表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀のリボンを結んで  作者: 吉岡果音
第四章 銀のリボンを結んで
21/21

最終話 空と海

 弾けた笑いのあと、優しい風が通っていった。時が止まったようだった。

 凛子の瞳をまっすぐ見つめ、リールがゆっくりと口を開いた。大切な魔法の言葉を伝えようとするかのように。


「会わせたい人が、いるの」


「え……?」


「凛子に」


 どきん。リールの言葉に凛子は胸が高鳴るのを感じた。


 まさか……! まさか……!


 リールもディゼムも黙って微笑んだ。

 リールとディゼムが揃って視線を向けた先、黄金色に色づいた葉をつけた木の陰から、すらりとした男性が。

 陽光に輝く、銀の髪。


「お久しぶりです。凛子さん」


 変わらぬ美しい、銀色の眼差し。穏やかな、深く心に染みこんでいくような声。


「ミルゼ……!」


 凛子は駆けだした。懐かしい笑顔に、焦がれ続けたその胸の中を目指し――。

 そして、今度こそしっかりとミルゼに抱きついた。


「ミルゼ!!」


 この優しい甘い香り……! ミルゼ! ほんとに、ほんとに、ミルゼなんだ……! 夢じゃ、ないんだ……!


 今まで心の中にずっと、一人抱えていた言葉が溢れてくる。


「ミルゼ! ごめんなさい! 本当にごめんなさい、私のせいで……」


 ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返す。どれほど言葉を並べても、足りないと思った。


「凛子さん……! 凛子さんのせいなんかじゃありません! 謝るべきは私のほうです。凛子さんを恐ろしい目にあわせてしまって本当にすみませんでした」


 凛子は幾度となく、心の中で謝罪を繰り返してきた。しかし今は、言葉が返ってきた。凛子を思う、ミルゼの優しい言葉が。待ち望んだ声が。


 本当にミルゼが帰ってきたんだ……!


 凛子の頬に涙がとめどなく流れ落ちる。ぎゅうっとミルゼを抱きしめ続けた。


「泣かないでください。凛子さん。私はちゃんとここにいますよ」


 笑顔で凛子の涙をそっと指で拭う。美しい、細い指。

 ふっ、とディゼムが笑う。


「ずるいよなあ。俺はこんなじいさんなのに、ミルゼは若いまんまだもんなあ。圧倒的に俺が不利じゃん。これじゃあ凛子を取り合えないじゃないか」


 どすっ。


 ディゼムの腹に、リールの肘鉄が入った。


「妻の前でなにふざけたこと言ってんの」


「えっ!? つ、妻!?」


 凛子は驚き、思わず振り返った。


「そうなの。なんか知らないけど、結婚しちゃってたのよね。私たち」


「なんか知らないけどって、なんだよ!?」


「五十年って、恐るべしよねえ」


「なに言ってんだ、あの後すぐ付き合いだしたじゃないか。それもリールから……」


 どすっ。


 またリールの肘鉄。


「大昔の余計な事は言わない!」


 なんだか似合いの夫婦だなあと、凛子はくすくす笑う。明るく賑やかな家庭なんだろうなあと想像し、あたたかい気持ちになった。


 本当に、よかった――。


 それから、ミルゼのほうに改めて視線を向けると――。


「あれっ!?」


「気がつきました?」


「ミルゼ、つ、角……!」


 ミルゼの頭に、角はなかった。


「今まであったものがないって、なんか変な感じですね」


 ミルゼはそう言いながらも清々しい笑顔だった。まるで長い呪縛から解放されたよう。

 ミルゼに代わってリールが理由を打ち明けてくれた。


「あのキノコから開発された薬を使って、角からミルゼが復活したの。ミルゼの体が戻ったら、今まで妖精にかけられた魔法がほどけたみたいに、角は消えてしまったわ」


 ディゼムが言葉を継ぐ。


「薬の開発に五十年もかかってしまったんだ。学者が言うには、あと少しで薬が完成するかもしれないってのに、なかなか最後の決め手がわからなかったらしいんだ。でも、ある晩奇妙な夢を見て――。その夢がヒントになって、見事薬が完成したらしい。夢のおかげで薬が完成できたなんて、なんだか不思議な話だよな」


 妖精王だ……! きっと、妖精王や妖精さんの働きかけでミルゼが助かったんだ……!


