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3 怪獣ルアコン


 なぜレイシアさんがあそこにいたのか。

 エクスディクタムに乗っていない状態であのヒトに会うのは初めてだった。


 気になるけど、今は怪獣退治をしなくちゃ。



 せっかく12時間かけてフランスまで来たというのに、転送で一瞬のうちに日本まで飛ぶというのもなんだか納得いかないな。


 そう思いつつ、いつも同様エクスディクタムに転送されたようで、暗闇に包まれた。



「いらっしゃい国府谷こうだに先生、早速接続しちゃうわね」


――― ナビィさん今日もよろしくお願いします。

 今回の出現地はどこですか?



「それなんだけど。ちょっと厄介なことになりそう……」


――― どういうことです?



「すぐにわかるわ。まずはニューロン交感開始!」



 エクスディクタムとの接続により、エクスディクタムの感覚が僕の感覚になる。

 エクスディクタムの視界が僕の視界に、エクスディクタムの聴力が僕の聴力に。


 そして僕は今、僕自身の脳ではなく、エクスディクタムの『脳』でモノを考えている。


 不思議な感じだよね。

 僕は僕そのものでしかないのに。


 開けた視線の先。

 薄いオレンジ色の屋根が並ぶ、異国の光景。


 っていうか、この場所……。



――― ここ!? ここって、僕がいた場所の近くじゃない?


 先ほどまで車に乗りながら街並みを見ていたから間違いない。

 アングルが違うけど、ここはフランス、多分ボルドー市だ。


 ちょっと先にガロンヌ川が見える。

 さっき茉莉に駆け足ガイドしてもらったばっかりだぞ。


――― なんで!?

 怪獣がここに来てるってこと!?

 日本国内じゃないの!?

 しかも、こんな僕のいるすぐそばに……!?



「私にも理由は分からないけど……。いよいよ怪獣は国府谷こうだに先生という個人を識別できるようになったのかも」



――― 僕を識別……?


 確かに今までもずっと、エクスディクタムの機体ではなく僕を狙っているような節はあった。


 けど、それはB・U氏がジャミングを施すことにより、僕自身の存在の痕跡は日本中に散り、怪獣はいつも僕の元にピンポイントでは来られなかった。


 僕がレイシアさんを呼んだとき以外は。


 だけどもう、ジャミングは効果を持たないってこと?

 それとも僕が日本を出てしまったからジャミングは効果がなくなった?

 あのB・U氏に限ってそんな不手際はないだろう。


 そうすると、やっぱり……。

 さっきレイシアさんが言った『ミツケタ』という言葉。関係があるのか?



――― いや、考えたり分析するのは後!後!!

 今はまず怪獣を退治しないと!


 怪獣はどこだ?

 なんとか人の犠牲が出ない場所に誘導しなくちゃ!

 外国で地理感覚がないのがキツイな。


 そうだ!茉莉まりは?

 茉莉に危害が及ばないようにしなくちゃ!

 他の人ももちろん守るつもりだけど、茉莉は僕の妹なんだから!



 怪獣の姿はすぐに確認できた。

 確認と同時に僕は強く警戒せざるを得なかった。



 あれは……、野犬……? いや、狼かな?

 犬のような姿で、口からは鋭い牙が見える。

 けれど犬ではない。

 カモシカのような巨大な角が伸びている。


 真っ赤な目。

 そしてエクスディクタムをすぐに視界に入れるなり、グルルルと威嚇の音を鳴らしている。


 強い敵意。

 今にも襲い掛かってきそうだ。


――― さてと。どうしたもんかな。


 というか、僕はやっぱり妙に落ち着いている。

 危機感が薄いタイプといっても、僕が野犬に出くわしたら当然ビビるはずだ。


 けれど今の僕は怪獣の攻撃姿勢に警戒こそすれ、恐怖心は感じていない。


 今に限ったことじゃない。

 エクスディクタムに搭乗して何度も怪獣と戦ってきたけど、今思えば一度も恐怖を感じたことがなかった。


 地上から巨大怪獣を見るときと違い、大きさが同じくらいになったから脅威を感じなくなったのだと最初は思った。


 けど、それが違うことが分かった。


 大きさが例え人間の僕と同じであったとしても、敵意剥き出しの野犬と対峙して恐怖を感じないわけがない。


 恐らくこれは『エクスディクタム』だからということなんだろう。


 今僕は、本当に『僕』国府谷こうだにあきらではないんだ。

 僕だけど、僕じゃないのか?



