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過去編:外交官の学生時代【前編】





 主に貴族の子女が通う、王都に設立された学校――エクレール学院。


 そこに入学した当初。俺は国王の側近の一人であるベイリー公爵の息子だからと周囲に注目されていた。

 しかし剣の才能も攻撃魔法の才能も無いと判明した途端、すぐに見下されるようになった。盛大な手のひら返しである。


 それは別に構わない。今世は家庭内でもいろんな意味で針のむしろだからな。一人になることは慣れている。



 そんなある日のこと。俺は放課後の学校の図書館で補助魔法に関する資料をかき集め、自分なりに補助魔法について研究していた。


 学校では補助魔法や回復魔法等について、詳しく教えてくれない。

 教師も生徒も皆、剣術や攻撃魔法、礼儀作法やエクレール教の教えを重視する。補助魔法については、教えてくれても本当に触りだけだった。


 ならば自分で研究するしかないと考え、放課後は基本的に図書室に籠っている。……だが、その日の俺は疲れが溜まっており、勉強中にテーブルに突っ伏して眠ってしまった。



 そして目を覚ました時、顔を上げた俺の目の前にいたのは――一人の老女だった。


 白髪に、青い目。赤眼鏡を掛けているその老女は、俺自身の考えや疑問を書き連ねた紙を見ながら、しきりに頷いている。



「ほう……ほうほう! これは面白い視点じゃな。それに鋭い指摘じゃ。実に良い!」

「あ、あの……どちら様でしょう?」

「む? おぉ、起きたか寝坊助! お前さん、名前はなんじゃ?」

「それを先に聞いたのは私の方なのですが……」

「おっと、すまん! ワシの名前はシャノン。この図書館の主じゃ!」



 そう言って、元気な老女は胸を張る。――これが、俺と師匠のファーストコンタクトである。



 その後、師匠は俺が紙に書いた疑問に答えてくれた。俺の考えについて気になった点を指摘し、逆にこちらへ質問してくることもあった。


 そんな問答を繰り返すうちに、気がつけば意気投合していた。



「はっはっは! お前さん、やはり面白い奴じゃのう。……よし、決めたぞ。今日からお前さんをワシの弟子にしてやろう!」

「あぁ、いえ。それは遠慮します」

「そこは喜ぶところじゃろう? お前さんは……む? 名前はなんじゃったか。そういえばまだ聞いていなかったのう」

「レイモンド・ベイリーと申します」

「……そうか。お前さんがあのベイリー家の三男坊か。しかし、レイモンドは長いのう……うむ、レイと呼ぼう!」

「え、本人に許可も取らずに?」

「レイ! ワシが師匠として補助魔法の真髄を教えてやろう!」

「あ、決定事項ですか、そうですか……」



 会話の流れでシャノンの弟子にされた俺は、その日以降。シャノンの下で補助魔法を学ぶことになった。

 彼女の教え方は的確でとても分かりやすく、俺は次々とその知識を吸収した。



「お前さんは物覚えがいいのう、レイ! 教えているワシの方も楽しくなるわい」

「そう、ですか? 初めて言われました」

「何? そうか。ならばワシが一番最初に気づいたということか! はっはっは! 気分がええのう!」

「何故褒められた私よりも、師匠の方が嬉しそうにしているんですか……」



 本当に元気な人だ。見た目は老女なのに、中身はまるで子供のよう。……しかし、俺はこの人の明るさに救われていた。


 この学校にいる人間は、大体がエクレール教に染まりきった狂信者だ。

 毎日のように女神エクレールと神殿の教祖を讃える言葉に、獣人や魔族を貶す言葉ばかりが聞こえてくる。


 俺はどうしてもそれに同調できなくて、周囲の人間とはあまり会話しないようにしていた。

 たまに俺の容姿の良さに惹かれて話し掛けてくる女子生徒がいるが、それは上手くあしらうようにしている。


 そんなことを繰り返していたせいか、俺に話し掛けてくる者は次第にいなくなった。……それでいい。俺も気を使わなくて済むからな。


 そんな学生生活も、シャノンのおかげで大分楽になった。

