誰が王子を殺したか10
「何を、馬鹿なことを……」
言いながら、僕は乾いた笑い声をたてた。よりによってバイオレットがジョーンズ王子を殺したなんて、なんの冗談だ。冤罪を被せるにしても、あまりに不自然だ。ジョーンズ王子とバイオレットには、なんの繋がりもないのに。
「動機は?」
言えるものなら言ってみろ。
「嫉妬とか、痴情の縺れとか、そういったものかな」
「は?まさかバイオレットがジョーンズ王子を好きだった、なんて言いませんよね」
どこからそんな馬鹿げた考えが浮かぶんだ。僕は鼻で笑ったが、役人は怯むどころか、大袈裟に溜息をついた。
「やれやれ、そこから説明しないといけないのか。面倒くさいなー」
「説明もなにも、貴方の誤解じゃないですか。それともバイオレットに無実の罪を着せるために、そんな曖昧な動機をでっち上げたんですか」
「君、まるで分かってないねぇ。栄えある学園生徒会役員も、質が落ちたもんだなぁ。成績とか家格しか判断基準にしないから、こんな事になるんだよ」
ずいぶんと失礼なことを言ってくれる。
僕は役人を険しい目で睨んだが、彼はひょうひょうと受け流す。彼はまた頭をガリガリ掻きながら、聞き分けのない子どもを諭すように、噛んで含めるようにゆっくりと、言った。
「いいかい、バイオレット嬢は、ジョーンズ王子を殺したかったわけじゃない。君を、殺すために、ジョーンズ王子のティーカップに毒物を仕込んだんだ」
「…………」
この人は、何を言ってるんだ。
僕は、彼の言ったことが直ぐには理解出来なかった。僕を殺したいなら、僕のティーカップに毒物を仕込めばいい。それなのに何故、ジョーンズ王子のティーカップに毒物を?
「君達は揃いのティーカップを使っていただろう?君がどのティーカップを使うか分からないから、バイオレット嬢は仕方なく、唯一持ち主が決まっていたジョーンズ王子のティーカップに毒物を仕込んだんだよ。君が毒味をすると見込んで」
王族が口にするものは、全て毒味をするのが決まりだ。外出先や学園のカフェテリアでは、同性で爵位が最も低い僕が、いつも毒味をしていた。
けれど生徒会室で飲食する時は、誰も毒味をしていなかった。ここには信頼の置ける者しかいないから、そんな他人行儀なことなんてする必要ない、そう言い出したのはメリッサだったか。それをジョーンズ王子が認め、僕とダグラスが同調した。オットーだけは反対していたが、ジョーンズ王子がメリッサの肩を持つので次第に諦めて、やがて生徒会室で毒味をすることは無くなった。
「君が死ぬはずだったんだ。少なくともバイオレット嬢に、ジョーンズ王子を殺す意志は無かった。それは使われた毒物が即効性のものだったことからも明らかだ。君がすぐに倒れれば、ジョーンズ王子が毒入り紅茶を口にすることはないからね」
ジョーンズ王子が死ぬことは無かった。僕が、または生徒会役員の誰かしらが、きちんと毒味をしていれば。親しくしているからと王族の権威を軽んじ、臣下としての義務を蔑ろにし、怠ったりしなければ。
「なのに、まさかジョーンズ王子の毒味がされていないなんて思わないじゃないか。君も、王族殺しなんて大罪を背負うことになるとは思わなかったよね」
役人がバイオレットに同情の目を向ける。
バイオレットは姿勢良く立って、静かに耳を傾けていた。罪を暴かれ、断罪されているのは彼女のはずなのに、僕のほうが犯人のように狼狽えている。
「証拠はありますの?」
バイオレットは笑みさえ浮かべ、役人に問い掛けた。
「もちろん、ここに。これを調べれば、ジョーンズ王子に盛られた毒と同じものが検出されるだろうね」
役人が指し示すのは、バイオレットが作ってきてくれたパウンドケーキだった。バイオレットは、自分の持つ皿に乗ったそれを、もう一口食べてみせる。
「毒なんて入っていませんわ」
「そうかな?」
「先程のお話ですと、使われたのは即効性の毒物なのでしょう?わたくし、まだ死んでいませんわ」
「それには入っていないんだね。でも、彼らに渡したほうはどうかな」
僕は思わず、取り上げられた皿を見る。バイオレットは初め、パウンドケーキの端っこの部分をメリッサに取り分けようとしていた。それを僕は、ちょっとした意地悪だと思ったが……。
「デイル。わたくしが、貴方を殺そうとすると思う?」
バイオレットの声はいつものように優しく柔らかい。でも僕の背筋は凍った。
「ねぇデイル、わたくしを愛しているわよね。貴方のために作ったのよ。それを食べて、わたくしの無実を証明してくれない?」
バイオレットの笑顔は、今まで見たなかで一番美しかった。彼女の言う通り、僕はバイオレットを愛している。バイオレットも僕を愛してくれている。彼女に僕を殺す動機はないはずだ。
たった一口食べるだけで良いのだ。それだけで、彼女の無実と僕の愛が証明されるのだ。簡単なことだ。
役人が部下に頷いてみせ、ケーキの乗った皿が返される。一口ぶんのケーキが刺さったフォークを持つ手が震えた。
バイオレットが、僕のために作ったパウンドケーキ。
僕を、殺すために。
僕には食べられなかった。




