5 クライアントとの契約
機体搭乗や怪獣退治のくだり、まるまる省いたのはいくらなんでも酷いと思ったので
少しだけ掘り下げました。
結末は変わらないので、お時間あればどぞ。
(でも短いです)
時はやや遡る。
裁判所合同庁舎が崩れ落ちたとき。
崩れ落ちた瓦礫が今まさに僕の頭上に落下しようとしたときのこと。
もうおしまい、これは死ぬ。
妙に冷静に、そう思っていた。
崩れ落ちる瓦礫の動きが、スローモーションのように見える。
わかったぞ。
ここは多分走馬灯を走らせる場面だ。
走馬灯現象については、海外の科学者も研究対象としているという話を聞く。
なんでも、人は死に直面した危機的状況に陥ると多量にアドレナリンが分泌されるとか。
助かりたい一心で脳をフル回転させ、助かる方法を脳から引き出そうとするため記憶が一斉に蘇るらしい。
きっと今こうして思考を巡らせているのも、やたら時間の流れが緩慢に感じるのも、おそらく僕の脳が危機的状況によりアドレナリンを大量に分泌しているからだろうな。
よし!
今こそ僕の走馬灯を走らせたるわ!
「チョット良イデスカ?」
やかましいな。
今僕は走馬灯を走らせようと調節に努めてるんだ。
やはりオープニングは誕生した場面からやな。
「アノーチョット?
聞コエテマスヨネ?」
小さい頃の僕はそりゃもうかわいくてねぇ。
両親はメロメロだったよ。
初恋は小学生の頃。
今では名前も覚えてないけど、あの女の子のこと、大好きだったんだ。
人形遊びが好きで、僕も一緒に遊んだ。
僕は乱暴な子どもじゃなかったから、女の子も仲良くしてくれたんだ。
「エエト、少シアナタニオ話シガ…」
誰か知らないけど走馬灯で君の出番はまだ先だと思うよ。
幼い頃の記憶にはない登場人物なんだから。
「仕方ナイ。
勝手ニ同期シマス」
小さい頃は女の子にもてたんだけどなぁ。
年頃になってからはダメだね。
いつも「良い友だちでいよう」って言われてしまってさ。
妹がいるせいか、女の子となじみすぎちゃって異性として意識してくれない。
司法試験に合格したらモテるかとも思ったんだけどなぁ。
「------同期中-------」
僕は大阪の生まれなわけだけど、司法試験に合格してしばらくは東京でイソ弁をしていた。
東京に出たら少しはモテるようになるかなと思ったりしたけど。
なぜか関西出身者はギャグ枠になってしもうて、モテ要素がない。
納得いかへんわ。
その後、故郷に錦を飾るつもりで大阪に戻って事務所を開業したんだよな。
いやー、懐かしいわー。
「-----同期終了。
コレガアナタ。
『国府谷先生』トイウ人物」
ちなみにうちの事務所の事務員の米山さんは夫と大学生の子どものいる女性で、僕よりずっと年上だ。
もともと大阪の先輩弁護士のところで事務員をしていたんだけど、先輩が引退するというので、僕のところに来てもらった。
すごく有能で助かってる。
ここで僕が死んじゃったら、米山さんの次の就職先はどうなるかな。
有能な米山さんのこと、引く手あまただろうからそのへんは心配しなくていいだろうけど。
「国府谷先生、コンニチハ」
……さっきからうるさいなー。
名前を呼ばれて初めて、僕はその存在を認識した。
声が聞こえているようなんだけど、姿は見えない。
どうも僕の斜め後ろくらいの位置にいるようだ。
声に聞き覚えはない。
こいつは走馬灯の登場人物じゃないようだ。
ええと、誰かな?
「オ願イガアリマス」
僕は今、生命の危機に瀕しているため脳こそ目まぐるしく動いている。
けれど、恐らく現実には視線を変えるほどの時間すら残されていない。
依頼の問い合わせですか?
