4 B・U
次に視界が開かれたとき、僕は事務所ビルの階段の踊り場にいた。
僕が人外クライアントからスマホで連絡を受けた場所だった。
「ふう。『転送』とか言ってたけど、一瞬で場所移動しちゃうもんだな」
スマホで時刻を確認する。
どうやら僕が先ほど電話を受けてから30分ほどしか経っていないようだ。
短時間で済んだのは助かるな。
僕だってそんなにヒマなわけじゃないんだから。
「あれ?」
見慣れないアプリが入ってる。
こういう見慣れないアプリは変に起動しない方がいい。
ときどき、他人のスマホに変なアプリを入れて、そのスマホの持ち主の位置情報を送信するといったヤバいストーカーもいるくらいなんだから。
でも多分、このアプリ、ナビィさんが入れたんだろうな。
アプリを開いてみると、案の定通信用の専用アプリだったみたい。
宛先リストに
『ナビィさん』という記載がある。
それともうひとり。
『B・U』
誰だろ?
「私デス」
声を掛けられた方向を見ると、例の人外クライアントが立っていた。
ブカブカのスエットのような服の上にパーカーを羽織り、フードを目深くかぶっている。
顔にはサングラスとマスク。
相変わらず怪しさ大爆発な格好だ。
「あんたがB・U?」
「エエ。国府谷先生、怪獣討伐オ疲レ様デシタ」
「あのさ。僕としては一回きりだと思ったから前はあんまり深くは聴かなかったけど、今回みたいなことはまだ続くわけなのかな」
「確タルコトハ分カリマセンガ続ク確率ガ高イデス」
「それならもう少しちゃんと話を聞く必要があると思うんだ」
「カマイマセン。
私ニハ時間ガ沢山アリマス」
ヒマな人なのかな?
「それならこれからうちの事務所に一緒に来てくれよ。
階段を昇ったところだから」
次の打ち合わせまでは相談室が空いているハズ。
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僕は人外クライアントをうちの事務所に案内した。
「米山さん。ちょっとお客さんだから相談室使うね」
「は、はあ……」
米山さんが人外クライアントを見て怪訝そうな顔をしている。
怪しすぎるもんなぁこのカッコ。
「さてと」
人外クライアントを相談室で椅子に座らせた。
「まずは君について少し教えてもらおうか。
悪く思わないで欲しいんだけど、本来、弁護士は依頼者の本人確認をする必要があるんだよ。
これは、弁護士業務がマネー・ローンダリングに利用されないよう国際的取決めに基づいて行うものなんだ。
一回きりの依頼なら必ずしも厳密に要求されないけれど、継続的な依頼関係がある以上は確認しなくちゃいけないからね」
でも身分証明書なんて持ってないだろうなあ、この人。
「何デモ聞イテクダサイ」
そんな殊勝なことを言うけれど、この人外クライアントは格好から言って怪しい。
僕を驚かせたくないからと言っていたけれど、見せられない姿なんじゃないだろうな。
「私ノ姿ガ見タイデスカ?」
……顔に出てたかな。
「言葉デハ納得デキナイデショウシ、ソレガ一番手ッ取リ早イ」
そう言うと、人外クライアントは目深くかぶっていたフードを後ろにどけた。
髪型は……。
普通じゃないか。
もっとエイリアンみたいな姿を予想してたんだけど。
黒髪で短髪。
そして口を覆っているマスクを外す。
口もまあ、普通じゃないか?
人を丸呑みするような口裂けの化け物ではない。
最後に、真っ黒なサングラスに指を掛けた。
その指も人間の指そのもので……。
目は……、瞳は……
え…………
「……どういうことなんだ」
僕の目の前にいたのは……
鏡を見ているかのような、僕そのものの姿の人物だった。
「まさか、僕の生き別れの双子の兄とか……?」
「違います」
すかさずツッコまれた。
マスクを外して発する声は、これまた僕にそっくりだ。
「驚くと思ったので、隠していたのですけどね。
やっぱり驚きますか」
「あ……、当たり前……」
「でもそんなに驚く理由ではないんです。
国府谷先生、ちゃんと説明しますから落ち着いて」
「う……」
「私は人間ではありません」
「う……うん」
「有機生命体でもありません」
「……うん」
「実体がないのです。
初めてあなたにお会いしたときに、あなたに同期させていただきました。
その際に、肉体情報も同期したため、あなたの姿になったのです」
ええと……。
「それは、僕の姿をトレスしたってこと?」
「そんなところですね。
ですから驚かなくてもいいんです」
「なぜ……?」
「それは、第一にはあなたに同期する必要があったから。
パイロットの資格審査みたいなものです」
「……」
いろいろ意味不明だけど、ひとつだけ確信できるな。
こいつはやっぱり人間じゃないんだ。
僕の方は動揺が収まらない。
言葉がロクに出てこない。
そんな僕の様子を見て、人外クライアントはサングラスをかけた。
「これくらいは隠しておきましょう。
国府谷先生、大丈夫ですか?
つらいようでしたら後ほどスマホで改めて連絡しますよ」
「……ご配慮どうも」
人外のクセに結構気遣いのできるヤツなんだな。
「だけど、もう少しここで話を聞かせて欲しい……」
この得体の知れない相手のことを知るためには、対面の方が情報量が多いことは確かなんだ。
「……まだお聞きしてなかった。
あんたの名前は……?」
名前すら知らなかったから、ずっと『クライアント』って呼んでたんだ。
「名前などありませんが、B・Uとでも」
「ビーユー?さん?」
「昔、そう呼ばれていましたので」
「はあ……」
さて、どうしよう……。
いろいろ聞きたいことがあったハズなんだ。
だけど、自分とうり二つの姿を目の前で見てしまってから動悸が収まらない。
自分と同じ姿の他人を見るのって、思った以上に動揺するものなんだな。
ひょっとしてドッペルゲンガーに会うと死ぬって、この手の動揺から来る心臓麻痺だったりして。
僕大丈夫かな。




