第14話 将来の夢
やはり、「ミモザ」での食事も、大量だった。目にもおいしそうな料理――それからアルコールも――が並ぶ。
「おいしい! この世界の料理は、みんなおいしいね」
もう慣れたもので、凛子は抵抗なく「異世界料理」を堪能していた。
「凛子さんのお口に合ってよかったです」
凛子に向かって満足げに微笑むミルゼ。あいかわらす、ミルゼは人一倍食べていた。まあ、ディゼムもリールも負けじと食べていたけれど。
「凛子は、学校に行ってるんだって?」
またしても「漫画肉」に食らいつきながら、ディゼムが尋ねた。
「はい」
そこで、今朝も本当は学校に行くところでした、と言うと恨みがましく聞こえそうなので、一応大人しく返事のみにしておいた。
「そうかあ。まだ学生さんかあ。将来はなにになりたいの?」
ディゼムが瞳を輝かせつつ、尋ねてきた。
「えっ……」
ディゼムはたぶん、多少興味はあってもそんなに深い意味などなく、ただ話が弾むことを期待して話を振ったのだろうが、凛子は言葉に詰まる。
自分は、なにになりたいんだろう――。
なんと答えたらいいか、わからなかった。
なにか、なにか言わなくちゃ……。
沈黙が、恥ずかしい気がした。自分のことを尋ねられたのに、自分の答えがわからない――。
自分でも気づかず、手のひらをぎゅっと握りしめていた。
ディゼムも、ミルゼも、リールも、凛子の言葉を待っている、そう思うとますます焦る。
いや、別に待ってなどいなかったのかもしれない。彼らは優しく微笑んでいたし、ゆったりとした空気が流れていた。
「えっと……、ま……」
まだわからないんです、そう答えようとしたときだった。
凛子をまっすぐ見つめていたディゼムが、言葉を変えた。
「んー。『なにになりたい』っていう聞きかたは、違うか」
「え……?」
「なにをしてても凛子は凛子なんだし、生きていれば自然とどんどん変わっていくわけだし、自分をなにかの枠にはめることはないからね。凛子は現在、なにをしてみたい?」
「まだ……、わかりません……。探しているんです」
凛子はついにうつむいてしまった。全然進路も決めてない。してみたいことも思い浮かばない。方向性くらいそろそろ決めなければという焦りもあったが、なんだか自分がからっぽの、魅力のない人間のような気がしてきたのだ。
「そっかあ! それはこれからが楽しみだね! 思いついたことをいろいろやってみるといいよ!」
ディゼムの快活な声に、驚いて顔を上げた。
「え……」
楽しみ、なの……?
「凛子は後にも先にも世界でただ一人、特別なただ一人なんだからね」
ぽかんとしてしまった。急になにを言うんだろうと、ディゼムの言葉の意図がわからなかった。
「自分を大切に、周りの人たちも大切に。そして、そのとき心から望むことを、ただやってみるといい。成功も失敗もちゃんと自分の血肉になるから。もちろん、なにもしたくなかったら、のんびりしてもいいと思うよ。のんびりすることが、そのとき一番大事なことかもしれないからね」
ディゼムは、なにも見つけられない私を、つまらないとか残念だとか、思わないの?
ディゼムは、酒の入った自分のグラスを見つめていた。グラスの中の氷が、かちりと小さな音をたてた。
「俺は……。パイロットとして働いてみたかったな」
ディゼムは、透明な氷に視線を落したまま呟く。その眼差しはまるで、少年だったころの遠い日の自分の姿を、氷の向こうに見ているよう――。
「そうなんですか! 初めて聞きました」
ディゼムの言葉に、ミルゼが驚いていた。
「ディゼムの夢は、パイロットだったのね」
ディゼムの夢の話は、リールも初耳だったようだ。
「でも、隣の町まで行くのに、飛行機は必要ないからね」
肩をすくめ、笑うディゼム。
「ミルゼは海、俺は空に憧れてたんだな」
ディゼムは少年のような目をしていた。
「凛子。たとえ叶えられない夢だったとしても、夢見ることは幸福なことなんだ。そこに苦痛や絶望を感じたとしても、たとえ追いかけた先、なにも残せなかったとしても、それでも過ごした時間が生きている証になる。一生懸命取り組むことで必ず次へと繋がるんだ。なんでも好奇心を持って眺めてごらん。宝物は、あらゆるところに隠れているから」
宝物――。
リールが優しい微笑みを浮かべていた。
「夢や目標が見つけられなくても、焦ることも恥じることもないのよ。凛子。なんたって人生は長いんだから。私だって、実現させたい将来のイメージは、いまだに漠然としてるし」
「リールはどんな夢を持ってるんですか?」
ミルゼが尋ねた。
「……お嫁さん」
ぶっ!