 凛子は、確信した。凛子の夢に妖精王が現れたのは、そういうことだったのだ、と。

 ミルゼは申し訳なさそうに、しかし確実に嬉しそう、そんな笑みを浮かべていた。 


「私はもう魔力が使えなくなりましたが、なんでも食べられるようになりました。そして、海にも行けるようになったんですよ!」


「ミルゼ……! よかったね……! ほんとに、よかった!」


「どんな姿になろうと、どう変わろうとミルゼはミルゼなんだけど、あの巻き角がないと、少し寂しい気もするなあ」


 ディゼムがしみじみと呟く。


「そうですね。複雑な思いはありますが、自分と共に歩んできた角ですからね。そのおかげで皆と繋がることもできたわけですし――。今思うと、大切な自分の一部だったんだなあと――」


「ミルゼ、ちょっとかがんで」


「なんですか?」


 凛子は、するりと自分の髪につけた銀のリボンをほどいた。それから、ミルゼの髪の両脇を少々すくい上げ、それぞれくるりとねじり、髪で小さなおだんごを二つ作って、仕上げに銀のリボンで結んだ。


「おっ! 巻き角っぽい! ミルゼらしくなった!」


「なんですかもうー。これじゃ女の子みたいじゃないですかー!」


 ミルゼは頬を赤くし、ちょっと口をとがらせた。


「思った通り、似合うね」


「ええ。とてもよく似合ってるわよ」


「ミルゼ、綺麗な顔してるからなあ。男にしとくのもったいないぞ」


 皆、勝手なことを言う。


「さて、後は若い人たちに任せて、老兵どもはこの場を去るといたしますか」


 ディゼムが笑う。


「えっ?」


 リールが胸元からカードを取り出す。あの、炎の鳥が現れた。


「この子を預けておくわ。帰りたくなったら、この子に話しかけて。すぐに帰れるようにするから」


「凛子。俺らがいつ、くたばってしまっても大丈夫だぞ。俺らの孫の中の一人がギフトを受けた者なんだ。ミルゼはもう魔力がなくなったけど、こっちとあっちの行き来は、孫ちゃんがやってくれるから」


「そんな、縁起でもない!」


「じゃあ凛子。また後でね」


「リール、ディゼム……! 本当にありがとうございました!」


 リールとディゼムは笑いながら大きく手を振って、さっさとどこかに行ってしまった。お孫さんまでいるんだ――、凛子は改めて五十年の歳月に驚く。


 リールとディゼムったら……。二人っきりにしなくても――。


 そう思いつつ、凛子は緊張と嬉しさで頬を染めた。


「五十年……」


 ミルゼが呟いた。その歳月の重みをかみしめるように――。


「え……?」


「リールもディゼムも私にはなにも言いませんが――。大変な五十年だったと周りから聞いています。私を助けるために、薬の研究開発の資金集めや、優秀な学者を探し、呼び寄せるためにずいぶん無茶をしたらしいです。今では立派なお子さんも、かわいいお孫さんもいますが、私のためにかなりの苦労を――」


「ミルゼ!」


 凛子は、ミルゼを力いっぱい抱きしめてあげた。


「リールもディゼムも、そうしたいからそうしたの! どうしても、そうしたかったの! だから、ミルゼは自分を責めちゃだめ! 自分のせいで、なんて思わないで! ミルゼが明るく元気でいることが、なにより二人への恩返しになるんだから!」


 これは、リールが私にプレゼントしてくれた言葉だ、と凛子は思った。リールからプレゼントされた銀のリボンをミルゼに結んであげたように、長いときを越えてリールの言葉をミルゼに贈った。凛子の真心を添えて――。


「凛子さん……。ありがとう」


「ミルゼ……。帰ってきてくれて本当にありがとう」


 妖精王さん、本当にありがとうございます――。


 天を仰ぎ、凛子は妖精王に感謝の祈りを捧げた。心からの祈りはきっと届くと信じて。


「あ! そうだ! ミルゼ! 私、やりたいことと将来の進路、見つけたの!」


「凛子さん、よかったですね! やりたいことってなんですか?」


「えーと……」


 ミルゼの肖像画を描きたいんだ――。


「今は、秘密」


「なんですか、それ! 教えてくれないんですか?」


「それは完成したら――、教えるね。進路のほうはね、私、お薬に関する仕事に就きたいと思ってるんだ」


「それは素晴らしいですね!」


「ミルゼは今、なにかやりたいこととかあるの?」


「たった今やりたいこと、というのはあります」


「たった今? それはなに?」


「海を見に行きたいです」


「海……」


「もう消えたりなんかしないから大丈夫ですよ」


「海を見たいの?」


「はい。凛子さんと一緒に」




 波打ち際を二頭のギルウが走る。銀の髪の青年と、黒髪の少女をそれぞれ乗せて。


「やっぱり気持ちいいですね!」


「うん!」


 凛子は、すぐにでも海を描いてみたくなった。

 リールやディゼムにも海を見せてあげたい、私の絵で上手く伝えられるかわからないけど――、凛子は海を見つめる。

 それと、ミルゼの絵も描き上げようと思った。凛子は未来を想像する。絵が出来上がったらミルゼにプレゼントしよう、銀のリボンを結んで――。


 一生懸命描いても、いい絵が描けないかもしれない……ミルゼは喜んでくれるかな――。


 空も海もどこまでも青く輝く。

 潮騒が、大丈夫だよ、そう答えてくれた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