5 辞任させてください
目の前には、僕と瓜二つの姿を持つ人外クライアント『B・U』。
僕は今、控えめに言って、むっちゃ混乱している。
こういうときは、まず落ち着かなくちゃ。
目の前のB・U氏をよく観察してみよう。
鏡を見ているような、僕と同じ顔。
だけど、よくよく見ると……。
表情がない。
僕が混乱している姿を見て、戸惑う様子も見下す様子もない。
笑いもない。
ただ、僕が落ち着くのを待っているようだ。
鏡を見ているようだ、と最初は思ったけれど
鏡というよりは、証明写真だ。
写真に写された、自分の一瞬の真顔を目の当たりにしている。
マジメな顔をすれば、僕もなかなかイケメンじゃないだろうか。
うん。
落ち着いてきたぞ。
「ええと、B・Uさん。
正直申し上げまして、今の事態は僕の手に余るようです」
もともと僕が怪獣討伐を引き受けたのは、一回きりのつもりだった。
こんな非現実的なわけわからん事態でも、まあ極限状態だったし。
一度くらいならノリでいけると思ったさ。
けど、こんな得体の知れない相手とこれ以上付き合っていては僕の精神がもたない。
できるだけ早く辞任すべき案件だ。
弁護士たるもの、自分を守るためにも辞任のタイミングは大事なんだ。
「怪獣二体倒してご謙遜を」
B・U氏はニコリともせず褒める。
怪獣退治、我ながら頑張ったとは思うけど。
「ですけどね。僕、基本的にエイリアンとか宇宙人とか怪獣とか、そういうのは管轄外なんですよ。あと戦闘?そういうの。さっきのムカデ怪獣の件も見てたでしょ」
「お見事でしたよ」
「っていうか……。武器だって結局『六法全書』投げたんですよ僕。戦闘ならもっとちゃんとした専門家がいるじゃないですか。自衛隊員とか。そういう人に頼んだ方が良いと思うんです」
「良いとか悪いという話ではありませんから」
「いや、つまりね。
この件から、辞任させていただきたいんです」
B・U氏の表情をさっきから窺っているんだけど、やっぱり変化がない。
辞任を持ち出しても全く動揺する様子もない。
もちろん、怒りのようなものも感じない。
「それはできません」
「できないことはないでしょう。他に適任な人物を探してあの機体に搭乗させればいいんだから」
「あの機体は既に国府谷先生の生体情報を登録しているのです。そう簡単には登録は外れませんから」
システムの問題を言われても僕には分かるわけがない。
「でも登録を外すことも可能なんでしょ」
「ええ」
「じゃあそれを……」
「国府谷先生が死ねば外れます」
それは可能とは言わない~~~!!
「正確に言えば、別の適任者がいれば外れます」
「な!なら別の適任者を探して」
「国府谷先生が死ねば別の適任者が出てくるのです」
「循環論法!!!!!?」
「国府谷先生、つまり私が言いたいのは、あなたが自分以上に適任の人物がいるのではないかと考える必要はないということなんです。謙遜して身を引いたりしないで良いのです」
「いや、謙遜とか遠慮ではなく。
僕の希望としてこれ以上怪獣退治をするのはイヤだってことなんだけど」
「でも国府谷先生、あなたがやるべきことですよ」
「なんで!?」
「だってあなた、地球人として地球に棲んでいますよね。あなたが戦わなければ地球は怪獣によって蹂躙されるだけです。住んでいる者が、その環境を守るために戦うのは当然のこと。利害関係人なのだから」
それはその通り。
ただ引っかかっている。
まず地球人は僕ひとりじゃないって点。
そしてもう一点。
「そもそも、むしろ私達は兵器を地球の側に提供し、協力している立場なのですよ」
そこだ。
「そうなんだ。B・Uさん。
その理屈で考えるとあんたはなぜ兵器を提供してるんです? あんたの目的が分からない」
「私の目的は……」
そのとき、相談室のドアがノックされる音が聞こえた。
僕は席を立ち、ドアを開く。
開いたドアの向こうには米山さんがいた。
「先生、次の打ち合わせの方がもういらしてますが……」
そうだった。
打ち合わせの予定を次に入れてたんだ。
くっ……。まだ話は全然終わっていないってのに。
ちなみに来客中に米山さんがノックをしたのは、空気を読まなかったわけではない。
弁護士の相談って時間単位で設定されてるから、定時になれば例え次の予定がなくても切り上げるのが普通だ。
そのとき、こういう「時間です」という連絡があれば話を切り上げやすいでしょ。
だから来客中であっても、わざと声を掛けるように指示してあるんだよ。
「あら? お客様はもう帰られてたんですね」
米山さんに言われて振り向くと、椅子に座っていたはずのB・U氏の姿は既になかった。
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僕だって一応プロの弁護士なわけですから。
なんとか次の打ち合わせに集中し、その日の予定を終えた。
怪獣のこと、 B・U氏のこと、少し整理して考えないといけない。
まずは怪獣のこと。
これはもう仕方ないかも知れん。
あの機体に乗れるのが今は僕だけだって言うなら、僕がやるしかない。
だってそもそも、あの機体に僕が登録されたのは命を救ってもらうためだったんだし?
自己責任と言えなくもない。
契約は契約やもんな。
ホンマに僕以外は機体に搭乗できないのかは、疑わしいとこだけど。
確かに地球に住んでる以上は、僕に義務がないとは言えない。
次にB・U氏のこと。
あいつ、「人間」でも「有機生命体」でもないって言うとったな。
じゃあ正体はなんなんだ。
宇宙人かな?
それでなぜ宇宙人が、地球に来た怪獣退治に協力するんだ?
あんな兵器まで提供して。
親切?
悪いけど僕はそこまで他人を良心的に解釈できない。
ただ、B・U氏、表情からはサッパリ分からないけど、なんとなく僕に対して友好的というか、好意的であるような気はするんだよね。
それと、B・U氏……。
あの人、あんなに僕そっくりなわけじゃないか。
アレを見ちゃったからこそ、人間じゃないってのをすんなり信じることにしたわけだけど。
僕そっくりの顔で、近所で変な行動とか起こさないだろうな。
あの人が地球の常識を知らずに強盗とか殺人とかやっちゃったりして、僕の責任にされたらどうしよう……!!
あの人、宇宙人なのか知らんけど大丈夫なんだろうか。
もうちょっと時間をかけてしっかり話す必要がある気がする。
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そんなことを考えながら、僕は事務所から電車で二駅の我が家に帰った。
普段は自家用車で通勤してるんだけど、ちょっと動揺してるから運転する気分じゃなくて。
車は事務所の駐車場に置いてきた。
僕の家、独り暮らしにしては広めの1LDKマンション。
彼女をいつでも呼べるようにキレイにしてある。
肝心の彼女はまだいないんだけどさ。
夕飯、何を食おうかなぁ。
冷蔵庫にある野菜とか使って、簡単にうどんでも食うかな。
「お仕事お疲れ様。国府谷先生」
僕の部屋の前に立っていたのは……
「B・Uさん!?」
「どうも。まだ話が終わっていなかったのでご自宅前でお待ちしていました。ゆっくり一晩かけて話そうじゃありませんか」
どうして僕の家知ってるの!?今さらか!
こわい!!
この人怖い!!
どうしようモンスタークライアントかも!!
じゃなくて、エイリアンクライアント!?
助けて!!