「お兄ちゃん! お兄ちゃんどこ!?」


 その時、声が聴こえた。


 エクスディクタムの聴力により、遠い場所にいる人の声も聞き取れる。

 その中で、僕は妹の茉莉の声を聴き分けた。


 茉莉の位置は分かった。


 あとは怪獣を妹から離して戦わないと。

 できれば遠くに逃げて欲しいところ。


 うん。大丈夫。

 僕には茉莉を守りたい気持ちがちゃんとある。



国府谷こうだに先生! 怪獣が来るわ!」


 ナビィさんの言う通り、怪獣は一直線にエクスディクタムに向かって襲い掛かってきた。



――― は、速い!

 一瞬のうちに押し倒された。


 ああ!

 倒れた僕の下敷きになって道路にあったトラックが壊れた。


 僕にのしかかっていた怪獣を無理やりおしのけ、慌ててトラックの中を確認。

 幸い、人は避難していたみたい。……ほっ。


 人命はもちろん何より大事。

 けど、どうしよう。この街。

 茉莉の話だと『町全体が美術品』ってことじゃないか。

 何か壊してしまったら世界的文化財の損失!!



 僕は建物を踏みつけないよう、できるだけ道を通りガロンヌ川の方向へ走った。



国府谷こうだに先生、怪獣とは方向が違うわよ?」


――― ええんです。ナビィさん。

 川の中で戦うことにします。

 怪獣の目的がもしも僕自身なら、僕についてくるハズですよね。


「なるほど、そうね」



 案の定、怪獣は僕を追いかけて川に入ってきた。

 そこまで深い河ではないようで、エクスディクタムも怪獣も足が水に浸かっている程度だ。


――― これでよしっと。

 さて、怪獣の名前はどうしましょうか。

 そうだな。せっかくフランスに来たんだからフランス語で…。


『ナビィさん、怪獣ルア(Loup à)コン( corne)』でどうですか!? オシャレでしょ。

 ちなみに直訳すると『角のある狼』です。



「そうね!まんまだけどフランス語にするとオシャレ感が出るのね!

 さすが国府谷こうだに先生!」



 そうなのです。普段はオシャレ感を出すために英語を交えているけど、フランス語だとさらにオシャレ感が出るのです。


 って、そんな場合ではなかった。

 怪獣ルアコンはエクスディクタムに飛び掛かってきた。


 今までの怪獣に比べても機敏な動き。

 だけどエクスディクタムは動体視力もすごいんです。


 しっかりと怪獣ルアコンの両前足を両手で捕まえる。


 押す力も今までの怪獣よりも強い。

 けど、やっぱりエクスディクタムの敵ではない。

 このまま蹴りを入れれば一撃で沈められるかも。


 そう思い、足を蹴り上げようとしたところ、怪獣ルアコンは頭部をさっと左右に振り、角をエクスディクタムの頭にぶつけてきた。


 両手が塞がっていたため、そのまま受けてしまう。


――― あいったぁ……


「大丈夫? 国府谷こうだに先生」


――― 平気です。脳震盪のうしんとう起こすほどじゃないですし。


 脳震盪起こしたりしたら、レイシアさんと会えるかも。

 いやいやいや。そんな場合じゃない。

 今会うわけにはいかないしね。


 怪獣ルアコンは続けざまに角をガツガツとぶつけてくる。

 いい加減なんとかしたい。

 痛いし。


 僕は怪獣ルアコンの前足を掴んでいた手を離す。

 ルアコンは両前足を地に下ろすのに一瞬動きを止めた。その隙に僕はルアコンの背後に回り込む。


 そして今度は怪獣ルアコンの背中に乗り、ルアコンの角を掴んだ。



「うまいわ! それなら攻撃されないわね!」


――― でしょー!

