過去編:外交官の学生時代【後編】
※シリアス。人が処刑される描写あり。念のために注意。
「やぁ、カルヴィン。よく連れて来てくれたね。ありがとう」
部屋の中にいたのは、壮年の美男だった。
プラチナブロンドの長髪に金色の瞳。……その髪と瞳はいっそ恐ろしい程に美しく、男の存在をありありと感じさせる。
カーテンが全て閉め切られており、部屋の中は少し暗い。そのせいか、男の美しさがより一層際立っている気がした。
その男……セオドリク教祖は父親に向けて、にこやかにお礼を告げる。
「い、いえいえ! セオドリク様のご命令とあらば、いつでも……!」
「そうか。ではさっそくで悪いが、レイモンドを置いて一旦席を外してもらえるかな? 彼と少し話がしたくてね」
「は……いや、しかし愚息が教祖様にご迷惑を掛けるのでは……」
「いいから。……席を、外してくれたまえ」
「は、ははっ!」
今までに見たことが無いほどへりくだる様子を見せた父親は、教祖の言葉に従って退出する。これで部屋の中にいるのは俺と教祖、それから教祖の護衛騎士二名のみとなった。
「さて。こうして話すことは初めてだから、まずは自己紹介から始めようか。エクレール教の教祖、セオドリク・エクレール・ヘイズだ」
「……カルヴィン・ノア・ベイリーの三男、レイモンド・ベイリーと申します。お目に掛かれて大変光栄です。教祖様……」
ここでちゃんと礼儀正しくしておかないと、後で何をされるか分からないからな。嘘でも敬意を払わねば。
「ふっ……さすがカルヴィンの子だ。とても礼儀正しい」
「……恐縮です」
「うん。……さぁ、レイモンド。こちらに掛けなさい」
「失礼します」
言われるがままに、教祖の向かいに置いてあった椅子に座る。先程よりも距離が近いため、その顔立ちを観察することができた。
(やっぱり、若いな。……不自然な程に)
いくらなんでも、見た目が若過ぎると思った。学校で習ったエクレール教の歴史と教祖の経歴を考えると、もっと老けていてもおかしくないのに……
「実はね。私とレイモンドは、君が赤ん坊の頃に一度だけ会っているのだよ」
「それは、初めて知りました。存じ上げず、誠に申し訳ございません……」
「あぁいやいや。構わないよ。あの時の小さな赤ん坊が、よくぞここまで成長したものだ……」
優しく微笑んでいるが、俺はどうしても気が抜けなかった。なんとなく、嫌な感じがするのだ。理由は分からない。
「君はエクレール学院でも、非常に優秀な成績を収めているようだね。カルヴィンも鼻が高いだろうし、学院の創設者である私も嬉しく思っているよ」
「……勿体ないお言葉です。ありがとうございます」
義務的に言葉を返しながらも、思う。――で? 何で俺を呼んだ?
この男の目的が分からない。父親のついでに呼び出されたのかと思いきや、その父親をすぐに退出させてしまうわ、俺とどうでもいい雑談をするわ……結局、俺は何故呼ばれた?
すると、教祖はちょうどいいタイミングで本題に入った。
「ふむ。そろそろ君も疑問に思うだろうね。私が、国王の側近の一人であるカルヴィンの息子とはいえ、今はただの学生である君を何故呼び出したのか」
「……はい。その理由が分からず、困惑しております。よろしければ、お教え願えますか?」
「あぁ、もちろんだとも。……ただ、もう少しだけ待っていてくれ。外の準備が整うまでは」
「外の準備?」
何のことだ? この部屋のカーテンが閉め切られていることと、何か関係があるのか?
その時。部屋の外からノック音が聞こえる。護衛の騎士の一人が扉を開けると、使用人の姿があった。
「教祖様。罪人の処刑の準備が整ったようです。王都の民もそのほとんどが見物しております」
「ありがとう。下がりなさい」
「はい! 失礼します」
使用人が下がった後、俺は恐る恐る教祖を見る。今、処刑って言ってたよな……?
「教祖様。処刑とは……?」
「文字通り、これから罪人の処刑を行うのだよ」
そう言って立ち上がった教祖は、近くのカーテンを一つ開けた。
「さぁ、レイモンド。君もこちらに来て下を見てみなさい。……罪人が処刑されるまで、共に見届けるとしよう」
「…………」
とてつもなく嫌な予感を感じながら、俺はゆっくりと立ち上がり、教祖の隣に立って窓越しに下を見た。
処刑台は王城前の広場の中心に設置されており、その周りを王都の市民達が囲んでいた。そして罪人は処刑台の上で後ろ手に縛られ、拘束されている。
その、罪人は――老女だった。
「シャノン、師匠……?」
何かの間違いだと思った。そう思いたかった!
