1 日常の僅かな変化
ムカデ怪獣の出現から約2週間。
平穏な毎日が続いている。
でもって僕はというと、自営業者ですから。
事務所経費も掛かるし、それなりに稼がないと生きていけない。
というわけで日々お仕事頑張ってます。
今のところ『エクスディクタム』を操縦していたのが、この僕、国府谷彰だなんて誰にも疑われている様子はない。
警察が僕に任意同行を求める事態も起きていない。
うーん……。もしも僕がエクスディクタムに乗ってたのがバレたら、やっぱり建造物等損壊罪の容疑で逮捕されるかな……。
僕としては『緊急避難』だと考えているけどねぇ。
刑法37条1項の定める『緊急避難』というのは「自己または他人の生命、身体、自由または財産に対する現在の危機を避けるためにやむを得ずにした行為」として必要な範囲で行った場合には犯罪にはならないという規定。
基本的に、街を破壊したのは僕じゃなくて怪獣だと思うけど、確かに僕が壊しちゃった建造物もある。
でも、東京や新潟の人達の生命や財産を守るためにやったことだから罪に問われる筋合いはないと思うんだ。
とはいえ、そういうのはあくまでも裁判上の判断で、実際には無罪であっても『疑わしい』ってだけで警察に身柄を拘束され容疑者扱いされるもんです。
多くの人が『悪いことしてる人だけが逮捕される』と誤解しているようだけど、悪いことしてなくても逮捕されることなんて日常茶飯事なんだよね。
そういう時のために、腕の良い刑事弁護人と仲良くしておいた方が良いのかも。
幸い、僕は弁護士だし?
腕の良い弁護士を探すのは、業界内のことだからね。
いろいろ噂は入ってきてるから目星はついている。
あとは、いざとなったときに引き受けてもらえるだけの関係性かな。
弁護士って金だけじゃ動かないところがあるんだよ。
よく弁護士って高収入って言われたりもするけど、実際には金にならない仕事も沢山やってる。
例えば、今話題にしている刑事弁護なんて代表的に金にならない。
弁護人を頼むお金がない被告人には国が弁護人をつける『国選弁護人』という制度がある。
この場合、弁護人の報酬は国から出てるけど、金額は相場の10分の1程度ってとこ。
忙しいだけでほとんど金にならないボランティアだ。
でも被告人には弁護人を頼む権利があるから、誰かがやらなくちゃいけないんだよ。
もし刑事弁護で腕の良い弁護士を探したいなら『刑事弁護委員会』に所属している弁護士から探すのは良いだろうね。
あそこに所属している弁護士は刑事弁護に熱心だから。
ちなみに僕はそこまで刑事弁護に熱心な方でもないので、刑事弁護を引き受けるのは年に1度くらいかなぁ。
さてと。
事務所でのクライアントとの打ち合わせ一件終わりっと。
本日の次の予定は、大阪弁護士会館で委員会の会議だ。
「米山さん、弁護士会館行ってきます」
「はーい。また怪獣に遭遇しないといいですね!」
シャレになっとらんがな。
ともかく事務所から徒歩30分ほどの弁護士会館に自家用車で向かった。
運動のためには本当は歩いた方がいいんだろうけど、時短のためについ車を使ってしまうな。
僕の向かうのは『大阪弁護士会館』。
僕ら大阪の弁護士が所属する『大阪弁護士会』の本拠地だ。
日本の弁護士として活動するためには、事務所所在地の『弁護士会』に登録しなくちゃいけないというルールがある。
でもって、弁護士会の会員弁護士は『公益活動』をすることが要求されている。
この『公益活動』をサボると、弁護士会に罰金を払うハメになる。
正確には『公益活動負担金』って言うけど、みんなフツーに『罰金』だと思ってる。
『公益活動』にはいろいろ種類があって、委員会活動をやったり、プロボノ活動を公益活動申請して認めてもらったりといった具合。
ちなみにさっき話題にした『刑事弁護委員会』も委員会のひとつだね。
金になるわけでもなく時間ばかり取られるけど、これもやらなくちゃいけないこと。
っていうかさ。
僕、巨大ロボ『エクスディクタム』に乗って怪獣退治したんだし、これって立派なプロボノ活動だよね。
これを公益活動としてカウントして欲しいよ。
エクスディクタムに乗ったのはヒミツだから、公益活動申請に出せないのは分かってるけど。
金にならない仕事ばかり積み上がってくるとボヤきたくもなるものです。
とかなんとか考えつつ、今日も一日の仕事を終えマンションの僕の部屋に帰宅した。
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「ただいま帰りました」
部屋のドアを開けると、オイスターソースとほのかなニンニクの香りがした。
食欲をそそるいいニオイだな。
「おかえりなさい。国府谷先生。
夕飯とお風呂、どちらからにしますか?
どちらもすぐに用意できます」
家に帰るとB・U氏が迎えてくれる。
エプロン姿が似合っとるな……って僕と同じ姿なんだけどね。
「腹減りましたわ。
まず夕飯いただきます」
「わかりました。
では支度しますからその間に着替えておくと良いでしょう」
はーい。
ってなんだよこの会話!
なぜこうなった!?




