5 怪獣ギザザメ
「国府谷先生!!」
僕の名前を呼んでくれたのは、レイシアさんではなかった。
聞きなれたナビィさんの声。
――――― な、ナビィさん? レイシアさんは……!?
「ふう。良かった。回線無事回復したみたいね。
レイシアとは会えた?」
――――― ええ、会えましたけど……
「あら? お楽しみの最中だった?
ごめんなさい呼び出しちゃって」
――――― いえ、まだ僕らそこまでは。
清い交際なので……。
じゃなくて!何か緊急の用事でもありましたか?
「ええ、そうなの。
怪獣が出現したわ。退治お願いしたくて」
――――― ええ!?怪獣?
だってつい3日前に『怪獣ミケーニャ』倒したばっかりですよ!?
猫みたいな怪獣だったけど、スピニングロッポーをあさっての方向に投げたら自分から飛びついていって爆発に巻き込まれたヤツ。
「そうね。退治したばかりね」
――――― まあ、怪獣にタイムスケジュールなんて関係ないか。
分かりました。
怪獣の出現地点までエクスディクタムを転送してもらってもいいですか?
ふう。
「なんか気落ちしてない国府谷先生?
大丈夫? レイシアに酷いことされた?」
――――― レイシアさんはそんなヒトでは……。
ちょっと関係が進展しなくてため息ついちゃっただけですから。
「そう? 私でよければいつでも慰めてあげる。
ちなみに転送については、するまでもないわ。
怪獣はすぐそばにいるから」
――――― すぐそば!?
ここは深海。
恐らく光もほとんど届かない海底。
岩のある景色が見えるけれど、これはエクスディクタムの優れた視力のたまものなのだろう。
魚の姿すら見えない。
静かだ。
こんな寂しい場所にエクスディクタムは置かれているのか。
怪獣が出てくるまでの長い間、エクスディクタムとナビィさんはずっとこんな場所にいたと……。
不意に目の前を何かが横切った。
大きさはエクスディクタムと同じくらい……ということはすごく大きい!
――――― 今のが怪獣!?
「そうね。
こんな海の底にも怪獣が来るとなると、次からはエクスディクタムは別の場所で待機しておいてもらわないといけなくなりそう」
――――― そ、それは……。
やっぱり僕が今ここにいるから怪獣を呼び寄せたんですかね?
そうだとしたら申し訳ない。
「国府谷先生が謝ることじゃないわ。
ただ、待機中のエクスディクタムが単独で怪獣に襲われたことは今までなかったの。
ということは怪獣はやっぱり国府谷先生を探知してるのかしら。
それとも……」
――――― それとも? なんです?
「いえ、今回あまりにピンポイントで怪獣が現れたから……。
国府谷先生が呼んじゃったんじゃないかなって」
――――― そんなぁ!
ひどい冤罪ですわ!
僕そんなことしませんよ!!
僕が呼んだのは美しいヒト、レイシアさんだけですもん。
怪獣はお呼びじゃないのです。
「それもそうよね! 大体私はナビゲーターだもん。
そういう分析的なことは苦手なの。
後のことはB・Uと相談してね」
――――― そういえばB・Uさんはどうしてるんです?
出掛ける格好をしていたからてっきり近くに来てるのかと思ったんですが。
「近くに来てるわ。でも地上ね」
――――― そうですか。
B・Uさんとは後でまた打ち合わせるとして……。
今は怪獣ですね!!
怪獣はエクスディクタムから一定の距離を取りつつ、周囲を泳ぎながら漂っている。
いやぁ、海底っていいね。
いくら怪獣が動いていても被害者が出ないし。
人を犠牲にする心配がないから安心して様子を見ていられる。
――――― っていうかナビィさん。
海の中をフラフラしてるだけなら別にこの怪獣、退治しなくてええんやないでしょうか。
あ、でも生態系を乱したりするのかな?
「そうねぇ。怪獣の狙いが国府谷先生だとすれば、国府谷先生がずっと海底にいるなら怪獣は退治しなくてもいいんじゃないかしら」
――――― それは困ります!
僕には大事なお仕事があるんです!
「じゃあ怪獣倒しちゃいましょうね!」
――――― はーい。
そういうこと。
エクスディクタムにどんなすごいことが出来たとしても、エクスディクタムに搭乗していれば長生きができるとしても。
それでも僕は今まで通り生きていきたいよ。
仕事は大変だけど、やりがいがあるし。
困っている人の力になれるのは嬉しい。
毎日食べるゴハンも美味しいし、次に何を食べようかなって楽しみにするのも悪くない。
B・U氏と一緒に食事するのも最近は気に入っている。米山さんや友達と一緒に食べるゴハンもいい。
たまには家族にも顔を見せに行きたい。
フランスにいる妹は元気でやってるかな。
レイシアさんに会うのに今のところエクスディクタムがないと厳しいのは切ないところだけど。
そもそも同業者諸氏を見ても仕事が忙しくて彼女とほとんど一緒にいられる時間がないという話もよく聞く。
ある意味、遠距離恋愛と思えばそれほどの障害でもないと言える。
「国府谷先生! 後ろ!!」
――――― わっ!
怪獣が後ろから突進してきた。
ナビィさんの声があったから避けることができたけど。
この時点でようやく僕は怪獣の姿を認識することができた。
細長く、横にひらべったい姿。
大きな目のようなものが上方に向かって4つほどついている。
魚のような胸ビレ、腹ビレ、尾ビレ、臀ビレがあるようだ。
特徴的なのは、頭の先が尖って角みたいな形状をしているところ。その角には棘のような歯がたくさん並んでいる。
何か知っているモノに例えるなら、ノコギリザメみたいな形かな?
