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6 データの復元


 レイシアさんは僕の耳元でささやく。



『直ちにコアを修復したいのなら、B・Uのデータアーカイブにアクセスするといい』



「B・Uさんのデータアーカイブ? レイシアさんはB・Uさんのことを知っているんですか?」


 レイシアさんは僕の質問には答えず続けた。


『エクスディクタムの本来持つ能力を使う知識と術が復元できる。それをもってすればコアの修復も可能だ』


「どうしてそんなことを教えてくれるんです?」


 聞いておいてなんだけど。



『キミを、助けるため……』


 そう言いながらレイシアさんは僕……、いやエクスディクタムか? 僕の頬に自らの頬をすり寄せた。

 まるで愛しい相手に親愛の情を示すかのように。


 殺されかけた相手だというのに、高揚してしまう自分が単純すぎて嫌だな。


 いや、冷静にならなくては。

 レイシアさんは、B・U氏のデータアーカイブの知識があれば僕の身体を治せると言っている。


 でも確かB・U氏のデータアーカイブへのアクセスってヤバいんだよね?

 以前、B・U氏が話してくれた。



" 私は『システム』なのです。人間に理解できる言葉で言うなら『AI搭載データバンク』というところでしょうか "

" エクスディクタムのパイロットには、私のデータアーカイブにアクセスする権限があります。ですからデータを国府谷こうだに先生に『復元』することにより、私に蓄積されているデータを取り込み理解することが可能です "



  AI搭載データバンクであるB・U氏の知識に、エクスディクタムのパイロットはアクセスする権限があると。

 未知の知識に触れることに魅力はもちろん感じたけれど。



" 私のデータアーカイブは膨大すぎて人間のキャパシティでは受け止めきれません。もし今国府谷(こうだに)先生への『復元』を行った場合『国府谷こうだにあきら』は壊れるでしょう "



 そう言われて、ちょっといいなと思いつつも諦めたんだった。


 僕はまだ壊れたくないからね。



 ひょっとして、僕をまんまとその手にのせて国府谷こうだにあきらを壊すことが目的とかいう罠じゃないか?


 そう考えたところで、ひとつの可能性に思い当たる。


「そうか……。確かにB・Uさんはデータアーカイブが膨大すぎて『人間のキャパシティでは受け止めきれない』と言っていた。けど、今エクスディクタムの『脳』で考える僕にとっては、受け止めるのはエクスディクタムの脳ってことじゃないか。それなら可能かも」


 こんなこと思いつくなんて僕、冴えてる。

 エクスディクタムの脳で考えているからかな。



 僕に寄り添うレイシアさんは満足げに微笑む。



「レイシアさん、本当に分からない。あなたは僕の敵なんですか?味方なんですか?」

 

 今の親しげな態度からは好意すら感じられる。



『敵……?』


 レイシアさんの表情は、まるで心外という具合に傷ついてすら見えた。

 僕の方が罪悪感を抱いてしまう。


 って、おかしいでしょ!


 僕はレイシアさんの攻撃で瀕死の重傷を負って社会生活が続行不可能になってるんだぞ。

 これでレイシアさんの好意を信じろなんてムチャクチャだ。


 いくら僕がモテない系男子だとしても、そこまでご都合解釈はしませんて!



 不意に、僕を包むレイシアさんの腕の感触が消え、それとほぼ同時に周囲が暗くなった。


 ああ、レイシアさんが去ってしまったんだな。


 僕に寄り添っていたレイシアさんの姿は既に消え失せていた。


 さきほどまで幻想的な光に満ちていたこの海底洞窟は、急に暗くて何もない場所に変わってしまった。

 この言いようのない物悲しさは何なんだろう。



 悔しいことにレイシアさんは本当にキレイだ。


 圧倒的な存在感や力の差を見せつけられてもなお、むしろ畏怖を超え崇拝すらしてしまいそう。


 殺されかけて、恨んでもいいはずなのに。

 徹底的に抗議するつもりだったのに。


 直接会うと心が揺れる。



 レイシアさんに殺されなかった。

 なぜかそんな気はしていたんだけど。


 それどころか、レイシアさんは僕の身体を治すための方法を教えてくれた。


 レイシアさん……。

 何を考えている……?

 

 

――――――――――――――――――



――― というわけなんですが。

 どう思いますかB・Uさん。


 僕は早速B・U氏に相談することにした。

 回路を開いていたので僕とレイシアさんの会話はB・U氏とナビィさんに筒抜けになっているだろうと思ったのに、なんとあの会話は外部からは遮断されていたそうだ。


 B・U氏もナビィさんも内容を把握しなかったようなので、直接僕から話して聞かせた。



『なるほど。確かに私に蓄積されているデータアーカイブの中にはエクスディクタムのコアの修復方法が収められている可能性は高そうです』



――― 「高そう」って、B・Uさんは分からんのですか?


『私自身は、収納しているデータへのアクセス権の範囲が限られているのです。アクセス権があるのはエクスディクタムのパイロットであり、その権限が行使されない限り表層にデータを持ち出すことはできません』


――― そういうもんですか。



『そして国府谷こうだに先生のおっしゃる通り、エクスディクタムの脳の記憶領域にデータを復元するのであればキャパシティとして問題はありません。国府谷こうだに先生自身の脳が破壊されることはないでしょう』



――― やっぱり!

