2 戻ってきた人
久しぶりの僕の家。
ずっと帰りたくて夢にまで見た場所。
やっと僕は家に帰ることができたんだ。
ドアを開けると、いつも通りそこにはB・U氏がいる。
B・U氏は仕事から帰宅したばかりのようでスーツ姿だ。B・U氏のスーツ姿って初めて見るな。
「国府谷先生? 戻ったのですか?」
「戻りました~。代理でお仕事お疲れ様です。
それにしてもB・Uさんのスーツ姿って新鮮ですね」
「国府谷先生の代わりに出勤する以上は服装も合わせねばなりませんからね」
正直あんまり似合わんのでは?と思うけど、これは思いっきりブーメラン……。
「それより国府谷先生は大丈夫なのですか? データ復元で何か支障は出ていませんか?」
「ええ、大丈夫です。B・Uさんが脅かすから正直ビビってたんですけど、特に問題なかったみたい」
「そうですか」
「それに寝起き早々ちゃんと怪獣は倒してきましたし」
「そのようですね。報道で見ました。何か食べますか?」
「とりあえずコーヒーもろて良いですかね」
「分かりました」
B・U氏は居間のテーブルの上にいつものインスタントコーヒーを置く。
「どうぞ」
「おおきに」
僕がコーヒーを飲んでいる間に服を着替えたB・U氏は、僕の正面に改まった様子で腰を掛けた。
「さて、国府谷先生。なぜ、国府谷先生の身体を修復させないのですか?」
「分かりますか」
やっぱB・U氏には分かってしまうな。
今の僕が、生身の『僕』じゃないってことは。
最初にこの質問が来るとは思ったんだ。
「国府谷先生との同期が緊急停止されたままですからね。身体が修復されれば自動的に同期が再開するはずです」
その通りで、僕の体内にあるコアはまだ損傷したまま。
直そうと思えば、今の僕には直せるんだけど。
「コアの修復が簡単じゃないのはご存じでしょ。単に出来ないんです」
「できない?『エクスディクタム』を国府谷先生の形に変形させるだけのことはできるのに? それには懐疑的です」
今の僕の身体は『エクスディクタム』のもの。
僕はもう知っている。
エクスディクタムが単なる『機体』なんかじゃないことを。
レイシアさんが『擬人化』することが出来たように、エクスディクタムが人間の形をとることは造作もないことだった。
というわけで今はコアを直すことはせず、エクスディクタムのままで自宅に戻ることにしました。
ここんとこ怪獣の出現が激しいみたいだし、この方がすぐに退治に出れるから便利なんです。
他にも色々理由はあるんだけど。
けどこれだとロボットものというよりは変身ヒーローものっぽいな。ジャンルが変わらないか心配……って何の話かな。
「まあまあ。身体はおいおい修復しますよ。当座この方法でも社会復帰は問題ないでしょうし。明日からは普通に出勤できそうです」
コーヒーを飲む。
熱さを感じないので、冷まさずに飲めてしまう。
味は……うーん、苦みがちょっと足りないかな。
エクスディクタムの身体も普通に味覚ってあるんだよ。
もし苦みがもっと恋しければ味覚を鋭敏にすることもできるし、苦すぎるなら鈍化させるという調節も可能だ。
僕の慣れた味覚のあたりで固定しておく。
「ナビゲーターはどうしましたか? 通信できないのですが」
「ナビィさん? 機能停止させました。もともとアレって地球人にエクスディクタムを操縦させるためのガイドですからね。スタートアップが終わったなら速やかに消した方が機体にかかる負担も軽いし」
「ナビゲーターによる『負担』など僅かなものとは思いますが」
「通常時ならね」
「……」
「何か?」
「いえ、国府谷先生、なのですよね?」
「当たり前じゃないですか。他に誰がいるって言うんです」
「エクスディクタム」
エクスディクタムね。
「やだなぁ。僕は僕ですよ。
それにね。B・Uさんもご存じでしょ。
『エクスディクタム』は既に死んでいるんです」
データ復元により知ったこと。
エクスディクタムは単なる『機体』ではなかった。
過去においてはひとつの『人格』を持つ生命体だった。
レイシアさんととても近いもの。
けれどエクスディクタムは死んだ。
残された身体は、生命のない空っぽの機体。
だから例えどんなに『エクスディクタムの生前の記憶』が復元されたとしても、コレは国府谷彰が操縦している機体に過ぎない。
「その通りです。私に生命を与えた方、私に全ての指令を与えた方。そのエクスディクタムは遥か昔に死にました。
ですが、あなたは本当に国府谷先生なのですか? エクスディクタムではないのですか?」
「違います」
「分かりました。ただ、私には今の国府谷先生のお考えを理解するのが困難です」
「しばらく同期してませんからね。大幅なデータの復元もありましたし。けど、こう言うのは何ですがB・Uさん『同期』に頼り過ぎてるんとちゃいますか? 自動的に記憶が共有できるものだから全部分かったつもりになり過ぎたのかも知りませんよ。こうして同期設定が遮断されていると途端に分からなくなる」
「それは否めません」
「でしょ? コミュニケーションの基本は対話ですよ。対話」
「なるほど」
「というわけで、打ち合わせはこんなもんでいいですよね。それよりやっと社会に復帰できたことだしちょっと散歩してきます」
「もう夜ですよ。明日の仕事に備えて寝ておく必要があるのでは? それに夕食もまだ食べていないようですが」
「たくさん寝た後ですし。お腹も空いてないんで」
それに今の僕は寝る必要もなければ、空腹も感じないんです。
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というわけで僕は自宅マンションを出て深夜に近所を散歩した。
『散歩』と言いながら、こんな風にチマチマ歩くのはまどろっこしいと思ってしまう。
もっと自分のペースで歩きたいけど、そんなことしたらうっかり大気圏の外に出てしまうよ。
それにしてもここはとてもうるさい。
少し耳を澄ますと、世界中の音が聞こえる。
今この瞬間にも、人間同士の争いや犯罪が行われている。
でも、人間同士の問題は人間が解決すべきこと。
僕が係わるのはルール違反だと思う。
他人のプライバシーにかかわる事情も筒抜けで、あまり聴いているのは良くないな。
聴覚を鈍化させておこう。
ふう。家を出ても開放感なんて感じないや。
うるさいし、ごちゃごちゃしていてとても煩わしい。
『ここ』は、こんなに狭い場所だったのか。
なんて窮屈なんだろう。
あんなにも戻りたいと思っていた場所なのに。
ちょっと外の空気が吸いたいなと思ったんだけど、よう考えたら今の僕って空気を吸う必要もなかった。
だけど、少しB・U氏と距離を置きたかったというのもあったから……。
対話が必要と言っておきながら自分から話を打ち切っちゃって。どうも罪悪感があっていけない。
B・U氏はエクスディクタムを求めている。
それは分かる。
指示を仰ぎたいんだよね。
本来『システム』として生まれたものが、マスターを失って長い間過ごすのはそれこそ自己崩壊してもおかしくないほどの過酷な環境だったことだろう。
たったひとつの与えられた指示の存在を拠り所にして、今まで過ごしてきたんだろうな。
B・U氏にしても、ナビィさんにしても、僕は本当に酷いことをした。
もしも全部カタがつくことがあったなら、彼らの『望み』を叶えてあげよう。
システムである彼らに『望み』なんてものがあれば、だけど。
あ。
また怪獣が出現したみたい。
今度はエジプトとスペインかぁ。
文化財が壊れる前に倒しに行くことにします。
チマチマ散歩してるよりはよっぽど羽が伸ばせそう。