しかしどう見ても、罪人は間違いなくエクレール学院の図書館の主にして、俺が心から慕っている魔法使い……シャノンだった。
「そう。彼女は我がエクレール学院の図書館司書を勤めていた魔法使い、シャノンだ。……君とはとても親しい関係にあったようだね。今回のことは残念でならないよ」
「何故……何故です! 何故彼女が処刑されなければならないのですか!」
「何故? 君には心当たりがあるだろう?」
「心当たりって――あっ……!」
心当たりは、一つしかない。術式の書き換えだ。しかし、俺もシャノンもあれに関しては細心の注意を払って取り扱っていた!
人前では絶対に使わなかったし、それに関する資料だって厳重に保管していたはずなのに……!
「まだレイモンドが入学していなかった頃。とある信心深い者が一人、神殿に報告してくれたことがあったのだ。エクレール学院の図書館司書が、我々が女神から授かった大切な魔法の術式を弄んでいる、とね」
「なっ……!」
「しかし、私はその時一度だけ見逃したのだよ。シャノンはとても優秀な魔法使いだ。研究の末に、そんな方法を思い付いたとしてもおかしくない。だから彼女の優秀さに免じて、術式を書き換える方法を自分の心の中に留めておくのであれば、そのまま知らない振りをしてあげようと考えたのだ。しかし、彼女はそうしなかった。……レイモンドに教えてしまった」
「あ……」
「それが判明した時。本当に残念だと思ったよ。優秀な魔法使いという貴重な存在を異教徒として葬らなくてはいけなくなった、なんて」
「…………」
「異端審問官による調査で、シャノンが君に術式の書き換えを伝授してしまったことが判明した後。私は異端審問官を通して彼女に伝えたのだよ。君が自ら罪を告白すれば、少なくとも君の弟子の命は助かる、とね。彼女は素直に従ってくれた」
それは、つまり。自白しなければ、お前の弟子の命は無いと脅迫したも同然だろうが……! 弟子想いのシャノンが、それに抵抗するはずがない。このクズ教祖め!
しかし今は、このクズに怒りをぶつけている暇はない!
(今すぐに彼女の下へ行かなければ!)
俺はシャノンの下に行こうと、その場を離れようとした。
だがその時。俺は完全に冷静さを失っていた。既に処刑が始まろうとしているのに、今さらそれを止められるはずがなかった。それに――
「……彼を取り押さえなさい」
「はっ!」
このクズ教祖が、その邪魔をしないはずがなかったのだ。
「くそっ! 離せ! 離せよ、この……! くそがぁ!」
「おや。先程までの冷静な態度はどこに行ったんだい? ……彼を取り押さえたまま、私の隣へ」
どれだけ暴れても、現役の男の騎士二名の力には敵わない。為す術もなく、教祖の隣まで連れ戻された。
「見届けるんだ、レイモンド。君のせいで処刑されてしまう、哀れな老婆のことを」
「――!」
教祖の言葉に息を呑み、それからシャノンを見た。その時偶然、シャノンが顔を上げてこちらを見る。……俺と目が合い、キラキラと輝く青の瞳が見開かれた。
「師匠……! シャノン師匠!」
俺が彼女の名前を呼ぶと、彼女が口を動かす。その動きで、彼女も俺の名前を呼んでいることが分かった――次の瞬間。
「あぁっ……!」
首が、切り落とされた。……大量の出血と共にシャノンの首が地に落ちて、胴体も処刑台に沈む。
「う、あ――っ、あああぁぁぁぁっ!」
死んだ。死んでしまった……! 俺の師匠が、あんなに心優しい人が、俺のせいで死んだっ!
「師匠、ししょ……っ、シャノン! あぁ、うああぁぁ……っ!」
しばらく子供のように泣き叫んだ俺は、次第に体力を削られていき……大人しくなった。
それを待っていたかのように、教祖が俺の耳元で囁く。
「自分のせいで大切な誰かが処刑されるのを目の当たりにした気分は、どうだった?」
「…………」
「くく、ふふふっ……これに懲りたら、もう余計な気を起こさないようにしたまえ。それに、私と父親には逆らってはいけないよ。大人しく従うのだ」
「…………」
「それから、忠告しておこう。……もしも君が今後、再び大切な誰かを見つけたら――いずれその大切な誰かは、また君のせいで死ぬことになるだろう」
「――!」
「そうされたくなかったら、私と父親には大人しく従うことだ」
「…………」
「返事はどうした、レイモンド」
「……は、い。教祖、様」
「ふっ。……良い子だ」
頭を優しく撫でられる。その手を心底叩き落としたくなったが……結局、それはできなかった。
(もう、誰にも心を許してはいけない。頼ってはいけない。甘えてはいけない! 次に大切な誰かが見つかったら、また俺のせいで失ってしまう!)
大切な誰かに迷惑を掛けたくない。巻き込みたくない。もう二度と、失いたくない!
だから俺は――拒絶する。
大切な師匠を失った日に、そう心に決めたのだ。
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