 じゃあその手でいきますか。



『ですがそれによって国府谷こうだに先生にどんな影響があるのか推測が立ちません』



――― でも、自分の身体を修復する方法が他にない以上、仕方ないでしょ?



『私の中にあるデータアーカイブは、私自身のデータではありません。エクスディクタムが過去に保有していたデータなのです。ある意味ではそれを元の場所に戻すことになるのですが。その膨大なデータを受け容れた国府谷こうだに先生がどうなるのか私には分かりかねます』



――― ん? それは僕が『知り過ぎ』てしまうということ? 人間が知らない方が良いこともあるってことですか?



 知ることによって罪や責任が重くなるということは法学の世界ではありがちなんだ。

『知っている』ということは法学では『悪意』と言われる。



『情報の内容というよりは分量の問題の方が大きいでしょう。以前にも話したように『記憶』は人を司る重要な要素なのです。エクスディクタムの膨大な記憶データ量に比べて、国府谷こうだに先生の今までの人生における記憶の量などちりにも等しいほどにわずかなものです。

 国府谷こうだに先生が復元した知識に圧倒されないかという懸念が残ります』



 ううーん、司法試験の受験であんなに詰め込んだ知識すら『塵』レベルとは。


――― そんなに分量があるんですか……。

 それにしてもちょっと意外です。B・Uさんはむしろ僕がデータアーカイブにアクセスするのって、僕がエクスディクタムを上手く使えるようになるから『推奨します』って言うかと思ってましたわ。



『その通りです。私は国府谷こうだに先生がエクスディクタムをより使いこなせるようになることを推奨します。

 ですが私はパイロットの『自己決定権』を第一に尊重せねばなりません。あなたにとって不利になる可能性については告知する義務があるのです』



 告知義務とか言ってるよこの人。


――― あの、前から薄々感じてたんですが、B・Uさんって『契約』についてむちゃくちゃ誠実じゃないですか?宇宙人ってそういうものなんですかね。



『それは……。もしかすると私も国府谷こうだに先生について「知り過ぎ」てしまったのかも知れません。国府谷こうだに先生の価値観に影響を受けている可能性を否定できません』


 わお。そんなことってあるんか。


――― そう言われるとホンマ、記憶というのは重要な要素なんですね。僕がデータアーカイブの知識量に圧倒されるのではというB・Uさんの心配ももっともです。


 ……でも僕は、もうどうしたら良いか分からない。


 今すぐにでも、僕の家に戻りたい。

 いつもの生活に戻りたいんです。


 このまま40年もここにいるのは……、快適ですらあるから耐えられないことはないけれど。

 それこそ『僕』でいることが困難なんじゃないかと思うんです。


 だから、僕はそのデータの復元をお願いしたい。

 それで元の場所に戻れる可能性があるのなら。



『分かりました。データ復元には48時間ほどかかります。その間、私もかかりきりになるため国府谷こうだに先生の代理が出来ませんので次の週末に行うということで良いですね』



 この期に及んで僕の仕事に配慮してくれるなんて。

 ホンマにB・U氏は気遣いのできる宇宙人だなぁ。



――――――――――――――――――



 B・U氏は色々心配していたみたいだけど、実のとこ僕はあまり重く見てはいなかった。


 だって別に僕の記憶が消えるとかいう話じゃないし。『足す』だけなんだから。



 それに知的好奇心もある。

 宇宙の知識に触れられるって魅力的だよね。


 大体さ、宇宙の知識なんて基本的に僕の日常とは関係ないから、知ったところで

「なるほど、おもしろいな」って思うだけじゃないかな。


 その『知識』を取り入れ、致死傷を負った僕の身体を修復する。

 そうしたらエクスディクタムから降りて、今までと同じように暮らしていける。そう思っていた。



 けれど、後にして思えば僕には思い違いがあった。


 このときには、復元されるデータは『知識』の集積でしかないと思っていた。


 でもそれは違った。



 復元されるのは『知識』ではなく

『記憶』だったんだ。


 4000年ほど前にエクスディクタムが地球にたどり着く、更にずっとずっと、人間にとっては気の遠くなるほどの遥か昔から存在していた


 エクスディクタムの『記憶』




――――――――――――――――――――――――



 そして週末。金曜日。

 B・U氏はその日も僕に代わり仕事をし、定時に帰宅すると、そのまま海底洞窟までやってきた。



「ではデータの復元を始めます。良いのですね? 国府谷こうだに先生」



 いよいよ戻れるんだ。


――― お願いします。



「……パイロットの認証確認。エクスディクタムの記憶領域に全データ復元を開始します」





 

 本章終わりです。


 次章は実質最終章、このままラストまで連続投稿します。

 おつきあいいただけると幸いです。


 果たしてどの裁判所が生き残るか!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! [気になる点] >『知っている』ということは法学では『悪意』と言われる。 これ、法律の専門家以外には誤解されやすい用語のトップ3に入るでしょうね。 ……誰が…
[気になる点] >果たしてどの裁判所が生き残るか 気になります。
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