1 ドライブデート(違)
土曜はB・U氏とドライブの予定だし。
勤務時間内に仕事を済ませて、家に仕事持ち帰らんで済むようにしたろ!
そんな気合が入ったからか、極めて順調に仕事が進んだ。
特に起案……ちなみに『起案』ってのは、法律家の用語で文章作成一般を指す。
ともかくそう、特に起案がすごく捗った。
「よっし、準備書面書き終わりっと!」
しっかりと時間をかけて作成した書面で、3時間くらいかけたかな?と思って時計を見るとまだ1時間しか経っていなかった。
仕事が順調なのはええことや。
僕もやればできるやんな!
そんなわけで今週は自宅に仕事を持ち帰ることなく、晴れ晴れとした気持ちで週末を迎えることになりました。
でもって当日。
良い具合に晴れとる。
といっても車で移動するだけだから、雨天でも決行するつもりだったけど。
ドライブいうても、近場を回るだけだし。
それほど朝早くに出るわけではない。
こういうのんびりした外出ってええよなー。
「B・Uさん、準備はええですか?
先に車内で待っておるんで後から来てください」
一緒に駐車場に向かっているところをマンションの他の住人に見られるのは困る。
念のために時間をズラして車に乗り込んだわけです。
「お待たせしました」
B・U氏が遅れて車の助手席に乗り込む。
彼の服装は、初めて会ったときと似たようなものだった。
ブカブカのスエットのような服の上にパーカーを羽織り、フードを目深くかぶっている。
顔にはサングラスとマスク。
近頃は僕の服を着てることが多いから、この格好は久しぶりに見る感じがするな。
「B・Uさんはその服装がお好きなんですかね」
「私に嗜好はありませんが、国府谷先生と同じ容姿や体格であることを他の人間に悟られないためにはこの格好が妥当であると認識しています」
なるほど。体型カバーの服装か。
確かにジャストサイズの服を着てたらいっそう僕と似てるのがバレバレになるな。
ともかく車を走らせた。
神戸港までは40分くらい。
そのあたりで昼飯に美味いもん食って、そこから先は適当に海の近くを車を走らせようかな。くらいの大雑把なプランだ。
淡路島まで行ってもええかも。
車を運転するのは気分転換になるわ。
「国府谷先生。機嫌良く運転しているところ恐縮ですが、今から打ち合わせをしませんか。後でも構いませんが」
「いや、大丈夫です。打ち合わせしましょう。
そうですね、まずは先日の怪獣マムシーラの件ですが、アレが釧路に出現した点についてはどうなんですか?
釧路地方裁判所の近隣の方には申し訳ないですが、僕としては大阪に来なかったことに少々ほっとしてもうたんですが」
「今回の件で判明したことは、大きく見て二点。
まずはジャミングに効果があった可能性が高いこと。そして、分散配置した国府谷先生の『要素』の餌に怪獣が引っかかったとは評価しづらいことです」
「そうなんですか? てっきり『餌』というのにかかったから北海道に出たのかと思ったんですが」
「私はダミーを日本国内には配置していないのです」
「え? そうなん? じゃあ海外ってことですか?」
「海外であったり、海洋であったり、地下深く、上空高くであったりと様々です。日本国内に配置しなかったのは、ジャミングにより国府谷先生の痕跡が日本国内の範囲に散っているため重複を避ける目的です」
なるほどなぁ。
ところで、そんな場所に怪獣が現れた場合にエクスディクタムで行けるんかな。
……行けるんやろうなぁ。知らんけど。
「怪獣の狙いとなる『要素』が判明すれば、怪獣の出現場所をコントロールできますから国府谷先生としては都合が良いかと思うのですが、今回は残念ながら及ばずということです」
「まあええですよ。今後も引き続いて調査をしてくれるんでしょ?」
「国府谷先生がそれを望むのでしたら、そうします。
ところでそろそろおススメのテイクアウトランチの店一軒目が近いのですが、国府谷先生、昼食はここで購入しますか? もう何軒か候補はありますが」
「お。ここのテイクアウトおすすめメニューってどんなですか?」
「近江牛の希少部位カイノミとササミ、阿波尾鶏、フォアグラを特製BBQソースでまとめた焼肉丼だそうです。お値段は1350円。
味の評価は高く、コスパも良い方でしょうね」
「く……!!! B・Uさん、なんでそんな僕の好みをピンポイントで突いて来ますか!そこで決めますわ」
「では今から電話で確認します」
「お願いします!!」
電話で注文をして、それから店を探し、無事テイクアウトのランチを受け取ることができた。
B・U氏、マジに有能!
