5 レイシアの囁き
――― 僕、レイシアさんに苦情を言わねばなりません。
夢から覚めた僕は、B・U氏との回線会話でそう切り出した。
僕はもう、いつもの日常に戻ることはできない。
でもナビィさんは悪くない。
B・U氏の責任でもない。
僕という存在が死んだも同然になったのは、全部レイシアさんのせい。
僕から全てを奪ったのはレイシアさんだ。
なら文句を言う相手はレイシアさん以外ありえない。
僕は弁護士なんだから、言うべき時には毅然とした態度で抗議しなくては!
『それは、お勧めいたしかねます。国府谷先生は既に一度殺されかけています。以前にも言いましたがアレはあまりにも強大な存在です。戦えば勝ち目はない。次はエクスディクタムの存在自体も滅ぼされてしまうかも知れません』
B・U氏が止めるのも分かるけど。
――― そうは言ってもレイシアさんは怪獣の黒幕なんですよね? なら、僕との契約内容が『怪獣退治』である以上、僕は戦う責任があるんとちゃいますか?
『確かに国府谷先生との契約は、怪獣を退治していただくことです。しかし不可能を強いることまでは求めていません。勝てない相手と戦う必要はないのです』
おおっ。『契約だけど不可能は強いない』とか。
B・U氏が契約相手としてあまりに誠実で、僕はちょっと感動してしまった。
でも流されてる場合じゃない。
――― B・Uさん以前言いましたよね。
レイシアさんは『高度な存在』だと。
エクスディクタムに匹敵する高度な存在であれば、僕の身体を治すことも出来るんじゃないでしょうか。
『……できるかも知れません。しかし『レイシアさん』には「やる」動機もないでしょう。わざわざ殺しかけておいて治す意味はありませんから』
――― だからですよ。
苦情を言って相手が納得すれば責任を取ってくれるかも知れないじゃないですか。
いや、その可能性はほとんどないかも知れないけど、このまま黙って40年もエクスディクタムに乗ったまま海底に隠れて生きていくなんて僕はイヤです。戻れる可能性がある方に賭けたいんです。
僕はひょっとしてヤケになっているのかも。
でもさ、自分の人生を諦めなくちゃならない場面に大人しく受け容れるとか、ないでしょ!
――― あ、でもB・Uさん的には、エクスディクタムが壊されるというのはダメということでしょうか。
『エクスディクタムが地球人の手に託された以上は、その滅びの選択もまた地球人の意思に委ねられます。あくまでもエクスディクタムは怪獣を倒すために地球人に与えられた選択肢のひとつに過ぎません。その兵器を使うも使わないも、そして壊すのも全てエクスディクタムのパイロットである国府谷先生の自由です。
国府谷先生がエクスディクタムを破壊したいというのであれば、その意思は尊重されます』
――― あーいや、別にエクスディクタムを破壊したいわけとちゃいますわ。
ただ、ここでめいっぱい抵抗しないと諦めることも進むことも出来ないと思うだけ。
『私が懸念するのは『レイシアさん』という存在の狙いが分かっていないことです。国府谷先生を殺したかったのかどうかも分からない。怪獣で地球を支配なり蹂躙したいのかも分からない。そもそもアレはその気になれば地球など一瞬で支配下に収められる。怪獣を使う意味も分からない』
そんなに圧倒的なのか……。
そして確かにレイシアさんの狙いは分からない。
――― そういえばレイシアさんは「すでに目的は達したも同然」と言っていたんです。
「目的」ってなんなんでしょう。
あのプロポーズは、レイシアさんが僕に『チャンス』を与えたってことみたいなんですけど、何がどうチャンスなんだか。
てっきり『怪獣を撤収し地球から手を引いても良い』というチャンスのことかと思いましたがそうでもないらしいし。
『そうですね。それに「国府谷先生に生き延びるチャンスをあげる」という意味でもなさそうです。なぜならそのチャンスを生かさなかった国府谷先生がまだ死んでないのですから』
そうなんだよね。
提案を断ったことで怒ってるなら、一思いに殺せばよかったんだ(僕は困るけど)。
単に僕を殺し損なっただけと違うんかな。
――― うーん、ホントに謎ですね。
やっぱり宇宙人の考えることは分からない。
僕がもう一度レイシアさんと会ったら、身体を直してもらえるどころか、今度こそ殺されるんだろうか。
『もし国府谷先生を殺すことがレイシアさんの目的ならば、アレは既に国府谷先生を『ミツケタ』のですから、いつでも殺すことが可能です。もちろん今からでも』
――― どうもイマイチ実感がわかないんですけど、レイシアさんってそんなに恐ろしいヒトなんですか?
