3 疑念と信頼
ちょっと前から変だなとは思ってたんだよ。
最近、やたら僕にしては起案速度が早かった。
B・U氏のおかげで食生活が良かったから健康的になってるのかと、あんまり気にしてなかったんだけど。
しかし今回の後藤晋也の一件。
自慢じゃないけど、僕って格闘経験皆無なわけでさ。
常識的に考えてこの僕が元プロレスリング選手の本気の突進を避けられるわけがない。
いくら相手がカッとなっていたとはいえ、何度も避けるのはさすがに無理。
それなのに、あの場面でかなり余裕だった。
スマホの録音を作動させた上、相手の行動を逐一実況までしちゃってる。
ひょっとしてなんだけど……。
以前、ナビィさんが言っていたことと関係があるのかも知れない。
『もともと人間にはなかった神経細胞が電気信号を通しながら少しずつ国府谷先生の体内にも構成されつつある』とか。
これって、僕がエクスディクタムに乗って『順応』が進むほど、なにか変化があるってことじゃない?
エクスディクタムの操縦には副作用があるのかも。
今のところ、仕事は順調だし後藤晋也の一件にしてもケガせずに済んだわけだから悪い事態じゃない。
でも、そうそうウマい話なんてないものです。
良いことと悪いことは裏返し。
例えば、今は好調であってもその分、後日ガタがくるとか老化が早まるとか。
何か悪い作用があるかも知れない。
ひょっとしたら僕の身体が変に組み替えられて、例えば不老不死とか、人間じゃなくなるとか。
最終的には人間社会で生きられなくなってしまうとか
僕がエクスディクタムに吸収されてまうとか
そういうホラー展開もあったりして……。
って、自分の想像力が怖いわ!
弁護士は常に最悪の事態を想像する職業だからね!
つい無駄に想像力を働かせてしまうもんなんです。
そういった悪い事態が仮にあったとしたら、B・U氏やナビィさんはそれを僕に黙っていたことになる。
エクスディクタムへの『順応』を促進させるために、僕が怪獣退治以外の目的であっても搭乗することを「推奨」するとか言っていたな。
僕をエクスディクタムに順応させるために、彼らは意図的にそのへんのことを説明しなかった……、なんてこと、あるんだろうか。
――――――――――――――――――
事務所に戻ると、米山さんが僕に駆け寄ってきた。
「国府谷先生! さっき電話で連絡をもらったときはビックリしましたよ。
お怪我はないんですよね?」
「うん、運良かったみたい」
「さすがうちのボスですわ」
褒められた!
前にもこんな会話したなぁ。
「大変でしたけど、成果はありましたよ。
後藤晋也のあの件は証拠に出せば相手も強くは出られないでしょ。警察に被害届も出しちゃいましたからね。バカでなければ向こうから示談を持ち掛けてくるかも知れません。
スマホで録音したデータを事務所のPCに転送したから、米山さん文字起こしお願いします」
「まあ。よくそんな状態で録音まで取れましたね」
「プロですから!
僕もそろそろベテランとしての実力がついてきたってことかな!」
「国府谷先生は十分ベテランですよ」
「ふふふ~」
ご機嫌。
「そうそう米山さん。これ京都のお土産です。抹茶チーズケーキ!さっそく食べましょ」
「あ!やったぁ!
お茶煎れてきます」
府をまたぐ出張に行くときには米山さんにお土産を買って帰ることにしている。
法律事務所にとってはパラリーガルは宝物ですから、常に気遣いを忘れない。
B・U氏の分のお土産も忘れずに買ってある。
彼の分は、どうせ僕も一緒に食べるから酒のつまみにもなる『抹茶手羽先』。
抹茶塩で味付けした手羽先だね。
……うーむ。
つくづくB・U氏達は、僕の日常に馴染みきっているな。
僕は知らない間に警戒心を解き過ぎていたんだろうか。
つい忘れがちだけど、相手は得体の知れない宇宙人なんだ。
今日は帰宅したらしっかりとB・U氏に問いたださないと。
抹茶手羽先での晩酌はその後ね!