さすが僕と同期してるだけある!
僕もこの手のメシ屋探すのは結構自信があるんだよ。
いつか女の子とデートするときにはセンスの良さをアピールできると思うんだけど、今のところそんな相手はいないな。
ふう……。
神戸港の景色の良い駐車場に車を停め、僕とB・U氏はテイクアウトランチをいただきました。
んー
うまいー
しあわせー!!
「B・Uさん、あんたのセンスは最高や!」
「国府谷先生、それは自画自賛というものです」
「すんまへん」
そんでもって食後の休憩。
車内で座席の背もたれを倒し、体重を預けて目を閉じていた。
会話を交わさずとも気まずくなることもなくのんびりできる相手という意味では、B・U氏はホントにね、悪くない同居人だと思う……?
あれ?
不意に影が差した気がして、目を開いてみた。
なに? どうしたん?
すぐ目の前に僕の顔が……って、毎回だけどB・U氏だ。
食後すぐだからか、マスクを取っている。
僕の上にのしかかるように身を乗り出してきた。
「な、なんですか、B・Uさん!?」
「……おかしいですね」
「いや、おかしいのはB・Uさんでしょ、なんでそんな近い……!」
今度はB・U氏は僕の顔に手を触れる。
そのまま額をものすごく近づけて来て……!!
近い!近いって!
「やはりおかしい」
「どうしたんですか!!
ちゃんと説明したってや!」
ギュウギュウに間を詰めてくるもんだから、さすがに僕はもうビックリしてしもうて、彼を両手で押し戻した。
「ダメや、B・Uさん、こんな車内でなんて……、僕には心の準備が……!」
「先ほどから、同期にエラーが生じています」
「同期にエラー?
エラー起こしとんのは僕の方ですわ!」
僕、何を口走ってるんだ!
というか、それとB・U氏の接近に何か因果関係が!?
「説明します。国府谷先生との同期は自動同期設定になっており、定期的に同期しているのですが、どうも同期にエラーが生じているのです。
同期自体は通常は非接触で行うものです。しかし接続状態が悪い可能性があるかと考え手動で接触型同期を試しました。ですがエラーは変わりません」
なにそれ……。接触型同期?
「国府谷先生さえ良ければ、もう少し密着した接触による同期を試みたいのですが」
「やめてください」
「ではやめましょう。
結果は変わらない可能性が高いですしね」
はー、ビックリした。
何かと思った。
あと、もっと密着した接触ってなに?
……考えるのはやめとこ。それより
「エラーってどういうことですか?」
「国府谷先生の記憶の一部について、同期にエラーが生じているのです。
具体的に言うと、怪獣マムシーラの毒で国府谷先生が意識を失ったあたりなのですが」
「そら、意識がなかったから記憶がないとかとちゃいますか?」
「それならば『エラー』という形にはならないのです。
何かの干渉があったと考えるべきかも知れません」
『干渉』……。
そういえばナビィさんもそんなこと言ってたな。
『ちょっと普通じゃない』とか。
それって、アレだよな。
僕が夢のようなものを見ていた時間。
あの、美しいヒトに会ったときのこと。
そうか。
あのヒトのこと、B・Uさんに聞いてみたかったけどあのヒトの記憶はB・Uさんには同期されてへんのか。
「まあ記憶が同期できんというなら、口で説明しますわ。
僕、あのとき暗闇の中で、めっさ美しいヒトに会いましてな」
言葉で説明できる範囲では説明した。
あの美しさは筆舌に尽くしがたく、どんなに言葉を尽くしても表現できるとは思えないんだけどね。
あのヒトは僕に何かを伝えるつもりだったんじゃないかな。
音楽のような言葉の意味が、あと少しで分かりそうだった。
「なんか心当たりとかありますかね、B・Uさん」
「それだけでは何とも……。ただ、私やナビゲーターの認識を妨げることができるとなると、かなり高度な存在である可能性があります。警戒するに越したことはないかと」
「でも言葉でコンタクトを取ろうとしてたわけだし、こっちに敵意があるとは思えないんやけど」
「どうでしょうね。私には判断つきかねます」
ふーむ。
ともかくあの美しいヒトの手がかりはナシか。
B・U氏なら何か分かるかと思ったんだけどなぁ。
どうしたらまた会えるんだろう。
怪獣が出たら、また会えるかな。
僕がピンチになったら、助けに現れたりしないだろうか。
エクスディクタムの翻訳機能がもっとちゃんと使えたら、もう少しコミュニケーションを取れるだろうか。
そうしたら、まずは名前を聞こう。




