4 守るべき場所
「国府谷先生がすごく早く来たから、まだほとんど周囲に被害は出てないわ。
地元ならやっぱりあまり被害を出したくないわよね?」
そうだね。
ナビィさんの言う通り、僕の地元はまだ元の姿を保ったままだった。
どこからも火の手も上がっていないし、パッと見では裁判所の新館以外で破壊されているような場所は見られない。
特に僕の事務所とか絶対に壊したくないんだけど。
裁判所から徒歩30分ってとこです。
あ。
怪獣と目が合ったかも。
奴はエクスディクタムの存在を認識すると、どうやら僕に狙いをつけたらしい。
そのまま周囲の建物の存在を気にすることもなくこちらに向けて直進してきた。
なぜ前回といい、敵対行動をとる前から怪獣はエクスディクタムを狙うんだ?
ありゃー。
大阪地方裁判所の本館、怪獣クイラーの体当たりを受けて壊れたわ。
横に長い建物なんだけど、横からキレイに全部崩していくなぁ。
職員、残業してへんかな。
さすがに怪獣が出た時点で退避しとるとは思うけど。
ま。この怪獣クイラー、前回のムカデ怪獣よりも動きはやや鈍いみたいだし。
ともかく今回も敵の攻撃パターンが把握できるまでは軽く距離を取って……
――― !
あかん!!
怪獣クイラーがさらに進む前に、僕の方から怪獣クイラーの方に突進した。
一瞬のうちに川を渡り、裁判所の敷地内にいる怪獣クイラーの前に出ていた。
やっぱり走ると凄いスピード出るな。この機体。
地元で土地勘があるだけに、凄まじい速度で移動しているのが実感出来るわ。
クイラーは全身から棘が生えているから、普通に接触すれば刺さってしまう。
僕は両手で太い針の一本を掴んで、クイラーの進行を止めた。
これ以上は進ませない!!
「って、どうしたの国府谷先生!?
そんなアグレッシブになっちゃって。様子見ないの?」
――― そんな時間はない!
だって、裁判所の先には、天満警察署がある。
さらにその先には大阪弁護士会館があるんだ!!
裁判所が壊れるのはまだいい。
天満警察署もまあしゃあない。
いや、代用監獄に収監されてる未決拘留者や警察の皆さんに何かあっても困るけど。
でも避難は自分たちの責任で頑張って欲しい。
僕が……僕が守らなくちゃいけないのは、大阪弁護士会館!!
アレだけは絶対に壊させはしない!!
せめて壊すなら法務局の方にして欲しい!!
うわ!
針を掴まれたクイラーが藻掻く。
動くと、トゲトゲが刺さる!
いたたっ!!
だけど、僕は負けない!!
大阪弁護士会館を守らなくちゃ!!
僕はクイラーの針を掴んだまま、ヤツの本体を持ち上げた。
うん? この怪獣すごく重そうに見えるけど、そんなに重くないな。
エクスディクタムが力持ちなのかな?
そして裁判所前の敷地にクイラーを叩きつける。
その衝撃で、地面のコンクリが砕け散り、大穴が空いたようだ。
『グブォゴゴグググェエエ……』
怪獣クイラーが叫び声をあげた。
――― 倒れているところを始末しなくちゃ!
ナビィさん! 武器の生成したいんだけど!
「いいわ! 使い慣れた武器を思い浮かべて!」
――― そんなものはない!!
だけど、こんなトゲだらけの怪獣を攻撃する武器は決まってる。
トゲにはトゲ!!
針のような形状のもので本体を貫けばいいんだ。
次第に手元で形作られる、細く長く鋭い針形態!!!
「生成完了!使用可能よ!」
――― あ。ナビィさん、音声は外部に出ない設定でお願いします。
くらえ!! 必殺!!
サウザンドクラフトピ―――ック!!!!
カッコよく必殺技を決めるのはロマンだよね!
何となく英語を当てはめとくのは日本人の習慣だと思います。
生成された巨大な『千枚通し』を怪獣クイラーのトゲの間から内部に深く突き刺す。
『千枚通し』って武器に使えるんじゃないかなって前々から思ってたんだ。
未だに官公庁は一部の書類を千枚通しで穴を空け綴り紐を通すやり方で保管しているとこがある。
この時代錯誤はどうかと思うけど!
しかし!お役所ってそういうとこ!
クイラーは刺された箇所から徐々に割れていく。
いい調子……と思ったんだけど……
「国府谷先生、怪獣クイラー内部の濃縮された高エネルギーが破裂するわ!
当たると、ちょっと痛いと思う!」
崩壊しかけていた怪獣クイラーは、一気に全身を飛び散らせた。
破片が当たってちょっと痛い!
あたたたっ
でも耐えられないほどでも……
と周囲を見回したところ
いけない!
飛び散った破片が!!
大阪弁護士会館に当たる!!!
僕は背後に飛び退り、大阪弁護士会館の前に立つ。
迫り来る破片を片っ端から叩き落した。
この一連の動き、僕の感覚だとこんなとこだけど後で映像で見たら目にもとまらないくらい速いんだろうな。
普通に考えて、衝撃で飛び散った破片がこんなにゆっくり飛ぶわけがないんだ。
地面に落ちた怪獣クイラーの破片は、以前に倒した二体と同様、細かく砕ける。
そして塵も残らずに消滅した。
倒したんだ。
――― ……ふう。
良かった……。
ホンマに良かった……。
こうして大阪の平和は守られた。
「なんかよく分からないけど……。
良かったわね!国府谷先生!」
――― うん、ありがとうナビィさん。
大阪弁護士会館に被害が出なくて良かった。
どうしてもね、大阪弁護士会館だけは守らなくちゃいけなかったんだ。
裁判所や警察署、法務局は、国や自治体の施設だ。
壊れた場合は国や自治体の財政で修繕されるだろう。
もちろん原資は税金だから壊して良いとは思わないけど。
それでも、大阪弁護士会館はね。
何年か前に見栄っ張りで無計画な執行部がやたら豪華な会館を建てたわけですよ。
で、そのせいで大阪弁護士会の会員の弁護士はみな40万円の会館負担金を収めなあかんようになったんだ。
会館設立についての総会決議があったとはいえ、新規会員からも徴収しとるんですよ!
アホちゃうか!?
僕も会費上乗せで40万円払ったわ!
ここでその会館が壊れてみ!?
絶対、執行部の連中また会員に負担金押し付けて豪華な修繕しようとするに違いない。
あいつら、僕みたいな零細弁護士のことなんてなんも考えちゃいないんだ。
ふ。
しかし、僕の頑張りにより大阪弁護士会館には一切の被害は出なかった。
大阪の弁護士の経済的平和は守られたんだ。
なお、大阪地裁は本館も新館も壊滅的な被害が生じた上、敷地全体にベコベコに穴が空いてしまったようだ。
後から聞いたところ、幸い人的な被害はなかったとのこと。
建物復旧については、司法予算からちゃんと出るとええですな。
今回、怪獣の出現から退治までの時間は最高記録に短く、被害は少なかった。
裁判所以外は。
めでたしめでたし!
と言いたいところだけど……。
なぜ、ここなんだろう。
最初は千葉、東京、それから新潟。
それで今回は大阪。僕の地元。
段々と近づいて来ている。
ひょっとして、狙われているのは……。
僕?