申し訳ありませんが僕は今、絶体絶命の危機なんですよ。
人生の最後に走馬灯を走らせる作業で忙しいので、依頼を受けるのは無理みたいです。
「アナタノ命ハ風前ノ灯火ノヨウデス。
人間ノ時間デ残リ約0.25199秒。
頭上ニ瓦礫ガ落下シ、アナタノ生命ハ終ワル」
おおう、短いな。
急がんと。
「時間ガナイノデ手短ニ。
今、地球ハ怪獣ノ襲撃ニヨリ危機ニ瀕シテイマス」
そういや怪獣おったな。
そいつのせいで今こんな目にあってるんだっけ。
「シカシ、怪獣ヲ倒セル兵器ガアリマス。
ソノ兵器、人間ノ『パイロット』ヲ必要トシテイマス。
ソレニ搭乗シテ欲シイノデス」
兵器?
パイロット?
なんや知らんけど、そいつが怪獣を倒してくれてれば僕も死なんで済んだだろうにな。
「国府谷先生ガ『パイロット』ヲ引キ受ケルナラ兵器ニ転送デキマス。
アナタハ瓦礫ニ潰サレルコトナク、生キ延ビル」
え!?
生き延びることができるって!?
それこそが僕が走馬灯で探しとった情報やんけ!
詳しく!
「『パイロット』トシテ怪獣討伐ヲシテクダサイ。
契約スルナラ、アナタハ助カリマス。
時間ガアリマセン。
返事ハ0.00399秒以内デ」
やる!
「契約成立デス」
――――――――――――――――――
次の瞬間、あたりが一瞬で闇に覆われた。
真っ暗で、何も見えない。
―――― まさか僕、死んだのか?
あいつ、助かるとか言ってたけど間に合わなかったのかも……。
「大丈夫、間に合ったわ」
声が聞こえる。
さっきのあいつとは別の声。
―――― じゃあ僕は助かったの?
ここは真っ暗なんやけど……
「暗いのは、まだあなたの視神経が機体と繋がっていないから。
繋がれば機体の視覚はあなたの脳に送られることになるわ」
女性の声っぽい。
―――― よく分からないけど、見えるようになると助かるんですが。
「神経をつなぐ前に少し説明しておこうと思って。
でもまあいっか。
あなたが望むなら繋いじゃうね」
―――― え? ちょい待ち!
説明があるならソレ聞いてからでも……。
「接続開始」
―――― 待って言うとるのにーーー!
―――― うわ!
なになになに!?
変な感触!!
手足、いや全身に、なにか細くてにょろにょろしたものが這いまわっとる!
全身に巻き付いていく感じ!
暗いからよう確認できない。
両腕で払い落としたいところやけど、気色悪すぎて固まってしもうた。
そういうの、あるよね!?
最初は気色悪いと思ったんだけど、段々と動きがなくなり安定してきた。
身体に張り付いている感覚すらなくなっている。
「ニューロン交感開始」
ニューロン?
それって脳の神経細胞だよね。
交感って何をするのかな?
んん? 皮膚の表面がピリピリする……。
全身に巻き付いているにょろにょろしたヤツが触れている部分から、なにかが……入ってきているような……。
っていうか……。
なんだか脳が、ちょっと、痺れる感じがする。
ピリピリした感覚が、皮膚の表面から、だんだんと奥に、深く……
あ、でもこれ、気持ちええな……
ちょっと電気マッサージ受けてる感じ。
ここんとこ仕事で疲れてたし、たまにはマッサージ受けに行きたいわ。
ずっとそう思ってたんだ。
ずっと、ずっと思っていた。
待っていた
この時を待っていた。
時が、来た
―――― ?
思考が麻痺してるからかな。
どうもさっきから自分の考えていることが支離滅裂になっとる。
大体僕、そこまでマッサージ受けたかったんだっけか。
「国府谷先生、見えるようになった?」
声を掛けられて気が付いた。
周囲は明るくなっている。
というか、ここはどこ?
―――― いや、ちょっと?
赤黒い例の怪獣!
目のまえにおるやん!!
目前にいるのは、あの、赤黒い怪獣だった。