 このまま角を折ってしまおう。

 エクスディクタムの怪力ならできると思う。


 そう思って、角を掴む手に力を込めた。


 途端、怪獣ルアコンは暴れ出し、そのまま駆け出した。



――― あ、しもうた!!

 怪獣ルアコンは駆け出し、ガロンヌ川から街中に上がってしまった。


 なんてこった。

 せっかくここまで誘導したのにー!

 このままだと街に被害が!



「きゃあ!!」


――― え!? この声!!


 茉莉まりの声。

 怪獣の進路の先に茉莉の姿を確認した。


 どんなに小さくても分かる。

 このままでは茉莉が怪獣に潰されてしまうじゃないか!


――― ダメ! ダメだ!!

 茉莉!!


 僕は角を掴んだまま、足の遠心力で円を描くように身体を上空に回転させ、身体を怪獣ルアコンの前に投げ出した。


 そのまま怪獣の前に着地すると同時に、逆に角を掴んだ状態で怪獣ルアコンを持ち上げる。

 エクスディクタムの怪力により、怪獣ルアコンの巨体は難なく持ち上げられた。

 そのまま僕は向きを変え、妹のいる方向とは別の方向に向けて地面に勢いよくルアコンを叩きつけた。


 わお。

 自分でもビックリな動き。


 すごい運動能力じゃないか?

 体操選手並!

 さすがエクスディクタム。


 叩きつけた衝撃で、怪獣ルアコンの角が二本とも折れた。


 周囲の建物に配慮するような余裕はなかった。

 ちょうどルアコンを叩きつけたところにあった建物は、ルアコンに潰される形で完全に崩壊したけれど、茉莉の方が大事!


 茉莉は?



「ふやぁ〜……おどろいた……」


 茉莉は地面に尻もちをついているけれど、……良かった。無事だ。


 怪獣ルアコンは角が折れた状態で、まだ生きている。

 もはや武器を生成するまでもない。


 僕は手に持っている怪獣ルアコンの角を大きく振り上げると、ルアコンの胴体にそのまま突き刺した。


 怪獣ルアコンはビクリと一度震えた後、静かになる。そのまま塵となって消えていった。



「きゃ〜!ステキ!国府谷こうだに先生!

 なんかすっごくカッコ良かった!」


――― そうですか!?ナビィさん!

 いやあ、自分でもちょっとカッコ良かったかなって。


 妹にカッコいいエクスディクタムの活躍見せられたかな。

 あいつ『エクスは正義の味方!』って思ってる節があったから。


 小さい頃、よく妹と一緒に特撮番組見たのを思い出したよ。

 むしろ僕よりもあいつの方が好きだったんだよ。

 何度もヒーローごっこに付き合わされたなぁ。


 茉莉の方を見ると力いっぱい手を振りながら叫んでいる。


「助けてくれてありがとー!エクス〜!」


 手を振り返したいな。

 でも仕草で僕が乗ってるとバレるかも知れないからやめとこ。



――― ともかく!

 これでボルドー市の平和は守られた。


 ちょっとだけ建物が壊れちゃったけど……。

 茉莉が無事だったし、あとは死者が出ていないことを祈ります。


 さあてと。茉莉が心配してるだろうし、そろそろ戻らないと。

 観光の続きもできるかな?





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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! >ナビィさん、『怪獣ルアコン』でどうですか!? オシャレでしょ。 >ちなみに直訳すると『角のある狼』です。 >「そうね!まんまだけどフランス語にするとオシャ…
[一言] え~と、ルアコンに潰される形で完全に崩壊したのがフランスの裁判所、ということなのですね。 ???、おにぎり?
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