三人とも、思わず口に入れたものを吹き出してしまった。
「ちょーっと! なによその反応は!」
「い、いや、ちょっと意外すぎて……、ごめん」
「すみません……。想定外でした」
謝るディゼムとミルゼ。
「ごめんなさい。今ちょっとむせちゃって……」
とりあえず、凛子は偶然むせてしまった体を装った。
「ディゼム! ミルゼ! それに凛子まで! ちょーっと! あんたたち、失礼すぎるわよ! 私、こう見えても案外家庭的なんだから!」
「そうかあ。リールは『男なんて!』、と言いながらバリバリ仕事に邁進する感じかと思ってた」
ディゼムは大笑いするのかと思いきや、眩しいような眼差しでリールを見つめる。
「たくさんの子供や孫に囲まれた老後とか、素敵じゃない? 私は、家族のために強くなりたいの」
そうなんだ……。リールはそんな夢を持ってるんだ――。私はなんのために、誰のために努力すればいいんだろう……?
「もう老後の話かあ! 俺たち、何十年も経ったら、いったいどうなってんだろうな?」
「あんまり変わらないんじゃない? 特にディゼムはそのまんまの気がする」
「それはいいのか悪いのか!?」
「若々しいと見るか成長がないと見るか」
くすくすとリールが笑う。それからミルゼのほうをちらりと見た。
「ミルゼも変わらなそう」
「そうですか?」
「ミルゼはもともと、若さがない!」
びしっと指差すリール。痛いところを突く。
「き、きっぱり言い切りましたね!?」
ディゼムが、うんうんとうなずく。
「昔からミルゼは、穏やかぁーに仕上がってたからなあ! まあ子供っぽいとこもあるけど?」
「仕上がってるって……。人間が出来てる、とかそういう言い方ではないんですね……」
ミルゼが苦笑する。
私は、数十年後、どこでなにをしてるんだろう……?
自分がどこに向かおうとしているのか。そして誰とどんなふうに過ごしているのか。ちょっと想像ができなかった。ただ、今までは未来を考えると不安や焦燥感にとらわれがちだったのだが、今の凛子は明るく楽しみな気持ちが大きくなっていた。きっと、大人の語る未来への気楽な会話が安心感をもたらしてくれたのだろう。
「……数十年後どころか、今日のこと明日のこともわからないや」
熱々のチーズのたっぷりかかったドリアのような料理をスプーンですくいながら、凛子は呟く。持ち上げたスプーンの動きに合わせ、とろけたチーズが伸びる。
この不思議な人たちと過ごす摩訶不思議な時間も、皿からスプーンへ伸びているチーズのように、ちゃんとどこかに繋がっているのかな……?
「わからないのは、当たり前のことですよ」
ミルゼがゆったりとした口調で呟いていた。
「あらかじめ未来が全部わかってしまったら、ちょっとつまらないじゃないですか」
わからないことは、面白い……、の?
「……ミルゼが説明不足でここに連れてきたから、余計明日のことがわからない」
ちょっと口をとがらせ、文句を言ってみる。
「すみません。一応説明はしたんですが……」
「凛子! よかったな! ミルゼの説明不足のおかげで、とっても楽しいだろ?」
横からディゼムが茶々を入れる。
「ディゼム! もう!」
「ふうん? 凛子の中で俺はすでに呼び捨て扱いなんだな。まっ、嬉しいけど?」
凛子のほうに身を乗り出すディゼム。ちょっと意地悪な笑顔を浮かべている。わざと、からかっている。
「あっ……! すみません! つい……」
つい、と言ってしまってから気付く。つい、なんだというのだろう。つい、こいつは呼び捨てでいいや、と思っていたのか、と自己分析。いや、そこは深く追究しないでおこう、と凛子は自粛した。
「いいなあ。私なんて、なかなか名前すら呼んでもらえなかったんですよ」
ミルゼが少しすねた顔をした。
え。そこ、こだわる?
凛子は、ちょっとどきりとする。
「それはたぶん、ミルゼが悪いんじゃない?」
リールが、いたずらっぽい視線を投げていた。
「そうなんです! だってミルゼったら……」
そういえば、ミルゼもとっくに呼び捨て扱いだった、と凛子はそこで気付く。
私、今まで年上の人を呼び捨てにすることなんてなかった――。
「凛子。ディゼムのことは呼び捨てでいいわよ? なんなら『お前』、とかでもいいし」
「リール! お前―っ!」
まったく緊張感のない決行前夜。食べて飲んで笑って、そして明日の出発が早いということで夜の更けないうちに、それぞれ部屋に戻ることにした。
窓から丸い大きな月が見えた。
私は現在なにをすべきで、未来はどこへ向かうのだろう……?
月の光は優しく柔らかく、中庭の木々をそっと照らしていた。




