4 夢で逢いましょう
エクスディクタムの外部に通じる五感を遮断すると、暗闇が訪れた。
『眠る』ってカンジじゃないなぁ。
けど、周囲の水の音や微生物の気配を感じない。
それだけでも確かに楽なのかも。
……静かだ。
『何も見えない』のではなく『何もない』闇。
光も音も物質も『無い』ことが分かる。
安心できる闇。
この状態って以前どこかで……。
あ、そうか。
怪獣と戦っている最中に気を失ってレイシアさんに会ったときに似てる。
とすると……。
僕は自分自身に意識を向けてみた。
「やっぱりだ」
そこには『僕』がいた。
見慣れた国府谷彰の姿の僕。
なんかひさしぶり!ってカンジだな。
なるほどなるほど。
これは僕の夢なんだ。
意識があるから『明晰夢』ってところか。
明晰夢だとすると、自分の思う通りに夢をコントロールできるかも。
よっし!
自分の部屋を意識してみる。
途端にそこは自分の部屋になった。
見慣れた僕の部屋。
早く現実の僕の部屋に帰りたいなぁ。
座布団を敷いてそこに座る。
すごいや。現実そのもののようだ。
座布団の柄や細かいほつれまで再現している。
普段はあまり意識して見ていないけれど、無意識のうちに覚えていたんだろうなぁ。
こうして意識すると、冷蔵庫の僅かなモーター音が鳴っているのも分かる。
生活音っていうのかな。
離れてみると恋しいものだね。
あとは、話し相手が欲しいな。
「私でどうかしら?」
声のする方を見ると、そこにいたのは小さな女の子。
小学生くらいかな。
その手には人形を抱えている。
その人形も、その女の子も見覚えがあるような。
「君は誰?」
「私よ、私」
声も聞き覚えが……あ!!
「ナビィさん!?」
「そう」
「ナビィさん? なんでそんな女の子のカッコしてるんです。それに現実のナビィさんですか? それともこの部屋と同じで僕の夢?」
「現実の私よ。話し相手が欲しいって言うから入ってきちゃったけど、国府谷先生の睡眠の邪魔をする気はないから、邪魔なら出ていく」
「いえいえ。とんでもない。どうぞ座ってください」
僕がもうひとつ座布団を居間に置くと、女の子の姿のナビィさんはちょこんとそこに座った。
「で、ナビィさん、その女の子の格好は一体? それともナビィさんの姿ってソレなんですか?」
「うふふ。国府谷先生、覚えてないかしら」
「なんです?」
「国府谷先生、初めてB・Uが同期したとき色々思い出してたでしょ」
「ええ。溶岩怪獣に襲われて走馬灯を走らせてたときですね」
「そのとき、初恋の女の子のこと考えてた」
「初恋の……、ああっ!そうだ!!君、僕が小学生の頃に大好きだった女の子!一緒に人形遊びした子だ!!」
「私は国府谷先生の中のその女の子のイメージにカスタマイズされたのよ」
「そ、そうだったんですか!!初めて知りました!」
うっわ!懐かし〜!
