経っていない。


 それでも、やっぱり怪獣出現からのタイムラグがあるので被害をゼロにすることは出来ない。


 実際、今回も間に合わずなぜか4か所全てで裁判所が破壊されてしまった。


 他に被害が出なかったのは不幸中の幸いなんだけど。


 このままジリジリと怪獣の出現に対してその都度退治していくのでは、地球の被害は拡大する一方だ。



 ともかく事務所でメールチェックの仕事をすることにする。

 顧問先の『まるさわ産業』の法務から契約書確認メールが来てる他はとりたてて重要な案件はないみたい。


 そういえば最近、怪獣のせいで交通網があまり機能していないせいかリモート仕事が多くなっちゃって。

 せっかく僕が社会復帰できたっていうのに、担当の八橋君とも直接会話する機会はしばらくなさそう。


 そんなことを考えていたところ、米山さんが事務所に戻ってきた。



国府谷こうだに先生、良かった、ご無事でしたね」


「ええ。すみません、さっきは先に行ってしまって」


「いえ。避難のときには個別に逃げるのは必要なことですしね。お互い怪我がなくて何よりでした」


 米山さんは優しいなぁ。



「それにしても午前中は仕事全然できませんでしたよ。でもこの状況では仕方ないか……。期日は延期されてるし、メールチェックくらいしか出来ることないなぁ」


「あの国府谷こうだに先生……」


「なんですか?」


「最近、怪獣の出現が頻繁で実家の両親が心配なんです。しばらくお休みをいただいても宜しいでしょうか」


「あ……。それは確かにご心配でしょう。それに僕も長期休暇いただいたばかりだし、米山さんに休暇がないのもおかしいですもんね。お休み取ってくださって勿論ええですよ」


「すみません、できるだけ業務に支障がないようにしますから」


「いや、裁判所も弁護士会もほとんど休業状態だし裁判の進行も停止してますから。確かに今休むならそれほど支障は出ないと思います。ご両親を安心させてあげてください」


「ありがとうございます」



 快く送り出すものの、米山さん何日くらい休暇を取るんだろう。

 戻ってきてくれるよね?


 でも、このまま怪獣が出続けていたら米山さん、うちの事務所辞めざるを得なくなるかも……。



 毎日仕事して、事務所に米山さんがいて

 いろんな事件があって、顧問先とやりとりして……。


 僕はそんな日常が恋しくて、帰りたかったのに……。



――――――――――――――――――



 その日の昼、僕はいつもの弁当屋に行くことにした。


 途中喫茶『SNAZZYスナズィ』の前を通ったら『臨時休業』との張り紙がある。

 そういえばよく見ると閉めている店が多いな。


 だけど、いつもの弁当屋は営業していた。

 良かったぁ。



国府谷こうだに先生、お疲れ様。はい、いつもの」


「ありがとうございます。やっぱコレじゃないとね」


 見慣れた弁当屋のおばちゃんから受け取る定番の焼肉弁当。

 これを食べるのも『僕』の大切な日常。

 お腹は空いてなかったけど、僕は日常に飢えている。


「実はねぇ、国府谷こうだに先生、うち明日から臨時休業することになっちゃったのよ〜」


「え!? どうして!?」


「夫の実家の家が怪獣の被害にあったみたいで手伝いに行かなくちゃいけなくなっちゃったの~。しばらくお弁当屋さんはお休みなんだけど、再開したらまた来てちょうだいね〜」


「それは大変なことですね」


 そうかぁ……。

 仕方ないこととはいえ、明日からこの焼肉弁当買えないのか。


 ここでも僕の日常が……。


 


 とりあえずいつものように西天満若松浜公園のベンチで弁当を広げた。


 しばらくこの焼肉弁当、食べられなくなるから大切に食べないと。


 そう思って箸をつけるんだけど……。


 確かに、僕の好きな焼肉弁当の味がする。

 味覚に問題はない。


 だけど、今の僕は空腹を感じない。


 だから、それこそ味は分かるけれど「美味しい」っていう感動がない。



 そうか……。

 味覚は、感覚でしかない。


『美味しい』という気持ちは、純粋に味覚を感じることではなく『空腹』という欲求と、その『空腹』が『好き』なもので満たされることに対する『感動』で感じるものなんだ。


 生きているということは、その『感動』を絶えず求めることなのかも知れない。



 エクスディクタムは、恐怖を感じない。

 空腹もなければ、それを充足させる喜びもない。


 彼らは、だからこそ『ないモノ』を求めて『感動』を得ようしていた。


 レイシアさんの本質が『支配者』なのはそのためだ。


 恐怖も空腹もない。


 何も求めない中で、満たされるべきものが他者への『支配』だったんだ。



 今の僕は、大好きだった焼肉弁当を食べる喜びを失ったハズなのに、悲しみすら感じない。


 もしも僕が以前の僕だったなら、多分、今ここで涙を流していたと思うのに。



 ああ、もう。

 僕の日常!僕の日常!!

 なんかわけわからなくなってきた。


 僕は『僕の日常』を送れば『僕』であり続けることができると思ったのに。


 その『僕の日常』自体が失われてしまっている。


 僕の周囲からも!

 僕自身からも!


 こんなの、僕の戻りたかった日常じゃない!





 ……よく分かった。


 戻さなくちゃ。

 そうじゃなければフェアじゃない。



 僕には『国府谷こうだにあきらが望んだ日常』を戻す責任がある。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! [気になる点] >僕には『国府谷彰が望んだ日常』を戻す責任がある。 一体何をやる気だろう……予想できん……。 [一言] 続きも気にしながら待ちます。
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