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1 長期休暇の計画

 本日、つい先程。

 出現した新たな怪獣を退治しました。



『エクスの活躍により、怪獣は無事撃退されました。

 旭川地方裁判所庁舎が全壊したものの、職員・市民ともに犠牲もなく済んだ模様です』



 テレビをつけて怪獣を退治した後の被害状況を確認する。最近は毎回のこと。


 今回の怪獣はあえて特記するならサイズがいつもより大きかった。

 巨大なスノーマンのような姿の怪獣。

 幸いこの時期の旭川には積雪がなかったため景色に溶け込むということもなく問題なく退治できた。


 僕、国府谷こうだにあきらはこの怪獣を『雪玉怪獣』と命名しました。


 うん、わかってる。

 ネーミングがまたテキトー過ぎるって言いたいんだよね。


 こっちも正直それどころじゃなくて。



 レイシアさんに会えるチャンスだったけれど、僕はレイシアさんを呼ばなかった。


 エクスディクタムに搭乗していれば、あのヒトの名前を正しく呼ぶことができるのに。


 僕は、レイシアさんを呼ばなかったんだ。


 なぜなら、レイシアさんは怪獣と関係がある可能性が高いから。



 僕はレイシアさんとお付き合いしている関係だけど、それでももしレイシアさんが人類に危害を加えようとするなら毅然と対応しなければならない。


 それって多分、当たり前のことだよね。

『好きな人のために、他の誰かを犠牲にする』なんて結局は自分のエゴでしかない。

 だって要は『その人に好かれたいから他の人を犠牲にする』ってことでしょ。


 まずは被害が出るのを止めなければならない。


 僕は、地球が怪獣におびやかされることのないよう怪獣を倒さなくちゃ。



 いつかレイシアさんとも話す必要がある。

 交渉が必要になるかも知れない。


 レイシアさんが僕の交渉相手になる以上は、僕はあのヒトに会うタイミングにも慎重になる必要がある。


 だけど、レイシアさん。

 あんまりモテない僕だけど、思い切って付き合って欲しいと伝えて、応えてくれたのがすごく嬉しかった。


 その相手に会うことを避けることに罪悪感もある。

 そんなわけで僕は憂鬱な気分なんだ。


―――――――――――――――――――――


国府谷こうだに先生、コーヒーをどうぞ」

「おおきにB・Uさん」


 B・Uさんは甲斐甲斐しく色々気を遣ってくれる。

 僕自身の記憶で行動しているため『手間暇かけてコーヒーを挽く』ということはなく、僕が自分で入れるのと変わらないインスタントコーヒーだ。


 B・Uさんとの暮らしは2人暮らしでありながら、あんまり僕の生活に変化はない。一人暮らしの延長のようで気は楽です。



国府谷こうだに先生。今後『レイシアさん』と交渉をするにあたり方針などは決まっているのですか? 打ち合わせが必要でしたら遠慮なく」


「ええまあ。とりあえず交渉のセオリーとして相手の出方を待つターンだと思うんです。それなら自分から接触をするのではなく淡々と怪獣を退治し、レイシアさんから接触を図るのを待つ方がええかなと」



