誰が王子を殺したか7
「王家との婚約を破棄されるのは、大変不名誉なことなのでは?」
眉をひそめて返した僕に、オットーが残念なものを見る目を向けてくる。
「だからそれが間違いだよ。君はダグラスと違って頭が回ると思っていたんだけど。なんでローズマリーが婚約を破棄されるんだ」
「えっ?ジョーンズ様とローズマリー嬢の婚約は、破棄されるはずだったのでは?」
「そうだけど、立場が逆だね。ローズマリーが、ジョーンズ王子との婚約を破棄する予定だったんだ。驚く事じゃないだろう。明らかにジョーンズ王子に非があるのに、王子のほうから婚約を破棄なんて出来るはずがないじゃないか」
「確かに、婚約者がいるのに他に恋人が出来るのは、あまり褒められたことではありません。ですがジョーンズ王子とローズマリー嬢の婚約は、政略的なものだったはずです。せっかく王家と結んだ婚約を、コンフィード公爵家から破棄するなんて考えられませんよ」
「君は本当に、自分が見たいものしか見えていないんだな」
溜息混じりに呟かれた言葉に、胸の奥がざわりとする。不快感を隠しきれなかった僕に、オットーは、これから付き合う貴族として不適格だとのレッテルを貼ったのだろう。僅かに残っていた、後輩に対する温かみが消え失せた。
「ローズマリーとの婚約は、ジョーンズ王子の生母である側妃様が無理に願ったものだ。コンフィード公爵家には何の益もない。それなのに、王子が不貞を働いたんだ、破棄されて当然だろう」
「不貞などと、ジョーンズ様とメリッサは、心から愛し合って」
「メリッサに毒されて、貴族の常識も忘れたのか?王族の婚姻に恋愛など不要だ。どうしても恋愛がしたいなら、婚約者とすれば良い。それを他の女に入れ込んだ挙句に公爵家との縁を棄てようとするなんて、王族として失格だ」
「そこまで言わなくても」
「これは国王陛下のお言葉だ。ジョーンズ王子は王位継承権を剥奪され、王族籍を抜けて臣下に下ることが決まっていた。どうしてもメリッサと結婚したいと言うから、メリッサの家に婿入りするために」
オットーが告げる事実は、僕が想像すらしなかったものだった。ジョーンズ王子が王族から抜けて、男爵家に婿入り?それも爵位を受けたばかりの、なんの歴史もない、元は平民の家に?
そうなると、ジョーンズ王子に仕えるはずだったオットーは、男爵家の使用人に──まさか。
「わたしを疑うのは筋違いだ。だいたい、わたしに毒を仕込む機会はなかったはずだけどね」
僕に芽生えたオットーへの疑いは、即座に発見され、摘み取られた。
「紅茶を淹れる際には、先に湯でティーカップを温めておく。あらかじめ毒をティーカップに仕込んでいたとしても、お湯を捨てる時に毒も一緒に流されてしまう」
紅茶の淹れ方なんて、そこまで詳しく知らなかった。貴族が自分で給仕をすることなんて無い。公爵家の令息であるオットーに、そんな知識があるなんて驚きだ。さっきから僕は驚いてばかりだ。
「君が知らないのも無理はない。わたしも今回の件で、毒物がいつ混入されたのか考えるために、侍女に紅茶の淹れ方を聞いて知ったんだ。ジョーンズ王子のティーカップに毒を入れられたのは、紅茶を淹れた後にカップに触れた人物だ」
つまり、紅茶を淹れたメリッサと、ジョーンズ王子にティーカップを渡したダグラス。そう言いたいのか?
「オットー様は、メリッサかダグラスが犯人だと?」
「さあね。でも、あの二人ならやりかねない」
「僕はそうは思えません。メリッサにもダグラスにも、ジョーンズ王子を殺すような動機はないですよ」
「それこそ痴情のもつれじゃないのか?メリッサは王族になり損ね、ダグラスは臣下に下るジョーンズ王子よりも自分のほうがメリッサに相応しいと思って、とかね。動機なんていくらでも考えられる」
そんな筈はないと思いつつも、僕はオットーの推測を否定出来なかった。
メリッサはよく、ジョーンズ王子と結婚した後の王族としての生活を、夢見るように語っていた。成績の良い自分ならローズマリー嬢よりも外交が得意なはずだ、第五王子妃として沢山の国を外遊したいと。その夢が叶わないとなったら?
ダグラスはメリッサが贅沢好きなのを知っている。ダグラスの家は裕福だし、先祖代々の豊かな領地のおかげでこれからも裕福だろう。恋敵が王族では太刀打ちできなくとも、臣下に下った一貴族が相手なら?
「二人は、ジョーンズ様が王族ではなくなると知っていたのですか?」
「メリッサには話したはずだ。ダグラスのほうは分からないな」
僕だけが知らなかったのだろうか。
僕は、本当に、何も知らなかった。
オットーは初めから、メリッサとダグラスを疑っていたのだろう。だから僕達から距離を置き、犯人探しをしようとする僕を止めた。友人の犯行を暴くという重責を、僕に背負わせないために。
本職に任せるべきだとの彼の忠告は、僕への恩情だったのだろう。それに気づきもせず、見当違いな推理をもとに明後日の方向を調査していた僕は、なんて間抜けだったんだ。
打ちひしがれた僕は、ぼそぼそと挨拶の言葉を口にして公爵家を辞した。オットーとは疎遠になるだろう。だがそれは自業自得だし、社交界に出れば挽回の機会もあるかもしれない。
今は、それよりも。
これからどうすれば良いか、僕には分からなかった。
このまま調査を続けて証拠を掴み、友人を告発するか。友人に自首を勧めるか。それとも、この件から手を引いて司法局の捜査を見守るか。
なによりも明日、学園で、どんな顔をしてメリッサとダグラスに会えば良いんだろう。