あの角でツツかれると痛そうだ。
それでも魚のような形を見ると、考えてしまう。
――――― ……食べたら美味いかな?
「あら、国府谷先生、食べてみたいの?
怪獣は退治すると塵になっちゃうから、味見したいなら生きたまま食べないと。なんとか味は分かるかも」
――――― いえいえ!冗談ですって!
日本人は魚っぽい生き物を見るとつい食べてみたくなるんです!
せやかて本気で怪獣食べる気はないですわ!
お腹壊しそうだし!
「えー? でもエクスディクタムにも味覚はあると思うし、食べてみてもいいんじゃない?
意外とクセになる味かも」
――――― そう言われると……ちょっと味見してみたい気も……。
エクスディクタムがモノを食べると、やっぱりその味覚もダイレクトに僕に伝わるのかな?
そういえばエクスディクタムって口とかあるんだろうか。
前に映像で見たときには、口らしき造形はなかったような。
「必要なら口くらい開くんじゃないかしらね」
などと今回もあまり緊張感のない会話を交わしつつ、怪獣は次から次へと突進し猛攻をかけてくる。
水圧のせいか、エクスディクタムの動きが少し鈍い気がする。
気を付けてないと攻撃を受けちゃいそう。
でもね。
僕もわりと最近怪獣退治慣れてきたみたいでさ。
『怪獣チューリッパー』も『怪獣ロブスターン』も『怪獣ミケーニャ』も難なく倒してますから!
そうそう。今回の怪獣はなんて名前をつけようかな。
えーと、えーと……。
「国府谷先生が怪獣の名前を考えている間、私はネーミング予想を立てちゃおうかな。
国府谷先生のことだから『怪獣ノコギリー』とかかな〜」
――――― ぐっ……。
僕のネーミングセンスって信用ないな……。
ここはもうちょっとヒネリを入れないわけにはいかない……。
そうだなぁ。あの怪獣はギザギザしてるから……。
『怪獣ギザザメ』とかどうですか!!
「・・・・・・・」
――――― 黙らんといてください、ナビィさん……。
「えーと、思うんだけど、怪獣の名前というのは後で打ち合わせをするときにすぐにどの個体か分かるような特徴をとらえた名前が良いのよね。
その意味では国府谷先生のネーミングはとても良いんじゃないかしらね!!」
――――― 僕、ナビィさんの優しいところ好きですわ……。
ともかく怪獣退治といきます。
さっきから怪獣ギザザメは僕の背後を狙って突進し、あのノコギリのような角で突き刺そうとしてるのが分かる。
だったら
後ろから迫ってきた怪獣ギザザメをすんでのところで避け、左サイドを通過させると見せ掛け……。
横に来たところを……
「あ! 怪獣ギザザメを脇に抱えた! すごい国府谷先生!」
――――― この、ジタバタ暴れてる!暴れるなって!!
僕は片腕で抱えた状態の怪獣ギザザメをしっかりと保持するために両腕で掴みなおした。
僕もよく知ってることに、エクスディクタムは力持ちなんだ。怪獣をこうやって拘束することもそれほど困難ではなかった。
「で、どうするの?」
――――― いえ、せっかくだから味見しようかなって思ったんですが……。
武器生成で包丁出して刺身にしてみたいけど包丁とか入れたら死んじゃうかな。このままかじるのは抵抗あるなぁ。
もちろん、怪獣に毒があるとか、その手の可能性もある。
僕なら絶対に未知の野生の魚をそのままかじるなんてことはしません!
けど、エクスディクタムって毒に耐性あったよね。
この機体なら割と何やっても大丈夫という信頼感があったりする。
このままかじってみる?
「かじるなら、地上に出た方がいいんじゃない?」
――――― 確かに!
海底で口を開けたら海水も飲んじゃいますね!
すると怪獣を抱えつつ、海上に上がることになるのか。
海上まで何メートルくらいあるんだろう。
「えーと、およそ8000mくらいかしら」
――――― ううん…。
海底の距離感は分からないな。
8kmなら大した距離じゃないような気がするけど……。
「そうね。参考までに言うと、フイリピン沖のマリアナ海溝にあるチャレンジャー海淵が地球で一番深いって言われていて約10,920mってとこ。日本の無人探査機は最大深度7000mまで探査可能とされているわ」
――――― って、それ、つまり8kmってものすごく深いじゃないですか!
「だから人目につかない良い隠れ場所なのよ」
――――― なるほど。
けど、そんなに深いなら怪獣抱えたままで泳いで戻るのは大変だなぁ……。
さっきから、僕が両腕で抱えている怪獣ギザザメがピチピチ暴れている。
うーん……。
「地上にはB・Uがいるから、そこにエクスディクタムを転送しちゃえばいいんじゃないかしら?」
――――― え?そんなことできますか!?
「位置がハッキリしてるからできるわよ。
私がエクスディクタムのシステムを動かしてもいいけど、国府谷先生やってみる?
転送の練習中なんでしょ?」
――――― 僕? いや、その。
午前中B・Uさんと転送の練習したんですけど、全く出来なくて。
しかも怪獣抱えてとか。ムリです!
ナビィさんお願いしますわ。




