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銀のリボンを結んで  作者: 吉岡果音
第三章 境界
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第17話 変異体

 深い森から、少し開けた場所に出た。ミルゼがギルウから降りる。


「私の調べでは、この先にキノコの群生地があるようです。そこの藪を抜けたらすぐだと思いますので、歩いて行きましょう」


 ミルゼの言葉を受け、凛子とディゼムとリールも、それぞれのギルウの背から降りた。

 ギルウたちはミルゼの言葉が通じているかのように、各々好きな場所でゆっくりと草をはみ始めた。


「ギルウちゃん、いい子で待っててな」


 またディゼムがギルウの頭を、「わしわし」した。


「さて、凛子」


 ミルゼが凛子のもとへ近づく。


「目を、貸してください」


「えっ?」


「私の力で、凛子の見えたものを皆で共有できるようにします。短い時間ですが」


「それがミルゼの力……。でも、いったいどうやって?」


「手を繋いでいてください」


 ミルゼが、凛子の手を握る。


 わ。ミルゼの手……。少し……、冷たい。


 凛子の手は、熱くなっていた。


 手を握るって、こんなにどきどきするんだ――。


「リールもディゼムも繋いでください。皆で円になります」


「じゃあ凛子の左手を私が。凛子の手、あったかいね」


 リールに言われ、凛子は頬まで熱くなる。


 リールに、どきどきがばれちゃったかな。ミルゼにも……、ばれちゃったらどうしよう。


 意識しないように、と思うが、勝手に手も顔も、熱くなる。

 リールの左手を、がしっとディゼムが握っていた。


「ちょっと、ディゼム! クマみたいに乱暴にひとの手を握らないでよ!」


 リールが抗議していた。


「クマに手を握られたことあんのかよ!?」


 すぐさま言い返すディゼム。

 リールの頬はほのかに赤く染まっていた。照れ隠しであるのは一目瞭然だったが、ディゼムは気が付かないようだった。

 最後にディゼムとミルゼが手を握る。こちらはなんの騒動も起きず、平和だ。

 ミルゼは銀の瞳を閉じた。


「では……。『同調』!」


 ミルゼは深く息を吐き出した。


「我らは異世界の民、凛子の目を借り、見えなきものを見、隠れしものを見る――」


 ミルゼの声と共に、一瞬辺りが光に包まれた。風が通り抜け、美しい鈴の音が聞こえた気がした。

 しかしそれはほんのひとときのことで、そのあとは森の静寂に染まる。


「これで……、大丈夫なの?」


 声を出していいかためらわれたが、おそるおそる凛子が尋ねた。


「はい。大丈夫です」


 繋いでいた手を放す。突然空っぽになった手に、ちょっぴり寂しさのようなものを感じる。

 さっきまでの自分の動揺を気付かれたくなくて、ミルゼの顔は見れなかった。代わりに、というわけでもないが、リールと微笑みを交わす。


 でも、本当に、私の「目」で見えるんだろうか――。


 もしも、自分に「見る力」がなかったら、そのせいで皆を危険に晒してしまうのではないか、皆の安全が気掛かりだった。いつの間にか自分のことよりも――。


「そんな心配そうな顔しないで。大丈夫よ。自分の力を、それから私たちの力を信じて」


 凛子の不安を見透かすようにリールが声を掛け、凛子の頭をぽんぽんとたたく。リールの落ち着いたハスキーな声は、凛子の胸の奥底まですうっと染みわたっていくような気がした。


 そうだ。疑ってばかりいないで、信じなくちゃ。行動してみなくちゃ。


 凛子は力強く一歩踏み出した。

 藪の中をかき分けて進む。ミルゼの言った通り、すぐにまた開けた場所に出た。


「な……、なにこれ!」


 そこには、一面ぼんやりと発光するキノコが群生していた。軸の部分が細く長く、傘の部分は、雨傘が少し開いたというような感じの形をしていた。上の方が濃い紫で、下にいくほど薄い紫色をしている。

 そしてそれらのキノコの奥には――、巨大な漆黒のドラゴンが横たわり、目を閉じていた。


 ドラゴン……!


 固い鱗に覆われ、恐竜に翼が生えたようなその姿は、凛子が本や映画やゲームなどで見たドラゴンそのものだった。


「うわ! こいつはデカいな! 色も……。こいつはまさか……」


 ディゼムが思わず声を上げる。


「変異……、体!?」


 リールは声を震わしていた。


「えっ!? 『へんいたい』って!?」


「脱皮の時期が通常より早く、もうすっかり完成体となっている――、突然変異の個体です! これはまずい!」


 ミルゼが叫ぶと同時に、ドラゴンが黄金の瞳を開け、漆黒の巨大な翼を広げた。風圧でキノコが一斉に揺れる。


「ちっ!」


 ディゼムが構えると、光の結晶でできたクロスボウのようなものが、空中からディゼムの前に出現した。そのクロスボウは実在する物質ではない――、ディゼムの魔力による武器だった。


 ゴウウウウッ!


 リールが口から炎を吐いていた。


 ディゼム! リール!


 驚くべき光景に、凛子は大きく目を見開いた。

 リールの炎は、渦を巻き柱のようになり、まっすぐドラゴンへ向かっていく。

 リールの炎が到達する前、ドラゴンが首を上げた。そして、ドラゴンは炎の柱に向け、まるで氷のようなものを勢いよく口から吐く。

 リールの炎とドラゴンの氷、猛烈な勢いでぶつかり合う。熱と冷たさ、そして激しい光。二つの力は、しばらく押し合っていたが相殺し合う形で消えた。

 ドラゴンは、空を飛んだ。ディゼムがドラゴンめがけて光る矢を放つ。ドラゴンはディゼムの矢をかわしながら空中を飛ぶ。


「スピードが通常のドラゴンと違う! 桁違いだ!」


 凜子を守るように立つミルゼの上空に、いつの間にかドラゴンが――。そして、次の瞬間。


「きゃあああっ!」


 風。なにが起きたか理解が遅れる。

 立っている感覚がない。ものすごい勢いで、見える景色が変わる。凛子の体が、宙に浮いていた。

 凛子は気付く。自分の体が、飛翔するドラゴンに掴まれているのだと。


「凛子さん!」

 

 ミルゼの叫ぶ声が耳に届いていた――。

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