あの子の人形と僕の超合金ロボで人形遊びしたんだ!今思うとすごい組み合わせだったな。
「国府谷先生がエクスディクタムのパイロットになったとき、私は国府谷先生のナビゲーターとしてカスタマイズされたの。最適なナビゲートをするために国府谷先生にとって親しみある存在を記憶からピックアップしてモチーフに取り込んだのよ」
「なるほど、どうりで……」
気が合うなぁと思ったんだ。
あの女の子とも仲良しだったんだよね。
「私は国府谷先生のためだけの存在。国府谷先生に良きアシストができるよう国府谷先生に合わせてカスタマイズされたわ。その際、国府谷先生を理解するため『人間』の感情も知っちゃった」
「そうやったんですか」
そう言われると、その通りなのかも。
B・U氏にはあんまり情緒とか感情のようなものを感じないのに対して、ナビィさんってすごく人間的だったから。
「だからね、私は国府谷先生と会う前は『独りは寂しい』とか、そういう感情なんて持ってなかったわ。そんなわけだから私が寂しがるのは国府谷先生のせい」
「そういえば以前そんなことを言ってましたっけ」
そのときには『僕のせい』と言われて冤罪と思ったけど。言われてみれば僕のせいと言えなくもないか。
「だからこそ分かるのよ。国府谷先生にとって『社会』とか『人生』って大切なもの。他人との関係は欠かせないもの。人と一緒にいるのが国府谷先生の幸せ」
「僕もそうだと思います。孤独に辛さを感じない今の僕はどうにもおかしいです」
「国府谷先生が今どれだけ困ってるか、私には分かるわ」
「すんません。気を遣わせてしもうて」
「いえいえ。というわけで夢の中で何かやりたいことはない? 付き合うわよ」
「じゃあお言葉に甘えて」
僕は台所に立つと、冷蔵庫の中の冷凍うどんを取り出し、鍋にかけてうどんを作った。
「うどん作ったんで、食べましょ」
今恋しいのは日常。
ナビィさんと食べた夢の中のうどんは、しっかりうどんの味がした。
入れた柚子の香りもちゃんとする。
「うん。うどん美味いわ~。夢の中ってこうも再現性が高いものなんですかね」
「システムの私がこうしてうどんを食べるのって面白いわよね。味覚も『記憶』されている情報だから記憶を再現する力があるなら当然再現できるというものよ」
「記憶の再現ですかぁ。じゃあアレも出るかな?」
僕は子どもの頃に人形遊びに使った超合金ロボを朧げな記憶を頼りに思い出す。
「おお!コレだコレ!!」
僕の手元には、超合金オモチャ『破嶄摧弾サイケンジャー』の『サイケンジャーロボ』が現れた。
うわあ、うわあ!懐かしい!
無意識の記憶ってよく覚えてるもんだなぁ!
小さい頃は、こんな巨大ロボットに乗るの憧れてたんだよね。今更こんな夢が叶ってしまって現在進行形で困ってるんだけど。
「あははっ。この『夢』、面白いもんですね。居座っちゃいそう」
「……ね、もし国府谷先生がつらいなら、ずっとここにいてもいいのよ? 会いたい人がいるなら、その人とだって夢の中で会うことが出来ると思うわ」
「いえいえ。さすがに仕事をB・Uさんに任せっぱなしというわけにもいかないし。ちゃんとB・Uさんとの回線は開いておきたいですしね」
確かに思い出に浸れる夢の世界もたまには悪くないけど、僕はもう大人だから。
まずは責任を果たさないとね。
「そうね。国府谷先生ならそう言うわよね」
「でしょ。ぶっちゃけ僕の練習っぷりはどうでしょうか。あとどれくらいで身体の修復出来るようになりますかね」
「・・・・・・・・」
「ナビィさん? 全く見当もつかないですか? ある程度見込みがつくと助かるんですけど」
「……国府谷先生。あのね……。このまま練習を続ければ……早ければ40年ほどで身体の修復もできるようになれると思う……」
…………え?
「よ、よんじゅうねん……? ええと、冗談ですよねナビィさん?」
「……あくまでも私の分析と予想だからもうちょっと早くなるかもだけど……」
「いや、そんな……。それって、もう僕は戻れないも同然やないですか? 40年、歳もとらずにここにいて、元の生活に戻れるとはとても……」
「うん……。そうよね、そう思うわよね」
「冗談ですよね? ね、ナビィさん?」
いつもの軽い冗談だと言って欲しい。
なのにナビィさんは俯いて口元が震えている。
「ごめんなさい、ごめんなさい……、国府谷先生。こんなことになって本当にごめんなさい……」
ナビィさん、どうしてそんな謝るんですか……?
「エクスディクタムのパイロットを引き受けてもらって、まさかこんなことになるとは思わなかったの。ひょっとしたら『エクスディクタムでいる』ことを気に入って、ずっとエクスディクタムに乗っていてくれるかもと思ったことはあるわ。でも国府谷先生を社会から切り離しちゃうことになるなんて、望んでなかった。ホントよ……」
冗談や……、ないんですね……。
僕は、40年帰れない……。
ナビィさんのせいじゃない。
分かってる。
エクスディクタムのパイロットを引き受けたのだって、自分の命を救ってもらったから。
納得した上のこと。
でも、これって
『僕』としてはもう死んだことと同じなのでは?
二度と、僕本人は茉莉や両親や、米山さんや友達に会うことはできない……?
あの、なんでもない日常に戻れない……
もう、僕は……。




