4 レイシアさんからのプロポーズ
エクスディクタムから降りた僕は、転送される前にいた場所に立っていた。
茉莉は近くにいない。
多分、消えちゃった僕のことを心配してあたりを探しているんだろう。
早く無事を伝えないと。
そう思い、周囲を見回す。
「うわっ!」
振り返ったところに、レイシアさんが立っていた。
見間違えるわけがない。
緑と紫色に輝くばかりのその美しい姿。
『擬人化』をしているので、辛うじて『人』に見えるけれど。
やっぱりさっき見たと思ったのは見間違えじゃなかったんだ。
「レイシアさん?あの、どうしてここに……」
エクスディクタムに乗っていない状態では言葉も通じないか。
でもさっきはレイシアさんの声を聞いたような気がするんだけどな。
『ミツケタ』
そう言っていたような。
レイシアさんは僕と目があうと、宝石の瞳で僕を見つめたまま、軽く両腕を広げ……
そ、そして……僕に抱きついてきた。
うわあああああああああああああ!!
レイシアさん!レイシアさんが!
僕の胸の中に!!!
レイシアさん、レイシアさん!!!
いい?
抱きしめ返していい?
あ、いや。浮かれてる場合やなかった!
僕はレイシアさんに問いただしたいことがあったんだ。
それでしっかり話し合い、交渉し、互いに納得いく妥協点を探せればと。
ここで色仕掛け(?)でなし崩し的にネンゴロになってはいけません!なりたいけど!
「レイシアさん、少しお話しましょう」
レイシアさんは少し考えるような様子を見せたものの、頷いた。
やっぱり言葉が通じているな。
エクスディクタムに乗っていないのに。
レイシアさんは僕から身体を離した。
ちょっと残念。
「なぜ、言葉が通じるんですか?」
『そんなことが聞きたいの』
!やっぱり喋れるのか。
B・U氏も『高度な存在であるなら自身が翻訳能力を備えていてもおかしくはない』って言ってたし、今までは喋れないフリをしていた……?
でも今はその点は置いておこう。それより……。
「すみません。質問を変えます。レイシアさん、あなたは怪獣と関係ありますか?」
聞くのが怖かった。
僕が好きになったヒトが地球を破壊する怪獣と関係があるかも知れないなんて。
『怪獣……』
「そうです、あの巨大な怪獣。いつも怪獣が出てエクスディクタムに乗っているときにレイシアさんに会うことができました。レイシアさんは怪獣と関係があるんですか?」
『ない』、と言って欲しい。
『キミのため』
どういこと?
僕のために怪獣?
まさか……。
怪獣はレイシアさんから僕へのプレゼント!?
いや、これは僕のボケですけど。
でも宇宙人の価値観って分からないからな。
その可能性もあるかも。
ともかく好意としては迷惑なので丁寧にお断りしないと。
「つまり、地球に怪獣が来るのは、レイシアさんの仕業なんですか? 僕はレイシアさんに会えるだけで十分ですよ!怪獣は要りませんから、もう持ち込まないで欲しいんです」
プレゼントを断ったけど、レイシアさんは特に気分を害している様子はない。
むしろ機嫌は良さそう。
『すでに目的は達したも同然だが』
レイシアさんの目的?
『キミにチャンスをあげる』
「ええと、なんのチャンスでしょうか」
『君が、このレイシアと来るというなら』
「え?」
ひょっとして、僕がレイシアさんと一緒に行けば、怪獣はもう地球に来ないということ?
レイシアさんはそれ以上は言わない。
ちょっと説明不足だと思うんですが。
「それって例えば、僕がレイシアさんの実家に行き後を継ぐとかいうお話ですか?」
『来る?』
「否定しないんですか?」
『エクスディクタムがレイシアと来るのなら、方針を修正してもいい』
「方針? なんのことです」
『エクスディクタムがレイシアと来るのなら』というのは、僕にエクスディクタムに搭乗したままレイシアさんの実家?に来ないかと誘っていると見ていいのかな。
レイシアさんは笑顔を浮かべている。
地球人の表情と同じように取って良いというのなら、その笑顔は満足そうで余裕たっぷりな様子に見える。
「あの、一緒に行くというのは地球を離れるということなんでしょうか」
レイシアさんが頷いた。
……。ど、どうしよう。
これって究極の選択じゃないか?
つまり僕が地球を離れてレイシアさんと一緒に来ないかって言われてるんだよね?
好きな人の実家で後を継ぐために、自分の仕事や生活を手放すなんて話はよく聞く。
けど、まさかここで僕にその話が来るとは思わんかった。
しかも多分レイシアさんの実家とかって弁護士資格は使えないだろうしな。
それに茉莉や両親とも離れなくちゃいけないということか。
「たまには里帰りとかできます?」
レイシアさんは首を横に振る。
否定なんだろうな。
つまり、帰れないと。
「あの……。もしも僕がレイシアさんと一緒に行ったら、もう地球に怪獣をよこさないということで良いですか?」
レイシアさんは数秒黙って僕を見つめていたが、その後静かに頷いた。
つまり。
つまりだけど、僕がレイシアさんと一緒に行けば地球は怪獣の脅威から救われると?
僕ひとりが犠牲になればいいってこと?
レイシアさんは僕がずっとエクスディクタムに搭乗し続けることを望んでいるのかな。
もしも僕が、自分の人生を犠牲にしてずっとエクスディクタムに乗り続けなければならないということだとしたら。
僕はどうしたら良いんだろう。
僕は今の生活が気に入ってるし仕事も充実してる。
だからずっとエクスディクタムに乗ったままというのは勿論困るし、イヤなんだけど。
でも地球の全ての生命と天秤にかけるようなことではないのかも知れない。
もしも人類で多数決を取るなら、僕ひとりくらいの犠牲で地球が救われるなら、それはみんなも望むことかも知れない。
逆に、仮に僕がこの提案を断ったとしたら。
そんな事情は地球上の誰も知らない。
だから僕が責められることはない。
けど、僕は地球を救う方法を知りながら知らないフリをして、今後も現れる怪獣をその場その場で退治することになるのか。
正義の味方のような顔をして。
そんなこと僕にできるんだろうか。
それに僕はレイシアさんのことが好きだから、払う犠牲は僅かといえるかも知れない。
僕の選択ひとつで、地球が救われるなら……。
考える価値はあるんじゃないだろうか。
「少し、考える時間をいただいてもいいでしょうか」
そう伝えると、レイシアさんは再び僕の胸にその身を寄せた。
『待っている』
それだけ言って、僕に寄り添っていたレイシアさんは忽然と消えてしまった。




