外交官のお忍び散歩~お供の狂狼を添えて~
盗賊に襲われたあの日以降。アドルフは以前のように積極的に構ってくるようになった。
放って置いてくれよ! 本当に何なんだお前!
おかげであの狼に対しては、スラスラと毒舌が出るようになってしまった。
最初のうちは、それを聞いたヴェーラとエヴァンがぎょっとしていたな。命知らずだと思われたらしい。
ロッコは最初、一瞬だけ目を見開いた後は好々爺然として笑っているだけだった。
あの爺め。きっと『ほれ、儂の言った通りになったじゃろう?』なんて思ってやがるんだろうな!
アドルフ以外は、俺が毒舌を吐くような人間であることを知った時。意外だと思ったそうだ。
それを知ってドン引きするかと思いきや、むしろ前よりも気安くなってくれて嬉しい、とのこと。
お前らもか! いいから俺に関わるな。馴れ合うな。もっと距離を詰めようとか考えるんじゃねぇぞ? ただでさえアドルフがぐいぐい来やがるし……!
そんな訳で、アドルフを中心に俺を構おうとする奴らの猛攻をかわしながら、外交官としての交渉を続けていたのだが。
ある日。交渉が終わった後に、アドルフがこんな事を言い出した。
「レイモンド。お前、前にオリソンテを見て回った時に他の街のことを気にしてたよな?」
「えぇ、そうですね。それが何か?」
「他の街の様子も見に行かないか?」
「はぁ?」
何言ってんだこいつ。そんな無茶なこと、できるわけないだろ。
「何を言ってるんですか? 分かっていると思いますが、私はここに来るまでに御者と護衛の騎士と共に馬車で来ています。そして、その目的はあなた方と交渉をするためです。それ以外の目的で行動することは許されていません。他の街への移動なんて、できるわけが無い」
「バレなきゃいいんだろ?」
「……前は領主の館の近くでしたからすぐに帰ることができましたが、他の街からこの街へすぐに帰れるはずが――」
「あるんだよなぁ」
「あるのだよ」
ニヤリと笑う狼に、強気に笑うホワイトタイガー。……アドルフはムカつくが、ヴェーラは似合ってるぞ、その笑顔。さすがは美女。
そんな時、ロッコがやって来た。
「もう説明は終わったかの?」
「いや、これから他の街に行く方法について説明するところだった」
「そうか。ではちょうど良い。儂から説明するとしよう」
一度咳払いをしたロッコは、俺に疑問を投げ掛ける。
「レイモンド君。君は時空魔法についてどの程度知っておるのじゃ?」
「時空魔法ですか? 熟練の魔法使いのみが使える、難しい魔法だと聞いていますが」
時空魔法の使い手は、王国では一人だけだった。
しかし。彼女はその事実を、俺以外の人間にずっと隠していた。そして、その秘密を抱えたまま処刑されてしまったのだ。……シャノン師匠のことである。
俺は生前の彼女から時空魔法について詳しく聞いていたため、よく知っている。この魔法は文字通り、時間と空間を利用する魔法だ。
前世のゲームやファンタジー小説の中でよく登場する、瞬間移動ができ――あっ。
「……あの魔法を利用すると、遠方にいる方と会話をすることができたり、物の重さを自由に変化させることができたり――知っている場所であれば、どんなに離れていても一瞬で目的地に移動することができるそうですね。もしや、ロッコ殿は……?」
「うむ! その通りじゃ。察しが良いのう。儂はその時空魔法の使い手じゃよ」
まさか、シャノン以外の使い手と出会うとは思わなかった。
つまり、俺をその瞬間移動の魔法――テレポートで別の街に連れて行こうとしているわけか。
「……話は分かりました。しかし、ありがたい申し出ですが遠慮させていただきます」
「また迷惑になるとか考えてねぇだろうな?」
「それもそうですが、エクレール教の信者の目がどこにあるかも分からないので、やはり他の街には行けません」
獣王軍が各地の教会を焼き討ちしたとはいえ、信者達がまだどこかに身を潜めている可能性は高いだろう。
その信者達が別の街にいる俺を目撃して、王都の神殿にそれを報告されたらまずい。何が起こるか分からない。
「私の容姿は目立ちますから……もしもその街に信者がいたら、すぐに見つかってしまうでしょう」
なんせ、見るからに貴族だし金髪紫目だからな。超目立つ。
「……じゃあ変装すればいいじゃねぇか」
「変装……?」
「ジジイ。確か昔、魔族の研究者からもらったマジック・アイテムの中で、変装に役立つ物があるって話をしてくれたよな?」
「……おお、あれか! なるほどのう。確かにあれを使って、あとは服装を平民の物にすれば完璧じゃ」
「そんな物があったのか? 私は聞いたことがないのだが……」
「うむ。大分前にもらった物で、儂も半分忘れておった。よく覚えていたのう、アドルフ坊主」