逃げられないくらい?
『逃げることも難しいでしょう。仮に国府谷先生が地球を離れたとしても』
そこまで?
地球離れることなんて考えもしてなかったけど。
……でも本当に40年も戻れないなら、いっそ別の場所に……と思わないこともない。
海底でウダウダしてるよりは楽しいかも。
レイシアさんはそれが狙いだったんだろうか。
僕が地球での生活を諦めたらレイシアさんに従うようになるとでも?
ありえへんでしょ。
あのヒトのせいでこんな目に遭ってるのに。
――― どのみち逃げられないなら、僕からレイシアさんに苦情を申し立ててもいいんじゃないですか?
『今度こそ死ぬかも知れないのに、怖くないのですか。国府谷先生』
不思議なことに、レイシアさんに殺されかけたという客観的事実がありながら、どうにも実感がわかない。
今考えても、レイシアさんから『殺意』みたいなのを向けられた覚えがない。
それどころか出会ってからずっと『好意』しか感じていなかったんだよ。
だから目の前が真っ赤になったあの時も、何が起きたか分からなかった。
レイシアさんからは怒りすら感じなかった。
……僕が鈍感なだけ?
それとも
――― 特に怖いとは思わないんですよ。
エクスディクタムには恐怖を感じる感覚がほとんどないせいですかね。
恐怖心って生き延びるための本能なのにね。
でも、ひょっとすると僕はヤケになって恐怖心とかマヒしてるだけかも。
『国府谷先生がそうおっしゃるのなら。了解しました。国府谷先生の納得いくように。私も可能な限りフォローしますが、恐らくあまりお役には立てないでしょう。万が一の際には逃げてください』
――― ええ、がんばります!
最近の『練習』の成果もあって、転送自体はほぼ出来るようになってるからね。
殺されそうになったらエクスディクタムごとどっかに逃げる。
……でもさっき逃げるのは難しいって言われたばっかりなんだけどね。
――――――――――――――――――
海底洞窟の内部。
僕は岩に腰を下ろした。
この洞窟は、エクスディクタムの巨体が余裕で入れるんだから、相当大きな空洞なんだろうな。
海底を少し散歩などもしてみたけど、大きな空間のある洞窟が意外と数多くあることが分かった。
海底はまだまだ未知の世界なんだろうね。
どこかにゴ⚫ラとか眠ってても不思議じゃない。
ともかくここでレイシアさんを呼びます。
「✰⋆:゜・*☽:゜。✰⋆:゜・*☽✰⋆。:゜・*☽」
エクスディクタムの『声』で僕はそう口にした。
水中でも問題なく『発声』しているところを見ると、この『声』は超音波みたいなものなのかも。
ずっとエクスディクタムの音声発信はオフにしていたから、外部に声を出すのは『スピニングロッポー』以来ということになる。
「✰⋆:゜・*☽:゜。✰⋆:゜・*☽✰⋆。:゜・*☽」
もう一度。
エクスディクタムはレイシアさんの名前を呼ぶことができる。
あの暗い空間ではなく、リアルのこの世界でレイシアさんを呼ぶのも初めてだ。
「✰⋆:゜・*☽: 。✰⋆:゜・*☽✰⋆。:゜・*☽」
エクスディクタムの発声機能もやはり人間とはレベルが違う。
遥か遠くにまで響き渡る声。
それでいて人間には覚知することさえ困難な声。
そんな声で僕はレイシアさんを呼ぶ。
レイシアさんほどの高度な存在であればおよそ地球のどこに居ても僕の呼び声を聴き取れる、とB・U氏が言っていた。
・・・・・・・・・・。
何か、低く響く音が聞こえる。
やはり人間には聞き取れない低周波の音。
水中に僅かな振動すら起こさせない音。
レイシアさんが僕の前に現れようとしている。
僕の目の前に、光が集まる。
暗い海底に、小さな光の粒子が集まる。
ごく僅かな間に光の粒子は大きな渦を描くまでに広がり、目も眩むばかりの輝きを放っている。
光の渦は全てを飲み込むかのように爆発的に膨れ上がって……。
光の渦の中心に姿を見せたのは、レイシアさん……?
