1 一緒に食べる食事は美味しい
怪獣クイラーを倒して、あれから1ヶ月くらい経ったかな。
僕はといえば相変わらず毎日普通に仕事してます。
変わり映えしない毎日と思われるかも知れないけど、実際、怪獣さえ出なければ僕の生活は変わる要素はないわけだしね。
本日、午前中は貸金返還請求事件の期日に出頭してきましたよ。
民事事件の期日は、月に1度くらいのペースで『通常の進行』と言われる。
一ヶ月ごとに裁判所に行って裁判やって、次の1ヶ月後までに前回の進行を踏まえて相手の主張に反論したり、主張や立証で必要な部分を整理・補充したりする。
それをある程度重ねて、大体の主張立証が出そろったところで判決という流れになる。
本日の裁判は大阪地裁で予定されていた期日なんだけど、1ヶ月前に地裁は怪獣クイラーが壊してしまった。
瓦礫は早々に撤去され、今は仮設の建物で期日が開かれている。
幸い、裁判所の付近は土地が空いているから、仮設の建物を建てるにはちょうどいい。
ホント、怪獣は迷惑だよね。
くれぐれも言うけど、裁判所を壊したのは僕じゃないから。
あくまでも壊したのは怪獣クイラーだから。
確かにちょっとあそこで怪獣クイラーを地面に叩きつけたりしたけど。
ともかく裁判所以外にはあまり被害も出てなかったし、復興は順調みたいです。
でもってB・U氏は「エクスディクタムのパイロットの補助」として相変わらずうちの家事を行ってくれている。
彼のいる生活はあまりに快適なもんで、このままずっとこの生活が続いてもいいなとか思ってしまいそうで危ない。
でも、そういうわけにはいかない。
このままずっととかあり得ない。
僕だってね、結婚願望とかあるんです。
気の合う彼女見つけてうちに招待したりしたいんだってば!
だのになにが悲しくて自分と同じ顔の宇宙人と生活を共にせなあかんのか。
「このままでもいっか」とか思っちゃダメだ僕!!!
とはいえ、出会いというのはないもんだからねぇ。
合コンとか行く気もないし。
……とか言ってるから出会いがないんだろうけど。
とにかく昼飯を食べて、次は午後の仕事の準備をせんと。
午後は法律相談が入ってる。
終わったら、今日の裁判の期日報告書を書かなあかんな。
そんなことを考えながらいつもの弁当屋の前に来る。
「いらしゃい!国府谷先生。
今日もいつもと同じ、焼肉弁当ひとつ?」
弁当屋のおばちゃんには完全に名前も顔も把握されている。
ここの焼肉弁当好きなんだよ。
タレの味がホントにいい。
「そう言われると変化を出したくなるやないですか。
そうやな。かなり焼肉弁当の頻度が高いから、たまには別の弁当を買おうかな」
でも焼肉弁当食べたいな。
あ。そうだ。
「焼肉弁当2つで!
2つですよ!!」
種類ではなく、数を変えてみた!
どうでもいいか!
「おおきにー!
今日はサービスで味噌汁つけたるわ」
「やった、ありがとー!
だからおばちゃん好きやわ!」
「あらまあ! 国府谷先生ったら~」
僕、なんかおばちゃんにはモテるんだよ。
若い女の子にはモテへんけど!
って悲しくなること自分で言ってどうすんだ。
ともかく僕は弁当2つを持って車に乗り、そのまま自宅へ戻った。
もともと自宅までは大した距離じゃないんだ。
いつも弁当をひとりで外で食べる習慣なんだけど、たまにはね。
「B・Uさん~、昼飯食いに戻りました~」
独り暮らしが長いから、家に帰って出迎えてくれる相手がいるというのは嬉しいもんですよ。
だもんで、たまにはB・U氏にも焼肉弁当を食わせたろうかなと。
昼間に僕が部屋に戻るのは滅多にないことなんだ。
あれ?
おかしいな。
B・U氏がいない。
どこ行ったんだ? トイレかな?
