2 妹 茉莉
2週間後、僕はフランスに旅立った。
宿泊先は妹のアパートだから往復の航空券だけ買っていけばいい。
宿泊料金が浮いた分に少し色をつけて、妹に小遣いとして渡す予定。
向こうでの生活はいろいろと物入りだろうしね。
僕は社会人だから、少しは兄らしいこともしないと。
12時間のフライトはさすがに長くて、同じ姿勢でいるのは疲れる。
朝到着の直行便なので、ここでしっかり寝ておきたいところだけど、座席が狭くて寝苦しい。
ケチってエコノミークラスにしたのが悪かったかな。
でも、どうせ金を使うなら観光やら美味いもの食うのに使いたい!
関西人なら普通そう考える!多分やけど!
機内で途中何度かスマホを確認してみたけど、当然のように電波は通じない。
それでも怪獣が出ればB・U氏から連絡が来るらしいというから、本当かどうか確かめたいという気持ちもあった。
けど、幸いというべきかフライト中に怪獣が出たという連絡はなかった。
――――――――――――――――――
「お兄ちゃーん!コッチや!!」
空港ロビーに妹の茉莉がいた。
ときどきビデオ通話もするからか、特に変化は感じない。
ひょっとしたらフランスでファッションセンスは磨かれたのかも知れないけれど、僕は正直女性のファッションはよく分からない。
ちょっとくせっ毛のセミショートの髪を器用にまとめてるのも、以前と同じだ。
いつまで経っても小さい頃の姿が重なって見える。
妹は妹なんだなぁ。
「車停めてあるから、はよ!」
茉莉に急かされて車に乗り込む。
車内に同乗者はいないようだ。
ちょっとホッとしていたりして。
ここでもし運転席に男性なりが座っていて
「お兄ちゃんに紹介する人がおるんやけど」とか言われたら……。
改まってそんなこと言われたら、やっぱり今後家族になる人なのかな?って思うし。
多分僕はすごく緊張してしまう。
茉莉は兄の贔屓目を差っ引いても、明るくて性格も真っ直ぐでかわいい。
だからモテてもおかしくないが、なかなか彼氏ができない。
これについて本人曰く
「なんかね、男の人とはすごく仲良い『友達』止まりになっちゃうんだよね。お兄ちゃんがいるせいかも」
とのこと。
なんか僕も似たようなこと言っていたような……。
「お兄ちゃん、よう来てくれたねぇ」
兄の戸惑いとは全く無縁な様子で、茉莉は相変わらずカラッとした笑顔を向けた。
「ちょうどまとまった休みが取れたからさ。あ、忘れないうちにコレ渡しとく」
「これや!おおきに!」
紙袋に入れてあった茉莉の好物のインスタントラーメンを渡す。
フランスではあまり買えないようだ。
買ってきてくれと注文を受けていたんだよね。
「あとなんや?紙袋が入っとるな……ってお兄ちゃん、このお金は?」
「旅行中の宿泊代と、観光ガイド代と、ガソリン代と、食事代と、小遣い、かな」
「こんなに……、おおきにな!
ありがたく受け取っとくわ!
