4 尊い犠牲
本来僕には存在しない感覚。
エクスディクタムの脳の知覚作用と、聴覚に集中して怪獣の声を聴き取る。
『帰れ』
そう聞こえた。ような気がする。
なんだ。
すごくマジメに聞き取ったと思ったら。
なんのことはない。
邪魔だからおうちに帰って寝てろって言いたいのね。
って「帰れ」ってこっちのセリフだと思うんだけど?
地球に入国許可ならぬ入星許可とかいう制度があるわけじゃないですが、やはり外交上正式な手続きを踏んでいただきたい。
あと日本を破壊とかしないでください。
大体、僕だって帰って寝たいんだ。
エクスディクタムに搭乗してるせいか眠気みたいなのは感じないんだけど、睡眠の途中だったんだから。
健全な精神のためには睡眠は大事ですよ。
ところで、言葉があるということは怪獣には思考があるということなんだろうな。
やはり怪獣には何か目的があって出現しているということか。
――― とにかくそろそろ言葉に集中するのはやめて、この怪獣を振りほどかないと。
さっきからもがいているんだけど、どうもこの怪獣マムシーラの身体には柔軟性があって力が分散されちゃって振りほどけない。
なんとか外したいんだけどな。
「どこかに体当たりしてみたらどうかしら」
――― お。ナビィさんのアドバイス!
よっし、このままなんとか壁に体当たりを……。
怪獣マムシーラに巻き付かれた状態で身体を動かす。
マムシーラ、重さは大したことない。エクスディクタムは力持ちだからね。
そのまま横目で見た5階建てと思われる建造物に勢いをつけて衝突した。
5階建て建造物は、エクスディクタムの高さよりはずっと低い。
上から落ちる感じになっている。
この建物、明かりはほぼ消えていたし恐らくあまり人は残っていない。
誰も犠牲にならないことを願います。
建物はエクスディクタムと怪獣マムシーラの体重を受けて、上部から崩壊した。
これは全壊ですね。
それにしても、こんなほとんどなんもない場所でこの建物だけはなかなか立派だった。
何の建物なんだろう。
「位置情報から見ると、この建物は『釧路地方裁判所』ね」
――― ああ……。
また裁判所が壊れてしまったのか。
確かに以前は「裁判所がぶっ壊れちゃえばいいのに」なんて思ったこともあったけど、そろそろええですわマジに。
でもま
民家の犠牲よりはいい。
保険が下りない状態で民家が被害に遭うのはひど過ぎるし。
ともかく、衝突の衝撃で怪獣マムシーラが僕を締める力が弱まった。
その隙に僕はマムシーラの囲いから脱出し、距離を取ることに成功した。
やった!
釧路地方裁判所、尊い犠牲だった!
この犠牲は無駄にしないぞ!
距離をとれたものの、またも怪獣マムシーラは地を這い、エクスディクタムの足元に迫ってきている。
裁判所の敷地内に駐車場があって、あまり車は置いてなかったようだけど、残った車を弾き飛ばしながらマムシーラは蛇行して移動している。
あー、あの車メチャクチャや。
誰の車だろう。当直の人かな?
まだ新車っぽい。災難だなぁ。
ともかく最初はちょっと怪獣マムシーラを認識するのが遅れてしまったので巻きつかれちゃったけど、把握さえしておけばエクスディクタムのスピードと認知機能をもってして避けるのは簡単だな。
あとは、どうやって攻撃するか……。
――― どうしようか、ナビィさん?
周辺にあまり人家はないとはいえ、被害が大きくならないうちに退治したいんやけど。
「そうねぇ。さっきから見てる限りコイツ柔軟性が高いから打撃系には強そうよね。
溶岩怪獣を倒した手は多分使えないと思うな」
――― 僕もそう思います。
多分、あのときみたいに蹴りを入れるのは効果ないんじゃないかな。
やっぱり武器『サウザンドクラフトピック』(千枚通し)を生成して串刺しにするのがいいかな。
ナビィさん、武器を生成しようと思います。
「いいわ。じゃあ使い慣れた千枚通しを想像して」
――― オッケー
僕は自分の手元に集中する。
何枚もの紙を貫いて書面を整理した千枚通し……
「あ! 国府谷先生!!気を付けて!!」
――― ナビィさん?
え?
どうやら武器の生成に集中していたせいで僕に隙が出来てたみたい。
そりゃそうだよね!
怪獣だって僕がぼーっと考えていたらチャンスだと思うよね!!
ああもうっ!
僕は戦闘職じゃないから、こういうのホントにダメなんですって。
顔を上げると、目の前に……。
これは、蛇の口?
大きく開かれた口。
そういえば蛇って自分の何倍もの大きさの動物を飲み込めるほど口を大きく開けるんだっけ?
そういう特殊な顎を持ってるんだよね。
この怪獣、ホンマに蛇そっくりやな。
とか冷静に考えている場合ではなく、怪獣マムシーラの鋭い牙が僕の肩に突き刺さった。
い、痛い!!
これは、痛い。
注射みたいに痛いです。
「大丈夫?国府谷先生。
待って今噛まれた部分を分析……」
――― ご心配なく、痛いけどまあ耐えられないほどでは……
ない、ん……で、大丈夫、ですわ……
「国府谷先生!?
コレ、多分、毒物……」
――― あれ?
おかしいな……。
ナビィさんの声が聞き取りづらいな。
それに、視界がボヤけて……。
あー。
分かりました。
コレ、ダメなヤツだわ。