B・U氏がトイレ使ってるのなんて見たことないけど。
結局、僕はそのまま自宅でひとり焼肉弁当を食い、もうひとつは冷蔵庫に入れて事務所に戻った。
B・U氏は僕が出て行けと言わない限りはうちから出ないと思っていたんだけど。
でも本当は違うんだろうか。
何か用事があって外出しているのか、それとも……。
もう戻ってこないということもあるのかな。
もちろん僕には彼を縛る理由はないので、それも仕方ないと思うけど。
いや、『仕方ない』ってなんだ。
なんか僕が彼にいて欲しいと思ってるみたいでイヤだなぁ。
ちょっとね、ここのところ家事全般やってくれるし。
B・U氏、面倒見が良いもんだから甘えてしまってたのかも知れないな。
反省しよう。
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午後の法律相談に来たのは、裁判所の近くで喫茶店『SNAZZY』を経営しているマスターだ。
僕もその喫茶店をよく利用するので、マスターとは顔なじみだったりする。
そのせいもあって、軽く世間話も兼ねて法律相談に来ることがときどきある。
一応僕も商売ですから相談料はもらってるけど、でもコーヒー回数券とか食事券で払ってもらうことも結構あったりして。
以前はその食事券を使って朝食をよく『SNAZZY』に食べに行っていた。
でもここしばらくはB・U氏が朝飯を用意してくれるもんだから最近あそこのモーニング食べてないや。
今度テイクアウトにしてもらって、B・U氏と一緒に食おうかな。
B・U氏、戻ってくるよなぁ……。
「うちの経営する喫茶店が、先日の怪獣騒動で外壁が一部崩れましてね」
「え?『SNAZZY』が?
それは災難ですね!」
怪獣騒動の件での損傷となれば僕の仕業かもしれないから、内心穏やかではない。
クイラーを倒すときに破片をかなり飛ばしてしまったから、アレが当たって壊れた可能性が高いな。
「お店の建物はマスターの所有なんですか?」
「そうなんですわ。壊れたのは外壁の一部だけやったんで、すぐに業者呼んで修復して営業は続けてます」
それは良かった。
「一応保険会社に連絡は取ったんやけど、怪獣による損害っちゅーのは保険が下りないって言われましてな。
コレ、保険会社がわしのこと素人や思ってボリよっとるんじゃないかと国府谷先生に確認しとこ思いまして」
確かに相手が素人だと思うとなんだかんだ理由をつけて保険金の支払いを渋る保険会社もあるといえばある。けど
「今のところ保険会社はその方針で行くようですね。
保険金支払いについて何件か訴訟も提起されていますからね。
保険会社は裁判所の出方を見てるんだと思いますよ」
怪獣による損壊で保険会社に、保険金支払い義務が生じるか。
すでに訴訟は何件か起きているものの、今のところ判決はまだ出ていない。
仮に判決が出たとしても、地裁レベルでは判断が分かれる可能性もあるため、それが標準として確定するわけではない。
将来的にある程度事例が揃えば、保険会社なり国なりに動きが出ることと思う。
保険会社の敗訴が続けば、訴訟を起こさなくても保険会社は和解で支払うようになるだろうな。
「へえ、まあわしは訴訟までは考えてなかったんやけど」
「損害額の程度があまり酷くないようでしたら訴訟を起こしても費用倒れになる可能性が高いですしね。怪獣に噛まれたと思ってあきらめるのひとつの道かも」
「犬よりは諦めがつくかも知れまへんな」
ちなみに「犬に嚙まれた」場合は、飼い主に損害賠償を請求することができます。日本には野犬なんて滅多にいないし。
「ともかく保険金支払い請求に関して僕も法律家として今後の動向に注意してますよ。地裁レベルで判断が分かれるとしたら、立法がどう動くかも興味あるし」
「ほう、裁判所によって結論が違うっちゅうこともあるんですか」
「ありますよ。基本的に地方裁判所や高等裁判所といった下級裁判所の判断は他の裁判所を拘束しません。ですから似たような事件であっても地裁ごとに判断が分かれることもあります。
最高裁の判断が出た場合にはまた違いますけど、最高裁は地裁、高裁を経て上告された場合に係属しますから、しばらくは最高裁判断はないですね」
「ほほう。そう言われると面白いかもしれへんな。
国府谷先生の見込みはどうでっか?」
「うーん、やっぱり今締結されている契約の形では保険金が支払われないのもやむを得ないかな。
保険契約も契約ですからね。合意した内容で債権債務関係が生じるわけで。
さすがに怪獣のような未知の巨大生物によって建物の損壊が起こるとは契約に入れてないでしょ、お互い」
「そうなると怪獣被害の場合は泣き寝入りってことですかぁ。
今後も怪獣出ますかねぇ。
これから何かあった場合どうしたらいいんでしょうかね」
「今保険会社で検討されている怪獣保険への加入を考えるのもありですかね……」
今後、怪獣は出るんだろうか。
来るとしたら、次はいつなんだろう。
もちろん楽しみにしているわけでは全くない。
もしも怪獣の狙いが僕やエクスディクタムだとしたら、次も関西方面に出現する可能性が高いことになる。
そうなると…
僕も怪獣保険に加入しておいた方がいいかもなぁ。
怪獣が来たら自分の自宅や事務所や弁護士会館は最優先で守るつもりだけど、守り切れる保証はないんだし。




