4 怪獣ダイルーツ
――――― ナビィさん、怪獣どこですかね? もしかしてアレですか?
「アレね」
――――― ナビィさんの差す『アレ』の存在は、見えるんですけど。
なんというか怪獣に見えません。
とりあえずここはどこだろう。
見覚えがないから、僕の地元近くではないと思うんだけど。
「ここは地名で言うなら福岡県福岡市よ」
――――― 九州地方の大都市エリアだな。
さすが周囲に建物が多い。
人も多そうで、被害が出ないかが心配だ。
怪獣もうちょっと空気を読んで人口が密集してないとこに出現すればいいのに。
まだ日が暮れる前で、あちこちに人が避難している。
遠くで、エクスディクタムを指さして歓声を上げてる人の声も聴こえる。
って、そんな声が聴こえるとか。
エクスディクタムの聴力はすごいな。
それに最初の頃よりも感覚が良くなってるような気がする。
「繰り返します。
ただいま怪獣が出現している模様です。怪獣とエクスとの交戦が予想されます。
市民のみなさまは速やかに現場近くから避難してください。怪獣と思われる物体の位置は福岡市中央区……」
――――― 非常用サイレンとともに、避難を促す放送が流れている。
うんうん。ちゃんと避難してね。
それにしても、こうして余裕持って避難指示のアナウンスなんて聞いていられるのは、目の前の怪獣が大人しいせいでもあるんだ。
ホントに『アレ』は怪獣なのかなぁ。
建物が並ぶ中で、一棟だけ他より群を抜いて高い建物が建っている。
やたらのっぺりと横に長く12階建てくらいかな。
周辺の建造物と比べると、一か所だけ立派過ぎて異質な感じがする。
そののっぺりした建物にひっつくように、茶色っぽい丸いものが横に置いてある。
建物の3分の1ほどの高さはあるから、4階くらいはあるな。
今の僕から見ると、せいぜい大きなボールってところで『巨大』とは感じられないけど、4階の高さなんだから人間の尺度で見れば大きいといえば大きい。
あのボールみたいなのが怪獣なんですかね?
動く気配もないけど。
「10分ほど前に、上空からあそこに転がり落ちた感じかしら」
ボールがぶつかったあたりの建物が少々破損しているけど、倒壊するほどの損壊でもなさそう。
ちょっと近寄って見てみますか。
「怪獣の持つ生体シグナルを感知しているからアレが怪獣なのは間違いないわ。気を付けてね国府谷先生」
――――― 生体シグナルなんてあるんですかー。
B・U氏がいつも怪物の出現が分かるのは、それを感知しているからなのかな?
ともかく慎重にそのボールに近寄ってみた。
すぐそばまで来たけど、特に変化はない。
エクスディクタムの手の甲で軽くコツコツと叩いてみる。
反応はないな。
中に何か詰まっているような感じがする。
――――― どうしましょう、ナビィさん。
これを叩き壊せばいいんですか?
それとも海の方にでも投げちゃいましょうか?
「そうね。壊しちゃえば今回の怪獣退治は終わりってことね」
――――― よーし。
僕は肘を上から落とすようにそのボールに叩きつけた。
エクスディクタムの肘は固く、僕は痛みを感じない。
固い肘の一撃を入れると、そのボールに亀裂が走る。
簡単に壊せそうだな……。
と思ったのに、割れた部分から何かが勢い良く上に伸びてきた!
な、なにあれ!!
うねるように、どんどん伸びていって、僕よりもずっと高くなったところで、上方で分岐した。
まるで木の枝のような形状だ。
うーん…?
驚いたけど、別にそれでどうなるわけでもないな。
上に伸びたみたいだけど…。
伸びた後は特に動いている感じもしないし。
「国府谷先生、怪獣の気配に集中して。
何か感じない?」
――――― 気配ですか。
ま、やってみますわ。
耳を澄ます。
人の声。サイレンの音。避難警報……。
それとは別に何か、音が聞こえる。
大きなものがゆっくりと動く音。
何かに遮られてくぐもって聞こえる。
その音が、段々と近くなってきているような。
一瞬置いて、僕の背後から固いものが割れる大きな音が聞こえた。
見ると地面がコンクリごと割れており、割れ目から長い触手のようなものが何本も出現している。
なにこれ?
にょろにょろしてる?
ナビィさん! ナビィさん、コレなんですかね!
「おそらくだけど、この怪獣はずっと地中に根を伸ばしていたみたいね」
――――― そ、そうなのか。
大人しいと思ったら、実はすでに活動してたんだな。
根っこの動きはそれほど速くないから、避けるのは余裕……!?
あ、いけない!
地面から出た根っこが、バスに巻き付いている。
バスから悲鳴が聴こえる。
人が乗ってるようだ。
助けないと!
僕は急いでそのバスに駆け寄って、根っこに手をかけた。
バスは幼稚園の送迎用バスのようで、オレンジ色の車体にかわいらしい動物の絵のコーティングがされている。
中にいるのは、幼稚園児と運転手の人みたいだ。
「あー! エクスだー!!」
「エクス―!!」
「カッコいー!」
幼稚園児のそんな声が聴こえる。
ちょっと照れちゃうなー。
手を降ってる。かわいいなー。
すぐに根っこを取ってあげるからね!
バスを壊さないように、根っこを丁寧に剥がさないと。
「国府谷先生! 足元!」
――――― え?
バスから根っこを剥がすのに気を取られている間に、僕の足首にもその根っこが巻き付いていた。
足に根が巻かれたまま引かれたみたいで、エクスディクタムが膝をつく。
それでもなんとかバスから根っこを剥がした僕は、できるだけ離れた場所に慎重にバスを置いた。
バスはエンジンをかけている。
バスが走り去るまでは僕が守らないと。
根っこがさらに増えてきている。
バスがまたつかまらないように僕は身をもって防いだ。
ようやくバスは走り出す。
それは良かったんだけど。
根がスルスルとエクスディクタムの身体に巻き付いてきた。
ま、またですか?
また巻き付かれてるの?
前にも怪獣マムシーラに巻き付かれたよね!
でも今回はマムシーラよりもずっと細い。
それが、全身にまとわりつくように手や足や胴体の周囲をクルクルと囲んでいく。
な、なにこれ!?
力を込めて引きはがすけど、次から次へと巻き付いてきて追い付かない。
遂には身動きが取れないほどに巻き付かれてしまった。
あれ?
僕、引っ張られてる?
根に巻き付かれたまま、僕、土中に引きずり込まれそうになってない?
すでにエクスディクタムの腰までが土中に埋まってる!
ええと、ええと!!
とりえあえず!!
――――― この怪獣の名前は『怪獣ダイルーツ』でどうでしょう!!
「余裕ね国府谷先生!」
――――― 余裕ないですわ!
ネーミングセンスがイマイチなのはピンチだからです!!
「いつもイマイチでしょ、ってツッコミ待ちね!国府谷先生!」
さすがナビィさん、分かってらっしゃる!!
って、ナビィさんも僕のネーミングセンスがイマイチだと思ってたんですか!?
とか言ってるうちに、エクスディクタムの全身は土の中に引きずり込まれていた。