「坊主言うな。たまたま覚えてたんだよ。いいからさっさと出せ」
「分かった分かった」
すると、ロッコは呪文を唱える。……呪文と術式からして、時空魔法のスペイス・ウェアハウスか。
これは簡単に言えば亜空間から自由に物を取り出すことができる魔法だ。便利だよなぁ。
その分、習得するのにかなり時間を取られるようだが。シャノンも習得には数年掛けたって言ってたな。
魔法を発動した後。ロッコは亜空間から二つ、ある物を取り出した。
一つは、銀色のチェーンの先に青くて丸い石が付いているネックレス。もう一つは手鏡だ。
「ほれ。これが変装できるマジック・アイテム……変色ネックレスじゃ」
「変色……?」
「その名の通り、これを使えば髪の色、瞳の色、肌の色を変えることができるのじゃ。時間制限はなく、ネックレスを身に付けている間はいつまでも効果が続く。鑑定魔法を阻害する効果も付与されておるぞ」
「そんな貴重なマジック・アイテムを、私が使っていいのですか?」
「構わぬよ。儂は全く使っていなかったのでな。必要としている者が使ってくれた方が、このネックレスも喜ぶじゃろう」
「……すみません。お借りします」
ロッコからネックレスを受け取った俺は、それを首から下げる。
「使い方は簡単じゃ。髪、瞳、肌の色をそれぞれ好きに想像し、青い石の部分に自分の魔力を送る。そうすれば一瞬で変わるぞ」
「分かりました。……とりあえず、一度試しに変えてみますね」
さて、何色にしようかな。……あ、ちょうど良いところに想像しやすい対象がいるな。よし、それにしよう。
その姿を想像しながら、青い石に魔力を送った。
「お、おお……!」
「これはまた……元の色から大きく変わったのう!」
「…………」
「ロッコ殿、鏡をお借りしても?」
「おっと、そうじゃったな。ほれ」
ロッコから借りた手鏡を見て、姿を確認する。……想像通りだな。上手くいった。
「…………おい、レイモンド」
「はい?」
「お前、何で俺の容姿に合わせたんだ……?」
「ちょうど、想像しやすい対象が近くにいたので。それ以外に他意はありません」
そう。今の俺は銀髪赤目、褐色肌になっていた。アドルフは複雑そうな顔で俺を見ている。
次に。俺は髪と瞳の色を茶色に、肌の色は元の色白よりも肌色に近づくように想像して、石に魔力を送った。
「……地味だな」
「変装なんですから、地味にするのが当たり前でしょう」
「うむ。これほど地味なら、目立たないな」
「そうじゃのう。ちょうど良い地味具合じゃ」
「……まぁ、そうだな。確かに元の姿とは結び付かない程に地味だ」
「あの、そんなに地味だ地味だと言わないでくれませんか?」
その後。ロッコが時空魔法のテレパス……遠くにいる相手と会話ができるようになる魔法を使い、エヴァンに平民の服を何着か見繕って持って来るように頼んだ。
それからしばらく待っていると、エヴァンがやって来た。彼と、その肩に乗っているハルが俺を見て驚く。
「レイモンド殿、ですか? その髪と目……それに肌の色はどうしたんです?」
「ロッコ殿からマジック・アイテムを借りまして。それで見た目を変えています」
「なるほど! マジック・アイテムですか……その見た目、いつもと比べると新鮮で良いですね。よく似合っていると思いますよ」
「ニャァー!」
「ありがとうございます……!」
エヴァンとハルは優しいな! ハルはともかく、エヴァンはこの中だと比較的大人しいタイプだし、俺ともあまり距離を詰めようとして来ない。俺にとって彼は癒しキャラだ。
「ではさっそくですが、別室に行きましょう。平民の服をいくつか身繕ったので、着替えてみてください」
「…………」
「……レイモンド殿?」
今さらだが、流されるままに他の街に行くことが決定してるな。……このままだと、また迷惑を掛けることになる。
「……あの、やはり私は――」
「おい、さっさと着替えろ。もう散歩に行く場所は決まってるぞ」
「は?」
「エヴァン。部屋ってどこだ?」
「す、すぐ隣の部屋ですが?」
「よし。……ほら、レイモンド。行くぞ。自分で着替えられないなら俺が着せてやるから」
「子供じゃないですし、それぐらいできま――あ、こら! 引っ張らないでください!」
結局。アドルフに押される形で着替えることになってしまった。あの野郎、絶対にわざとだ。無理やり別室に閉じ込めやがって……!
あぁ、分かった。分かったよ。さっさと着替えて大人しく散歩に出掛ければいいんだろ? 分かりましたよ!
ところで、街の見学イコール散歩っていう間抜けな公式はもう覆らないのだろうか?
「散歩は散歩だ」
「そう思っているのはあなただけですよ、アドルフ殿」
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