5 プロとしての仕事
そういえばナビィさんに聞きたいことがあった気がするんだよな。
そうそう、さっき気になることを言ってた。
『もともと人間にはなかった神経細胞が電気信号を通しながら少しずつ国府谷先生の体内にも構成されつつある』とか。
だけど僕ってば、ちょっと浮かれてしまっていたみたい。
聞くのすっかり忘れてました。
まあええでしょ。
それはまた今度。
僕は考えなくちゃいけないことがたくさんある。
ホントのところ、考えていたいのはあの美しいヒトのこと。
だけど頭を切り替えないと。
今は法律相談の最中だった。
後藤さん、落ち着いただろうか。
夫に殴られた痕が痛々しかった。
エクスディクタムから再び事務所の給湯室に転送された僕は、まずは時刻を確認する。
さっきスマホで着信があった時刻と照らし合わせて……。
おや。まだ15分程度しか経ってないぞ。
随分早く済んだんだな。
このペースで怪獣退治ができるなら、僕の日常にあんまり支障が出なくて助かるけど。
でも実感としては少なくとも2時間くらいあったような気がするんだけどねぇ。
あのヒトとの逢瀬の時間だって、一瞬の間とはとても信じられない。
ともかく急いでお茶を入れ、相談室に戻った。
「すんません、時間かけちゃって。お茶入ったんでどうぞ」
米山さんが僕を見て頷く。
どうやら後藤さんが落ち着いたらしく、タイミングが良かったようだ。
「後藤さん、相談にいらしてくれて本当に良かった。
大丈夫、もう心配要りませんからね。
まずはあなたの身の安全と、早いうちに証拠の確保といきましょう」
とりあえず安心させてあげないと。
お茶をすすめてリラックスしてもらってから話を聞く。
後藤さんはポツリポツリと話し始め、段々と事情が分かってきた。
後藤さんの自宅は京都だった。
わざわざ府をまたいでうちの事務所に来たのは、夫に知られるのを心配してとのことらしい。
法律事務所に入るところを知人などに見られて夫の耳に入ることを恐れたようだ。
相当ひどい目に遭ってるんだな。
「あなたの傷を見る限り、正直あまり家に戻るのはおすすめしないのですが、身を寄せる場所はありますか? 実家とか。金銭的に余裕があるなら別居先が決まるまでは当座ホテル暮らしをするとか。DV被害者支援のシェルターを紹介することもできますが」
「……ありがとうございます。夫は今朝から海外出張中で2週間は戻らない予定ですので、今日は自宅に戻るつもりです」
「そうですか。ただ、本当にもう配偶者の方に会うのは避けた方がいいと思います。大袈裟ではなく場合によっては命に係わりますから。ところでケガの診断書は取られていますか?」
「今回の分はまだですが……。今まで何度か同じようなことがあったので、そのときにも診断書は取ってあります。もう、かなり以前から離婚を考えていましたし……」
「賢明だったと思います」
うん、これなら比較的順調に話が進みそう。
DVの証拠が固まっていれば、相手が離婚に同意しない場合であっても法定離婚事由として認められる可能性が高いし、慰謝料が取れれば後藤さんの今後の生活も助かることだろう。
この手の事件は、いろいろ気を付けることがあるけど、今日は後藤さんとの間で本件を受任することで話がまとまった。
後は電話で細かく連絡を取って進めればいいね。
この件は本日はこれでおしまいっと。
―――――――――――――
法律相談を終え後藤さんが事務所を出るのを見送った僕は、相談受付票に必要事項を記載した。
「よっしゃ、書き終わりっと。
米山さん、これ相談録の中にファイルしておい……」
「あ―――――――っ!」
「え!? どないしてん!?」
米山さんが大きな声出すから驚いちゃった。
「あ、すみません国府谷先生。
もう相談受付票作ったんですか、随分早いですね」
「それはまあ。
それより何? 大きな声出して」
「先生もまだご存じないですよね!
先生が受付票書き終わるまでの間にと思って、スマホでニュース確認してたんです!」
「うん?」
「そしたら怪獣!また怪獣出たんですよ!!
今回は愛媛県ですって!」
ああ、それね。
ここはちょっと驚いておくかな。
「え!? また!?」
「すごいですよね!今回は明るい時間だからかなり映像が取れたみたいですよ。リアルタイムでニュースでも流れたって!ああもう、見逃しちゃった!
でもまあ、あとでニュースで出ますよね。仕事終わってからの楽しみにします」
米山さん、そんなに怪獣楽しみにしとったの?
正直、引くわー。
「エクスの映像、たくさん出てるといいなぁ」
「米山さん、怪獣とかエクスとか、興味あるとは思わんかったですわ」
「そりゃあ興味ありますよ。最初に出現したときには被害がすごくて怖かったんですけど、二度目以降ってエクスがすごく短時間で怪獣を倒しちゃうじゃないですか!被害も少なくて。
こんな正義の巨大ロボットが現実に出現しちゃうなんて、人生何が起きるか分からないなって」
興奮してますな。
「そ、そやけど……。
でも少ないといっても、それなりに被害も出てるやないですか。怖くない?」
「うーん、怖さに現実感がないというか……。
被害は出てますけど、喜んでる人達もいるみたいですしね。土建屋業界とか。
その関係で、あっちの業界は景気良い話で盛り上がってるみたいです」
「な、なるほど……」
確かに、小規模な破壊であればむしろ日本はダメージを受けるどころか景気が活性化するといえる……。
「それに怪獣が出たらエクスが助けてくれると思うと、なんだかワクワクしません?」
ワクワクかぁ……。
こっちは色々と建物とか壊しちゃってハラハラしとるんだけどな。
人を踏みつぶしちゃったらどうしようとか……。
あのヒトに会えるかもって点だけは期待しちゃってるけど。
「で、今回は愛媛の件、犠牲者は出なかった?」
これを確認するのも毎回、内心ビビッてしまってるんですよ。
「ケガ人は出たようですけど、死者はいなかったみたいですよ」
ふー。
ひとまずホッとしちゃった。
もしも人が死んでしまったら。
そしてそれが怪獣じゃなくて僕の操作によるものだとしたら……。
多分、僕はそれでも自分の中で折り合いをつけると思うし、その覚悟もしたつもりだ。
『悪いのは僕じゃなくて怪獣だから』
『自分がやらなければ、もっと被害が大きくなっていたんだから』
『緊急避難だから』
それは十分な理由になるといえる。
でも僕はきっと苦い気持ちを抱えるんだろうなって思うんだよ。
この気持ちに似たものを知ってる。
刑事事件で、明らかに無罪と確信している被告人が裁判で有罪になってしまったとき。
必死に無罪を訴えても、全力を尽くしても、今の日本の司法制度では残念ながら冤罪の可能性は極めて高いと言える。
そのときの、刑事弁護人の気持ち。
自分の力が足りなかったのか、そのせいで罪のない被告人を刑に服させてしまうのかと自問する。
……死刑判決が下りる場合だってある。
仕方ないとは分かっている。
冤罪を作ったのは弁護人である自分じゃない。
見抜けない裁判官が悪い。
人質司法で自白させる検察が悪い。
そんな司法制度を運用させている国の制度が悪い。
けれど、彼らは自分の判断を正しいと信じている。
結局、被告人の無罪を確信していた弁護人だけが罪の意識を抱えることになるんだ。
この重さが耐えられなくて、刑事事件を避けてる弁護士も多い。
だけどプロなら、その重みを自覚した上で、耐えなくちゃ。
エクスディクタムを操縦して怪獣を倒す契約を締結した以上、僕は責任を果たそうと思っているんだよ。




