誰が王子を殺したか8
一晩中考えても、僕にはどう行動するか決められなかった。睡眠不足と脳の酷使で頭がガンガンして、僕は初めて学園を休んだ。そのまま二日を自室で過ごし、いっそのこと学年末まで休学しようかと考えた。その頃には司法局が犯人を特定し、事件に片が付いているのではないだろうか。
それが最善だと思えていたのに、今僕の足は学園へと向かっている。今朝、王都に響く鐘の音を耳にしたからだ。
厳かに鳴らされているのは弔いの鐘だ。今日、ジョーンズ王子の葬儀が執り行われることを報せるものだった。
正門は閉ざされていて、僕は学園が臨時で休みになっているのを知った。それでも家に引き返す気にはなれず、通用門に回り込んで園内に入れてもらう。守衛は僕の顔を知っていて、黙って門を通してくれた。
休日の学園には何度か来たことがあるが、ここまで静かなことは無かった。園内は人影もなく、物音一つしない。
僕は自然と別棟へ足を向けていた。階段を登り、生徒会室のドアを開ける。誰もいないはずの部屋には先客がいて、僕はドアを開けた姿勢のまま、入り口で固まった。
「デイル、貴方も来るとは思わなかったわ」
一瞬だけ強張った顔を晒したメリッサが、相手が僕だと分かって破顔した。
「デイルもジョーンズ様との思い出に浸りに来たの?」
「まあ、そんなところだよ」
僕はなんとか笑顔を取り繕って、慎重に答えた。ドアを閉めかけた手を止め、全開にしておく。
怪訝に思っただろうに、メリッサは笑顔で聞いてきた。
「どうして閉めないの?」
「君と二人きりだからね。礼儀だよ」
咄嗟にそれらしい理由をつけた。メリッサと密室に二人になるのが怖かったからなんて、本心は明かせない。
「紅茶でも飲む?」
「……いや、止めておくよ」
「そうよね、ここで紅茶はまだ無理よね」
返事が一拍遅れたのは、それだけじゃない。でも悟られる訳にはいかない。
向こうから話を振ってくれたので、僕は何気ない風を装って聞いた。心臓が大きな音をたてているのを誤魔化すように、声が高くなる。
「知ってる?紅茶を淹れる時、ティーカップも温めておくんだって。意外と手間がかかるんだね」
「へー、そうなんだ。知らなかった。デイルって物知りだよね」
知らなかった。その言葉を信じたいのに、疑心暗鬼になった僕の中のもう一人が囁く。本当に知らなかったのか?自分から疑いを逸らすために、嘘を吐いているんじゃないのか?
「僕も知らなかったんだけど、この前オットー様に教えてもらって」
「オットー様に?公爵家じゃ自分でお茶を淹れるのかな?」
くすくす笑うメリッサの声が、耳にざらつく。怖い。気持ち悪い。逃げ出したい。
「ねぇ、オットー様に何か聞いたの?」
なんとか踏み止まっていた僕の足が、一歩引いた。背中を汗が伝っているのに、寒くて身体が震えている。
メリッサは心底可笑しそうに、声を上げて笑った。
「ジョーンズ様が王族じゃなくなるはずだったこと、聞いたんでしょ。それで怒ったあたしがジョーンズ様を殺したって、疑ってるんでしょ?」
「知っていたんだ、ジョーンズ様が臣下に下ること」
「ええ。あの日の朝聞いたわ。そりゃあショックだったけど、でもあたし、嬉しかったの。そこまでジョーンズ様に愛されてるんだって。だから、そんなにも愛してくれたジョーンズ様のお葬式には、絶対出たいって思ったのよ」
メリッサの話は筋が通っている。そう思いたい。でもそうなると、容疑者はダグラス一人に絞られる。彼が犯人なのか?
分からない、分からない。
鐘の音がまた響く。
「ジョーンズ様のお葬式が終わったのかな」
メリッサは部屋の奥に移動して窓を開け、外を眺めた。彼女との距離が開いたことで、少しだけ気持ちが落ち着く。滞っていた血液が巡り、頭が働き始める。
「メリッサ、ごめん。確かに僕は君を疑った。でも君も、ダグラスを疑っていたんじゃないのか?」
思えばメリッサは、ジョーンズ王子が亡くなってからダグラスと二人になるのを避けていた。あれはダグラスを警戒していたからではないのだろうか。犯人だと疑うダグラスを危険視してか、メリッサ自身の犯行を悟らせないためかは判断出来ないが。
僕はまだ、メリッサへの疑いを解いた訳ではない。でも味方のふりは出来る。
「メリッサ。辛い時に一人にして悪かった。でも、これからは僕が力になるよ。ジョーンズ様のようにはいかないだろうけど、何かあれば僕を頼ってほしい」
「デイル……」
メリッサがゆっくりと近づいてくる。手には何も持っていない、私服のスカートにも凶器を隠したような膨らみはない、彼女は華奢で非力な女の子だ、大丈夫、危険はない、大丈夫。
メリッサが僕に手を延ばし、縋りつこうとする。僕は抱き留めるために腕を広げた。メリッサが僕の懐に飛び込もうとし、何かを見つけて顔を引き攣らせ、飛び退った。
「違う、違うんです、これは……」
狼狽えるメリッサの視線を辿り振り返ると、開いたドアの傍らに、僕の婚約者のバイオレットが立っていた。