5 また会えますか?
ええと、ここはどこかな?
さきほど僕は、怪獣マムシーラの牙に噛まれて、それで視界が暗くなって。
今は、暗闇の中。
何も見えない。
ひょっとしてエクスディクタムとの接続が切れたんだろうか。
「ナビィさん? ナビィさん聞こえます?」
返事がない。
『…$’&’”%……$♪………[……』
え? 何か聞こえる?
『…♯……”#$!%”……✴……?』
『音』が聞こえる。
とてもキレイな音だ。
氷柱を楽器にしてマレットで撫でたような音。
透明で、済んだ音楽のよう。
ん?
目の前になんとなく薄ぼんやりと明かりが見えるような。
その明かりのようなものは次第にはっきりとした形になる。
何かが僕に近づいてきている。
「誰かおるんですか?」
『……@=﹢◊*゜/……※✰*。;-……』
さっきから聞こえる音は、この目の前のモノから発せられているようだ。
目前に迫る存在だけが暗闇の中ではっきりと形を保って見える。
その存在だけ浮き上がって見えているという感じ。
大きさは僕と同じくらいかな。
全体的に人のように二本の足や二本の手があって、頭部があるように見える。
だけどどれも『人』の持つソレよりも繊細で、優美な曲線を描いている。
とても『人』であるようには見えない。
全身の色は透明感のある深い緑?いや紫色か?
表面が波のように揺らめき微妙に色が変化する。
光が全身に流れて脈打っているようだ。
頭部にある瞳のようなものは、目というより純度の高い鉱石を埋め込んだ工芸品のよう。
そんな言葉で表すのが陳腐なくらい、とてもキレイだった。
僕は一体何を見ているんだろう。
こんなに美しいものが『人』であるはずがない。
それどころか地球上に存在し得ない。
この機会を逃したら、こんな奇跡のように美しいものを見る機会は二度とないに違いない。
夢だとしたら、せめて記憶に少しでも残しておきたい。
そんな気持ちで僕は目の前のものを凝視した。
瞬きする時間すら惜しい。
『……✰*。$”&(……/.=”%’∈……%’✰*。』
この澄んだ美しい音色は、やはり声なのかな。
まるで音楽だ。
目の前にある存在は人間ではない。
だけど、異質なものを初めて目にするときのような恐怖は感じない。
ただひたすら、惹き付けられる。
今までの人生で感じたことがないほどに。
「なにか、僕に言いたいことがあるんですか?」
『……※゜・#$[✴t!、.?/゜&;……∈✡#'、』
分からない。歯痒い。
自分に向けられた美しい音楽を聴きながらその意味が分からないなんて。
そうだ。
もしもこの『音』が『声』だとしたら、エクスディクタムの翻訳機能が使えないかな?
接続が切れてるなら無駄かも知れないけど。
本来僕には存在しない感覚に意識を合わせてみる。
エクスディクタムの脳の知覚作用と、聴覚に集中して。
『……”✡$%✰*。♪8T;∈…✰*。&……=』
この美しい音がもしも声なら、僕はその意味を知りたい。
『'&…ヲ…✰*。=&……✰*。ス✡'%…K』
もう少し……
『kミヲ………✰*。=&…スケ'%…L』
なに?
あと少し、あと少しで……
――――――――――――――
「国府谷先生!?
大丈夫? 意識は戻った?」
―――― あれ?
今度は分かる。ナビィさんの声だ。
さっきのあの美しい音とは違う。
いや、ナビィさんの声が悪いと言ってるわけやないですよ!
ナビィさんも素晴らしい美声の持ち主やと思います!
「そんなフォローしなくていいのよ。
でも音なんて聞こえたかしら?」
―――― いや……、僕意識なかったん?
だとしたら夢だったのかな?
「そうとは言い切れないわ。
何かが国府谷先生の意識に干渉を試みたのを確認したから。
ただ国府谷先生と脳神経が繋がっている私にも把握できないとか、ちょっと普通じゃないわね」
―――― 干渉?
ってことはアレは夢じゃないのか。
そっか。
ともかくナビィさん、状況はどうなっているんですかね?
「えっと。エクスディクタムは怪獣マムシーラに飲み込まれちゃった」
―――― マジかいな。
「もう少し詳しく言うと、怪獣マムシーラに毒の牙を突き立てられて、その作用で国府谷先生の意識レベルが低下したの。その間にエクスディクタムは怪獣マムシーラに飲み込まれちゃったわけ。
でもエクスディクタムの持つ回復能力でその毒はすぐに無効化されたから国府谷先生の意識も戻ったみたい。オーケー?」
―――― 多分オーケーです。
毒も無効化しちゃうとかすごいね!
「とにかく意識が戻ったなら怪獣マムシーラの体内から脱出しましょうよ。溶解液であふれててベタベタしてイヤだもん。
まあエクスディクタムはそう簡単には溶けないから集中して武器を生成しても大丈夫」
―――― それは良かった。
あと、今回の失敗を教訓に、今後はちゃんと相手の行動を制圧するなりして集中しても問題ない状況を作ってから、武器の生成をするように心掛けたいと思います。
「言われなくても改善点を確認しちゃうあたり!
さすが国府谷先生!エライ!!」
―――― ふふふ!
失敗は経験として活かすタイプなんですよ僕。
あとナビィさんは褒めて伸ばすタイプだよね。
ともかく武器を生成します。
千枚通し~っと。
「生成完了。早い!慣れてきたわね!
もう使用できるわよ!」
―――― 了解、ナビィさん!
では行きます!
―――― くらえ必殺!!
サウザンドクラフトピ―――――ック!!!
内部から千枚通しで貫かれた怪獣マムシーラは悲痛の叫びをあげた。
まだまだ!
裂けたところを鷲掴みにして、そのままヤツの胴体を引き裂く。
一部を割くと、まるでウナギの皮が剥がれるかのようにその裂け目が広がる。
キレイに二枚に下ろすことができた。
ちょっと気持ちイイ。
胴体の裂けた怪獣マムシーラは、少しの間ピクピクと動いていたけれど、間もなく細かく分解されていき遂には塵も残らずに消えた。
勝った!
「おみごと!国府谷先生!
カッコいー!!」
―――― ありがとー!
ナビィさーん!
こうして北海道釧路市に平和が戻った。
夜だし、人いないし、ギャラリーも多分ほとんどいなかった。
それでも瓦礫と化した釧路地方裁判所が怪獣の痕跡を残している。
今回も映像にはほとんど残っていないだろうけど、別にそれが目的じゃないし。
さて、あとは自宅に戻ってトイレ行って寝よう!
B・U氏との打ち合わせは明日にします。
夜はちゃんと睡眠をとるべき!
それが最高のパフォーマンス発揮に必要なことだから!
ただ、気になるのは一点。
あの美しいヒトは一体誰なんだろう。
最後、あと少しで意味が分かりそうだった。
何かを僕に語りかけてたんじゃないだろうか。
意思の疎通を求めてくれるなら、敵ではない可能性が高いはず。
とても印象的な瞳だった。
あの目に見つめられて、まるで心臓を掴まれたようにドキドキした。
またあのヒトに会えるかな。
会えるといいな。
『人』じゃないとは思うけど。
僕はあなたのことがもっと知りたい。