 基本的に、交渉はガッついた方が不利になりがちだ。まとめたいという足元を見られちゃうから。

 といっても完全に突っぱねる姿勢も良くない。

 相手が交渉に消極的になってしまうから。


 だから拒否する素振りは見せず、誠実な姿勢で。

 それでいて淡々と向き合う。


 レイシアさんが以前僕からの接触を待っていた節がある点から見ても、あのヒトにはどうやら『交渉』の概念がある。


 怪獣を退治し続ける僕に対して、何かしら要求があると思う。


 多分だけど。

 いや、どうだろう。

 分からないな。


 相手の意図が分からないなら、なおさら相手の出方を待つ必要がある。



 いけないな。

 待ちの姿勢のときにはどうにも思考が堂々巡りになりがちだ。


 焦っちゃいけないとは思うけれど、もしも怪獣の出現とレイシアさんが関係あるとしたら、今後いつ人々に危害が及ぶか分からない。


 今のところエクスディクタムの性能のおかげで被害は最小限度に抑えられており、目に見える被害は裁判所くらいだ。

 それでも多くの人が危険に晒されていることには変わらない。


 この状況を改善できるものならしたいものだし、早く何とかしたいとも思う。




国府谷こうだに先生、着信ですよ」


 B・U氏に声を掛けられて我に返る。

 スマホが着信音を鳴らしている。

 送信者の表示を見て、嬉しい驚きがあった。


 「あ! 珍しいな!」


 相手は、僕の妹。

 今はフランスで大学に通っている。


 もともと語学が堪能だった上、好奇心が旺盛でフランスに留学している。

 卒業したら向こうの司法試験を受けて弁護士になるつもりとのことだ。

 我が妹ながらアクティブだな。


「もしもし! 茉莉まり? 久しぶり!」


『や。お兄ちゃん! 今だいじょうぶ?』


「だいじょぶだいじょぶ。どうした~?」



 久しぶりに妹、茉莉まりの声を聞けて気分が盛り上がるよ。

 声の調子から元気そうだ。


 うちは兄妹、結構仲が良くて実家にいた頃はよく一緒に遊んでた。

 懐かしいなぁ。

 特撮ヒーロー番組、僕よりも茉莉の方が夢中になってたんだよ。


 茉莉まりがフランスに行ってからもたまにインターネット通話で喋っている。


 けど、あんまり日本語でおしゃべりばかりしていると向こうの言葉を覚えるのが遅くなるからという理由で、あくまでも『たまに』。

 茉莉まりが日本語恋しくなったときくらい。 


 元気そうなら何よりだけど、また日本語が恋しくなったかな?




「最近どう? そっちの美味しいものとか送ってくれていいんだけどな」


『お兄ちゃん、なに言ってん。

 美味しいものは現地で食べないと!ヒマなら遊びに来てよ!』


 そう言われてもなかなかヒマってないんだよなぁ……。


『それより! お兄ちゃん、怪獣の話!!』

「怪獣? なんだよいきなり」


『だって日本って今、怪獣が出て正義の巨大ロボットが倒してるんやろ!? コッチでもえらい話題になってるわ! 友達から日本にいる人に怪獣の話聞いてってせっつかれたんよ! なんかネタあるでしょ! アレっ本当なんだよね!? 怪獣とか日本政府のデマやないよね! お兄ちゃん怪獣とか見た!?』


 すごい勢い。

 そうかぁ。怪獣って日本にしか出てないもんな。

 世界中が注目しててもおかしくない。

 実際、海外の報道も入ってるみたいだもんな。


 エクスディクタムに僕が乗ってることは言えないけど、普通の日本人が知ってることくらいなら話してみるか。


「怪獣なら僕も直接見たよ。東京地裁が壊れるところにちょうど居合わせてさ。なんとか助かったけど、危うく瓦礫に潰されるところだったんだ。自衛隊に救助されて事情聴取も受けたんだ」


『えええ!ホンマ!?