そこに見たのは、圧倒的な存在。
僕が今まで見ていたレイシアさんではなかった。
今の僕……エクスディクタムと同じくらいの大きさ。つまり巨大怪獣と同じくらいの大きさ、ということ。
金属のような輝きの肌は、波打つように揺らめく。
全身に緑や紫の光の脈動が見える。
なんて美しいんだ。
神々しいほどじゃないか。
海底洞窟がレイシアさんの眩い輝きに満ちる。
この存在を前にしたら、どんな相手であっても圧倒され、畏怖を超え崇拝せずにはいられないだろう。
これまで見てきたレイシアさんの『擬人化』した姿とは全く違う。
人知を遥かに超えた存在。超越者。
波打つような体の質感はエクスディクタムに似ているようにも思える。
僕をじっと見る宝石の瞳が、レイシアさんであることを確信させる。
見つめられると吸い込まれてしまいそう。
今まで僕が見ていたレイシアさんは、気絶したときに会う夢の中のレイシアさんと、先日現実で会った『擬人化』したレイシアさん。
今はそのどちらとも異なる姿。
「レイシアさん?
……それがあなたの本当の姿ですか?」
かろうじて声を出す。
『ホントウ?
キミに合わせているだけ。今も』
そういえば、わざわざ僕に合わせて『擬人化』してくれたっけ。
今はエクスディクタムの僕に姿や大きさを合わせてるってことなんだろうか。
今は、そのあまりの迫力に圧倒される。
油断すると全てを受け容れて全面降伏してしまいそうだ。
エクスディクタムの五感を通じて感じるレイシアさんの存在は『圧倒的』だった。
確かにB・U氏の言う通り。
これは戦っても勝てない。
分かる。
「よ……呼んだら来てくれたということは、まだ交渉の余地があると見ていいんですか?レイシアさん」
レイシアさんが微笑んだのを感じるけれど、人間とは表情の作りが違うので確信はない。
とにかく、威圧されている場合じゃない。
言うべきことを言わないと。
「僕、レイシアさんの攻撃により瀕死の重傷を負ってしまいました。そんなことをされる筋合いはありません。僕の身体を、治してください」
単刀直入に本題を切り出した。
悠長に交渉出来るような余裕はない。
『なぜ?』
「なぜって、このままじゃエクスディクタムから降りられないからです」
『降りる必要はない。
そのまま』
まさか、やはり?
「ひょっとしてそれが目的なんですか? 僕を永遠にエクスディクタムとして生かすため?」
だけどそれも意味が分からない。
そんなことをしてレイシアさんに何のメリットもないじゃないか。
レイシアさんは黙ったまま、僕のいる方に近づいてきた。
攻撃?
強大な存在の接近。逃げないと。
そう考え回避しようとしたが、レイシアさんの方が速かった。
僕はレイシアさんにあっけなく捕まった。
岩壁に壁ドン状態になって逃げられない。
今度こそ、殺されるのかな。
レイシアさんは両腕で僕を優しく抱きしめた。
先日殺されかけたときと同じだ。
またやられてしまうのか?
半ば諦めの心境だったが、ただそのまま、レイシアさんに抱きしめられたままで時間が過ぎていく。
「なんのつもりです。殺しかけておいて……」
『直ちにコアを修復したいのだろう?』
「え、ええ。そうです!」
40年も掛けていられない。
僕は今すぐにでも身体を治して、元の生活に戻りたい。
『ならば、方法を教えよう』
え? まさかレイシアさん、僕の身体を修復するのに協力してくれるってこと?
「お、教えてください!!」
レイシアさんは僕の耳のあたりに顔を近づけ、その音楽のような美しい声で囁いた。
その方法は……。