お茶が入るのを事務所の応接用ソファでのんびり待っていたところ、スマホに着信があった。
例によってB・U氏だ。
こういうときの電話は大抵は「帰りに食材を買ってきて」か「怪獣が出ました」のどっちか、または両方なんだよなぁ。
「はい。もしもし」
『怪獣が出現しました。エクスディクタムの操縦お願いします。
それと自宅に国府谷先生が注文していたビール3ケースが届いています。
ビール消費量が先月よりも微増です。確認のため』
うう……。
つい相伴相手がいるとビールが進んじゃうんだよね。
最近は帰宅してB・U氏とビール飲むのが楽しみになっててさ。
今晩も抹茶手羽先をつまみに飲むのはほぼ確実だし……。
しかし……。
こうも甲斐甲斐しく僕の健康状態を気にしてくれるB・U氏が、僕を騙してエクスディクタムに搭乗させているなんてことがあるだろうか。
確かに、いろいろ説明漏れがあるのかも知れないけど、人間の感覚とズレてるあの人のことだ。
説明漏れがあったとしても
「それは気にすることでしたか」とか言いそう。
それにね。
なんだかんだいって僕はかなりB・U氏やナビィさんのことを好きになっているみたい。
信じたいという気持ちがあるんだよ。
――――――――――――――――――
「いらっしゃーい、国府谷先生!会いたかったー」
エクスディクタムに転送されると、毎回のことながら暗闇の中でナビィさんに熱く歓迎される。
――――― ナビィさんに歓迎されるのは悪い気分じゃないけど、今回はしっかり聞いておかないとあかんことがあるんですよ。
「あら?なにかしら。
怪獣の様子がちょっとおかしくて、妙に大人しいの。
怪しいといえばそうなんだけど、少しなら会話しても街は平気みたいよ」
――――― おや。今回は大人しい怪獣なんですか。
いきなり破壊行動に出られるよりはみなさんが逃げる時間が稼げるのはいいね。
「ともかくニューロン交感開始!
会話しながら進めちゃうわね」
おおっと。また心地よい刺激が全身に走り抜ける。
――――― そうそう、これこれ。
ナビィさん前に
「もともと人間にはなかった神経細胞が電気信号を通しながら体内に構成されつつある」って言ってたやないですか。ソレってどういうことなんですか?
B・Uさんもよく言っている「順応」が進むと、何か僕に起きたりしませんか?
「説明してなかったかしら?
エクスディクタムには人間と似たような器官が国府谷先生の身体情報に応じて形成されているけれど、他にも人間の持たない器官や感覚、能力を備えているの」
そんな話を聞いた覚えもあるかな。
「人間にはそういった器官がない以上、脳から出る指令伝達のための回路もないわ。
だから本来の人間であればエクスディクタムの性能を全部使うことはできないの」
そうでしょうねぇ。
「だけどエクスディクタムと神経回路を何度か繋いでいるうちに、エクスディクタムの機体から器官情報がフィードバックされて、国府谷先生との間にその回路が構成されていくってわけ。それが『順応』ね。
エクスディクタムとの伝達交換を繰り返すことにより『平均化』が起きると言ってもいいかしら」
平均化?
――――― それって僕がエクスディクタムに近くなっていくってことなんですか?
だからエクスディクタムに乗っているときのように周囲の動きを緩慢に感じたりしているんですか?
まさかそのうち僕がエクスディクタムに取り込まれるということはないんでしょうね?
「まあ!そんなのがあったらステキね!
ずっと国府谷先生と一緒にいられるわけなんだから」
――――― いやそれ、シャレになりませんて!
「そうね。残念ながら、エクスディクタムが国府谷先生を取り込むということはないわね。あくまでエクスディクタムのパイロットとして主導権を持つのは国府谷先生なんだから。
国府谷先生が降りたいと思えば降りることは常に可能だし、今後もそれは変わらない」
――――― それはちょっと安心しました。
「それに神経回路なんて所詮エクスディクタムを動かすための回線みたいなものですもの。それが繋がったところで、国府谷先生自身が人間の枠を超えるような変化を起こすことはないと思うわ」
――――― そうなんですか?
でも最近、僕、ちょっと調子が良すぎるんですよ。
頭の回転が速くなっているし、動体視力が上がっているというか……。
つまり、時間がゆるやかに感じるようなところがあって。
「エクスディクタムとの間で高速の神経伝達を繰り返しているから、流れが良くなっているというのはあると思うわね。
でもそれも例えるなら血流が良くなる程度のことで人間の常識を超えることはないから心配するようなことは……」
ナビィさんはやっぱり聞けばちゃんと説明してくれる。
「といっても、地球人のパイロットって初めてだからどうなるか分からないのが正直なところなんだけどね! てへ♪」
――――― って、ナビィさあああああああああんっ!!
最後なんでそんなかわいく言うんですか!
……まあ、それはともかく。
僕は確かにB・U氏もナビィさんも、信じたいと思うようになっている。
それは、緊張感のない日常生活を共に過ごしているからだけじゃない。
質問すればこうやっていつも説明してくれるから。
信頼関係ってそうやって築いていくものなんだと思う。
良い情報も悪い情報も隠さず公開し、相手の疑問点には真摯に応える。
僕は多分、B・U氏やナビィさんとの間で、顧問契約に必要な信頼関係を築けつつあるんだと思う。
とかいううちに、視界が広がった。
神経接続が完了したんだな。
さあて、今回の怪獣はどこかな?
エクスディクタムの視力を持ってすればかなりの距離があってもハッキリ見えるはず。
という割には前回も前々回も、怪獣を見つけるのに手間取ってたような気もするなー。