 お母ちゃんそんなこと言ってなかったで!?』


「そりゃお母ちゃんに心配かけるのはイヤだから言ってへんし」


『で? エクスに助けてもろうたんか!?』

「あ、うん。そう」


 エクスディクタムのお陰で助かったのはウソじゃない。


『ホンマかー! 大阪にも怪獣出たって聞いたけど。

それでお母ちゃん達が心配で一度電話したんよ』


「ああ、怪獣クイラーね」


 言ったあと、そのネーミングは僕のつけたものだと気が付いた。


『怪獣クイラーって日本で呼ばれてるん?』

「いや、僕が名付けたんだ」


『きゃっはっはっは! お兄ちゃん相変わらずアホやなぁ』


 茉莉まりは相変わらず楽しそうに笑うなぁ。

 お兄ちゃんは茉莉まりが笑うの大好きだよ。


『ねえお兄ちゃん、ほんまにこっちにぇへん? 美味しいもの食べさせたる。観光ガイドもするからさ。友達にも怪獣と巨大ロボットのはなししてやってよ!』


「うーん……」


 フランスには茉莉を訪ねて一度だけ旅行がてら行ったことがある。


 といってもフランスまで直行便で約12時間。

 軽く行ける場所じゃないよな~。


 それに最近は怪獣退治もある。

 日本に怪獣が出るのに、日本を離れるのはちょっと。


――――――――――――――――――



「行ってきたらどうですか? フランス」

「え?」


 茉莉まりとの電話を切るなりB・U氏に言われた。


 ちなみにB・U氏とは記憶の同期があるのでどうせ会話の内容も後で知られるため、普通に会話を聞かせてしまっていた。


 ……僕もちょっと慣れ過ぎてしまったかな。

 守秘義務とか、もうB・U氏関係では諦めてるし。


 他のクライアントの方々!!堪忍してや!

 B・U氏は問題ないから!


 ちょっと得体の知れない宇宙人なだけで、情報は外に漏れないと思うから!!多分!



国府谷こうだに先生の仕事も好調らしいですし、まとまった休日も取れそうと先日言ってましたよね。私との温泉旅行なんて計画していないで妹さんにお会いしては?」


 確かにそんな話はしていた。


 ドーピングしたような気がせんこともないけど、エクスディクタムとの順応とやらが進んでいるためか仕事がやや早くなってるみたいでさ。


 大きな仕事がちょうど数週間後にまとまって片付く見込みが出て来たから、10日程度の休みが取れそうだなと。


 自宅でゴロゴロしてても、レイシアさんのことを考えてしまいそうだし、軽く数日の旅行でもしようかと思ったんだ。


 B・U氏には日頃いろいろ世話になっているし、慰安旅行も兼ねて温泉でリラックスしませんか?と提案したんだった。



「せやけどB・Uさんにも地球の娯楽を味わって欲しいですよ」


「私に対する気遣いは無用です。温泉は国府谷こうだに先生の気分転換になるなら良いと言いましたが、以前から妹さんのことは気になっているようでしたし」


 まあねぇ。


「けどB・Uさん、もし僕の不在中に怪獣が出たら……」


「いつも通り転送すれば問題ありません」


 転送ってそんなに距離を問わないものなのか。

 フランスからでもイけるとは。

 

「飛行機で移動中に怪獣が出たら……」

「機内から転送すれば良いだけです」


 上空を高速で移動中の機内から転送しても、機内に戻れるということか。そーかぁ。


「でも機内ではケータイは通じないから、怪獣が出たという連絡を受けられへんのでは……」


国府谷こうだに先生のスマホに連絡を取る形にしてありますが、通信は地上の電波を使っていません。問題なく通じます」


 そうだったの!!?

 知らんかったわ!


 ここに来ていろいろ初めて知ったな。

 こんな重大な謎が明かされるとは!

 クライマックスの予感!


 って、別に重大やないし!

(セルフつっこみ)



国府田こうだに先生の私生活についてもサポートし、円滑に怪獣退治をしていただけるようにするのが私の役割です。妹さんに会うことで国府田こうだに先生の精神安定の役に立つようでしたらそれは行われる方が良いでしょう」


「ま、そうおっしゃるなら。温泉は次の機会ということで。近いうち妹に会って来ますわ」


 前回フランスに行ったときには、見れなかったけど観光名所で見に行きたいところもあるし。


 そうと決まると楽しみだな~。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 新章ありがとうございます! 今話も考えて遊ぶ材料になる「気になる点」がいっぱいだ! [気になる点] >『雪玉怪獣』と名付けました。 国府谷先生、それ、種名(※)やなくて、分類名。……せめ…
[一言] フランスに怪獣が出ちゃう? フランスの裁判所って、どんな建物なんだろうか? (壊されること前提……)
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