5 自己犠牲
「あ! お兄ちゃん、どこにいたの!?」
レイシアさんが消えた後、僕は周囲を探し茉莉を見つけた。
声を上げて茉莉を呼ぶと、すぐに茉莉は駆け寄ってきた。
「ごめん、こっちも電話してたから少し車を降りたんだけど、急に怪獣が出てしまってはぐれちゃったみたいだ」
「うん。お兄ちゃん土地勘ないし心配したよ!見つかって良かった~!怪獣に潰されてしもうたんじゃないかってえらい心配したで!」
「ホンマごめんて。それより怪獣にエクスも出ただろ」
「そう!出た!! ビックリしたわ!さっきの電話は怪獣がコッチに出たって緊急警報がケータイに着信されたの!そんでエクス!! 日本にしか出んと思っとったけど、まさかコッチに出るとか」
茉莉は興奮気味だ。そりゃそうか。
「茉莉は大丈夫だった? 怪我とかしてない?」
「平気! さっき怪獣がコッチに向かって来たときには驚いてしもうたけど、エクスが怪獣をすぐに仕留めてくれたの!カッコえかったわー! 恩人やんな!」
「そうか。助かったな」
茉莉が喜んでいるのは嬉しいな。
「あ……でもお兄ちゃん、ちょっと残念なお知らせが……」
「え? 何?」
「お兄ちゃんが見たいって言っとったボルドー裁判所やけど、ちょうど怪獣が叩きつけられたとこにあったんよ。見学する前に全壊したみたいやわ」
「ええ!!」
ボルドー裁判所は、どんぐりのような形の変わった個室が並ぶ建造物として特徴的なランドマークだ。
その独特な形状ゆえに文化的な価値も高い上、中も見学できるというから弁護士として一度は行きたいと常々思っていた。
今回、わざわざ空港から3時間かけて来たのも、このボルドー裁判所が見たかったからだというのに……。
残念……ガッカリ。
けど、茉莉が無事だったんだから……。
仕方ないよね。
というかホントに毎回怪獣が出るたびに裁判所が偶然壊れるけど、まさかフランスまで来てまで裁判所が壊れるとは思わんかったな。
「お兄ちゃん、そんな気を落とさんといて。幸いエクスのお陰で街の被害はそれほどでもないし、多分すぐに他の観光施設も再開されるから。今はまだ緊急警報が解除されてないみたいだから少し待たんとあかんけど」
「うん。そうだな。せっかくだから美術館観たりお土産にワイン買ったりして行こう」
気を取り直して観光しよう。
僕は茉莉と一緒に、停めてあった車に向かった。
周囲に人の姿は見えない。
どうやらここら一帯すでに避難が完了していたらしい。
茉莉は僕を探していたからここにいたんだな。
「良かった!車も壊れてなかったよ。観光の続きしよ!それにまだ話したいこと沢山あるんだから!エクス見ちゃったの友達に自慢していいよね!」
「良かったな」
「うん!」
僕は茉莉のガイドを受けながら、ボルドー市の名所を見て回った。
楽しみにしていたボルドー裁判所は壊れてしまったけど、見どころは他にもあるし。
僕はさっきのレイシアさんのお誘いの件で頭の中が混乱していたんだけど、せっかくガイドしてくれている妹の前でそんな態度は見せたくない。
「ワインの名産地だから飲んでいきたいのはやまやまだけど、私は運転があるからね!お兄ちゃんだけ飲んでってよ!私は葡萄ジュース!」
レストランに入ると、そう言って茉莉はワインの注文を入れた。
「おお、うまいな!マリアージュのチーズもいける!さすが本場!来て良かった!」
「お兄ちゃんは相変わらず美味しそうに食べるねぇ。いいなぁ。私も飲みたいなぁ」
「茉莉の分はお土産で持って帰ろうな。後でゆっくり飲むといいよ」
「そうする~」
透明感のあるワインの色は、なんとなくレイシアさんのあの紫色の輝きを思い出させた。
レイシアさんって、紫と緑でなんだか葡萄みたいだね。
「茉莉、もしもさ」
「ん?」
「もしも、僕が遠くに行っちゃって会えなくなってしまったら……」
もしも僕がひとり犠牲になることで、怪獣が出現することを抑えられるのなら。
その選択も悪くないんじゃないかなってちょっと考えてる。
「違うでしょ。遠くに行ったのは私の方。憧れだけでフランスの大学に通っちゃって」
そういえばそうだった。
「でもお兄ちゃん反対なんてしなかったじゃん。今はインターネット通話でいつでも顔を見て話せるし、いつでも帰って来ていいんだって言ってたよね」
言った。
「それに今だってこうしてお兄ちゃんは会いに来てくれてるじゃん。だからもしお兄ちゃんが例えば海外の人と結婚して実家の後を継ぐとかいう話になっても反対はしないよ」
鋭いな。
「でも、もう帰れないかもって言ったら?」
「そしたら私の方から遊びに行くし」
里帰りはできないとレイシアさんは言ってたけど、茉莉が遊びに来ることも難しいんじゃないかなぁ。
「帰らなくても十分幸せなら帰らなくてもいいんじゃない? そりゃ会えないと思えば寂しいけどさ。でも生きてれば会う機会はあるよ。きっと」
「それもそうか」
「っていうかお兄ちゃん、そういう彼女いるの?」
「実は……」
「ホンマ? 良かったやん。またすぐに振られんよう頑張んなね」
ヤなこと言うなあ。
――――――――――――――――――
そうして茉莉と観光した後は、また3時間ほどかけて茉莉がフランスで借りているアパートメントに行った。
早速テレビをつけると、先ほどのボルドーでのエクスディクタムが映っていた。
僕はフランス語は大学の第二外国語でちょっとかじった程度なのでニュースはさすがに聞き取れない。
けれどキャスターが興奮してるのは分かる。
「えっとね。日本に出現して話題になっていた怪獣と、それを倒す巨大人型ロボットのエクスがフランスのボルドー地方に出現した、って話してる」
茉莉が解説してくれる。
解説するまでもなくそうなんだろうな。
「でも本当に不思議だねぇ。今まで日本にしか怪獣出なかったのに。どうしてフランスなんだろう。まさかお兄ちゃんが追いかけられてたりして」
ぎく。
冗談になってないので内心ドキドキする。
「なんでだろうね」
どうやら僕をエクスディクタムに乗せて怪獣と戦わせることがレイシアさんの目的のようだから、僕がいる場所に出るってことなんだろう。
何のためにそんなことさせたいのかは分からないけど。
ひょっとして『怪獣退治するカッコいい僕が見たい』とか……?
それに目的といえば、レイシアさんは僕を実家に呼んで何をさせたいんだろう。
レイシアさんの実家ってなにしてるとこなんだろうなぁ。
僕ってば、一生に係わる選択について検討しているときに、レイシアさんのことをちっとも知らないんだよな。
ともかく、帰ったらB・U氏にも相談してみよう。
あ。そうだ!
地球の外にエクスディクタムを持ち出すのはB・U氏的に許されるのかも確認しないと。
大体、そもそもエクスディクタムって別に僕の物でも何でもないんだから。
それを勝手にどうこうするとか、僕が決めちゃマズいでしょ。
あっちゃぁ……。
他人物売買みたいなことをしてしもうたな。




