第10話 認められるということ
野菜料理の皿、肉料理の皿、そして四人分のグラス――凛子とミルゼだけソフトドリンクである――の脇に、ミルゼは羊皮紙に描かれた地図を広げた。
「予定通り明日早朝、このルートで向かいます」
「そ、早朝っ!?」
凜子は思わず大声で驚いてしまった。
「どうしたの? 凛子。なにか問題でも?」
リールが凛子の反応を見て、声をかけた。
「も、問題です!」
ミルゼも不思議そうな顔で凛子を見つめる。
「凛子さん。なにが問題なんです?」
「だ、だって、早朝って……! それじゃ、それじゃ今晩はどうするのよ!?」
朝を迎えるためには、当然のことながらまず夜を迎えねばならない。
夜を過ごすって、どこで、どうやって!? 大問題じゃない! それに、「予定通り」って、なに!? 初めて聞くんですけど!?
「宿は、みんなの分ちゃんととってありますよ」
「や、宿!」
あぜんとしてしまった。勝手に話が進んでいる。
「もちろん豪華で素敵な宿よねえ?」
すかさずリールがミルゼに顔を近づけ尋ねる。変な宿、しょぼい宿だったら容赦しない、とでも言いたげだ。
リールさんも、それでOKなの!?
反対意見を言おうとしたら、先にディゼムが話し出していた。
「女子はそういったとこに敏感だねえ! やれやれ、まずは今晩の宿のことから打ち合わせかよ。まあ確かに思い出作りにははずせない重要ポイントだけどねえ!」
ディゼムはそう言いながら頭の後ろに両手を当て、ちょっと伸びをする。
凛子がちょっと待って、と言おうとしたら、今度はミルゼが応えていた。
「ディゼムまで……。旅行じゃないんですから。リールも知ってるでしょう? すぐそこの『ミモザ』ですよ」
「ちょ、ちょっと待っ……」
凛子の声は、偶然隣のテーブルで起きた笑い声と、リールの溌溂とした声にかき消されてしまった。
「ああ! あそこは評判いいみたいよね!」
「あ! 俺泊まったことある! 飯もうまいんだぜ!」
ディゼムが急に目を輝かせ、身を乗り出した。肉食獣の両耳をぴんっと立てている――。いかにもわくわくしているという感じ。
だから、勝手に話を進――。
「部屋はリールと俺、ミルゼと凛子の組み合わせ? それとも俺と凛子?」
ディゼムがとんでもない爆弾を投下してきた。
「なっ……!」
凜子は顔が真っ赤になり、絶句する。
「ディゼム! なんで男女が同部屋なんですか!」
凛子の代わりに、ミルゼが指摘した。
「うーん。やっぱ野郎同士か」
そりゃそうだとわかってるけど改めて残念、そんなふうにディゼムが呟く。耳をしょぼんと寝かせてしまった――。思ったことがすぐ表れる、わかりやすい性格。
「当たり前でしょ」
ごっ!
リールがメニューの角をディゼムの頭にぶつけた。
「角はやめろや。角は!」
リールが今度はメニューの『面』の部分をディゼムの顔に押し付けてみる。
「面はもっとやめろお! 面を面に押し付けるなあっ!」
「…………」
ミルゼも凛子も、リールとディゼムの不毛なやり取りは見なかったことにした。面倒なので。
「ミルゼ……。そういう話も契約のときに、ちゃんと私に話していたの?」
ようやく凜子がミルゼを問いただす。ようやく、だった。隣ではまだリールとディゼムが、わあわあとなにかやっていた。
「ええ。もちろんです。契約ですから」
なんとまあ。
凜子がテーブルに突っ伏した。またしてもテーブルの上は料理だらけだったので、あまり隙間はなかったが。
「キノコ採りは早朝が定番ですから」
「それはそうだと思うけど……」
「うー。俺、朝早く起きんの苦手なんだよねえ」
リールとの攻防戦が収まったのか、ディゼムが話に混ざってきた。さも面倒そうに、雑に頭をかいている。
「凛子。起こして」
ごっ。
リールが無言でメニューの角を、ディゼムの頭にお見舞いした。秒速である。
なんだろう、このひとたちは。
ドラゴンがいる、そうミルゼは説明していた。自分も含めこのメンバーで本当に大丈夫なのか、凛子はとてつもなく不安になる。
「あの……。皆さんはこういうお仕事、今までも何度かなさっていたのですか?」
おそるおそる訊いてみた。
「ええ。そうよ」
リールが答えた。リールの瞳孔は、猫や爬虫類のように縦長な形状になっていた。それが不思議と気持ち悪いというわけではなく、神秘的な美しさがあり思わず凛子は見つめてしまう。
「我々は基本このメンバーです」
ミルゼが微笑む。落ち着いた口調から、他の二人を深く信頼しているのが伝わってくる。
「プラスもう一人、凛子の役割をする人、それでいつも合計四人なんだ」
ディゼムが指を四本立てて答えた。ミルゼと違い、男らしい大きな手。
「私の役割?」
「ええ。我々の『目』となる役割です」
「目……」
そういえばさっき、私の力は「冷静に本質を見極めようとする目」とミルゼが言っていたっけ――。
「私たちには見えないものを見てもらうの。さっきのカードの炎のように」
「リールさん……。私に本当にそんなことが……」
「あら。リールでいいわよ。凛子。さっき、自分でもその力がわかったんじゃないの?」
本当に、そんなことが――。
ミルゼもリールもディゼムも、凛子を見つめ穏やかに微笑む。
皆の眼差しに、どきりとした。
凛子を信頼し、仲間として受け入れ、そして尊重している、そんな空気が流れていた。
大人の人たちからこんなふうに見てもらえるの、初めて――。
自分の能力という実感はないが、それでも自分を一人前として見てもらえることは嬉しいと思った。認められることの喜びと清々しい緊張感があった。自然と背筋が伸びていた。
私に、本当にあるのかな……。トクベツ、が……。
知りたい、と思った。自分からは見えない、他者から見える自分を。
そこになにか答えがあるのかもしれない、たとえちゃんとした答えが見つからなくても、純粋に見てみたい、と思った。