ちょいもらい過ぎのような気もするけど、その代わりちゃんと観光ガイドしたげるから!」
「うん、ちょっと大変かもだけど実はボルドー行きたいと思ってて」
「ボルドーね!確かにフランス来たらあそこは行かんと。ましてお兄ちゃんは弁護士なんだし。
ええよ!車で3時間ってとこ。じゃあこのまま向かっちゃおう! 別に予定なんて立ててないしね」
「行き当たりバッタリか。茉莉らしいなぁ」
そんなわけで僕らは、途中店に寄って朝食を取ったりしつつ車の中でたっぷり3時間、互いの近況について話したりできた。
茉莉は大学でしっかり勉強をしているようで、フランス法についても話してくれた。
日本法との比較の話が出来たのは面白かった。
もともと日本の法律は戦前からドイツ法やフランス法の影響を強く受けている。
戦後、アメリカの憲法思想が取り入れられ法律は新憲法の導入により微調整されつつ、今もなおドイツ法やフランス法の痕跡が見られる。
特に民法典制定の過程で大きくフランス法の影響を受けている。
法律家にとってフランスというのは、そうだな。聖地みたいな場所かも。
僕としてはもっと大学で学んでいる話を茉莉から聞きたいところだったけど、茉莉は怪獣やエクスディクタムのことについて興味津々で、どうしてもそっちに話を流されてしまう。
この話題は僕にとっては守秘義務に係わるので、気楽に話せないんだよ。
茉莉は怪獣やエクスディクタムについていろいろ推理を披露してくれたけど、僕から正解かどうかも言えないんだ。ゴメンね。
「エクスってさ、変形とかするのかなぁ」
「さあ……。報道で見る限り変形してる様子はなかったけど」
どうなんだろ。B・U氏に聞けば多分分かる。
いろいろ出来るって言っていたから、順応が進めば変形も出来るんだろうとは思うけど、どの程度の変形が可能なんだろう。
形が変わるだけなのか、それとも大きさや質量まで変化するのか。
「怪獣ってなんで出現するのかな。お兄ちゃんどうしてだと思う?」
「えー。地球を侵略するためじゃないのか?」
ホントになんで出現するんだろう。
レイシアさんは知っているんだろうか。
「侵略~? 毎回エクスに短時間で倒されるのに? 侵略ならもっとマジメにやってもええんとちゃう?」
それは僕もそう思う。
というか、僕の体感としてはそんな短時間で倒したつもりはないけど、終わってみると大抵10分くらいなんだよね。
それどころか最近はちょっと慣れてきてるので5分くらいで倒してる。
早い時には3分かな。
「壮大なエンタメってことはないかな。誰かが『パンとサーカス』で地球を支配するために、娯楽として怪獣とエクスの戦いを提供するエンタメ!」
「娯楽……。どうだろう。考えたことなかった。
そうだとするとエクスもグルってことか?」
「ちゃうわ。エクスは正義の味方やろ。
けど例えばアレーヌ・ド・リュテス(パリにある闘技場の遺跡)で戦った剣闘士だって真剣勝負していたと思うよ。そうじゃなくちゃ見てる方は面白くないから」
「なるほど」
誰かが怪獣とエクスディクタムを戦わせているという説か。
そんな可能性はあるんだろうか。
「んんー。でも毎回エクスの圧勝であることを考えると、闘技場ではなくて闘牛場かな。怪獣は牛」
牛は最終的に闘牛士に殺される。
あらかじめ用意された生贄。
怪獣は、エクスディクタムに殺されるための生贄……?
「お兄ちゃん、えらい真剣に考えてくれとるとこ悪いけど、もう少しで目的地に着くで。
あー、怪獣の話ばっかしてもうたね!ガイドせんと悪かってん。
左に見えるのがガロンヌ川や。ボルドー市はワインの産地として有名やけど、美術館もすごいんよ。お兄ちゃんの目当ての場所もそうやけど街全体が美術品のようなとこやね」
「駆け足なツアーガイド、どうも」
「ごめんて。久しぶりやもんな話したいこと沢山あり過ぎるわ」
そのとき、僕のスマホに着信があった。
フランスでも通じるように対応のSIMカードは入れておいたから通じることは不思議じゃないけど。
発信者はB・U氏だった。
『国府谷先生、怪獣が出現しました。すぐに転送しますか?』
「ちょ、ちょい待って……」
隣の運転席には妹がいる。
今ここで転送されるのはマズい。
茉莉の方をちらりと見ると、妹は車を道の脇に停車させた。
「ごめん私も着信」
そう言って茉莉は車を降りた。この隙に……。
僕も車を降りて建物の陰に回る。
「B・Uさん、今ならオーケーです」
そう通話したとき。
ふと正面に明るい光が見えて顔を上げると
そこに、あの美しいヒト
レイシアさんが立っていた。
その後すぐに僕は転送されたため、一瞬のことだった。
僕がレイシアさんを見間違えるはずがない。
確かにレイシアさんだった。
『ミツケタ』
そう言ったように聞こえたけど、それは気のせいだったのかも。
だって、エクスディクタムに乗っていない状態でレイシアさんの言葉が僕に解るわけがないんだから。