 この人の下で修行している時が、一番気が休まる時だった。俺にとっては最高の息抜きになっている。



「レイモンド。……今日はお前さんに、ある技術を教えよう。――魔法の術式の書き換えじゃ」



 シャノンの弟子になって、一年が経過したある日……彼女は俺にそう言った。



「術式の書き換え……?」

「そうじゃ。おそらく、ルベル王国では今のところワシだけが使える技術じゃ」

「えっ? そんな貴重な技術を、私なんかに教えていいんですか?」

「違うぞ、レイ。お前さんじゃから教えるのじゃ。お前さんならきっと、これを上手く使いこなせるはず。ワシはそう信じて、レイに教えようと思っておる」

「師匠……」

「ただし。――これはおそらく王国内では……否、エクレール教の教えでは禁忌とされる技術じゃろう」

「なっ……!」



 そんなことを言うってことは、やはりシャノンは……!



「師匠は、エクレール教に賛同していないのですね?」

「……うむ。お前さんもそうじゃろう?」

「えぇ。……私の予想が外れていなくて、安心しましたよ。あなたがエクレール教に賛同していない人で良かった」

「ワシも安心した。お前さんがそれらしい言動をワシの前で何度か見せてくれたおかげで、ワシもそれを明かす勇気が出たのじゃ。……いやードキドキしたわい!」

「私も、あなたの前でそれらしい言動を見せる度にドキドキしていましたよ」




 互いに苦笑いしてから、術式の書き換えについての話を聞いた。


 まず、何故それが禁忌とされるのかというと。王国では、全ての魔法が女神エクレールから人間に授けられた物だと言われているから、だそうだ。

 教典には書かれていないが、その神から授けられた物を勝手に書き換えることは、禁忌とされてもおかしくない。


 というのが、シャノンの考えだった。俺もそれに同意した。確かに、あの狂った宗教ならあり得るだろう。



「……ところで師匠。どうやってそんな方法を見つけたんですか?」

「偶然じゃよ。もしかしたらできるかも、と思って試行錯誤したらできてしまったのじゃ! いやはや、天才はこれだから困るのう!」

「あーうん、はい。そうですねー……でも、その天才が禁忌に触れてどうするんですか」

「若気の至りじゃ、許せ!」

「バレたらエクレール神殿によって、処刑されてしまいますよ」

「……分かっておる。だからお前さんも、これを覚えたら決して人前で使ってはならん。良いな?」

「はい。それはもちろん。私だって、死にたくはありませんから」

「……自分から言っておいて何じゃが、断らないのか?」



 シャノンは不安そうに、俺の様子を窺う。俺は呆れてしまった。今さら何を言っているんだ、この人は。



「シャノン師匠。私はあなたの弟子です。それも、一番弟子ですよ?」

「う? うむ、そうじゃな……」

「そんな私が――後世に自分が編み出した技術を遺したいと考えるあなたの思いを、無駄にするわけがないでしょう?」

「何故、それを……?」



 シャノンが目を丸くさせて驚いている。やはりそうか。


 前世の友人に、とある職人がいた。彼はその技術をどうしても後世に遺したいと思い、弟子を取った。

 師というのは、弟子に何かを遺したがる生き物だ……なんて言っていたな。


 きっと、彼女もそうではないかと思ったのだ。



「私が知っているあなたなら、そう考えるだろうと思っていました」

「……ふふ。そうか! では心して聞くがいい、我が弟子よ!」

「はい!」



 そして上機嫌な師匠から、術式の書き換えについて教わった。


 師匠から様々なことを教えてもらい、経験を重ねる。

 そうすれば、いつかあの家族への復讐も可能になるのでは? ……そんな打算があったことは否定できない。


 だが、お世話になっているシャノンのために、何かできることをしてやりたい……そんな気持ちがあることもまた、事実だった。



 その時の俺は既に父親から、将来は王城で文官として働くように、と命令されていた。

 要は父親が敷いたレールの上をそのまま走れ、ということだ。……だがそうなった後も、弟子として師匠の下へ通い続けようと心に決めていた。


 しかし。卒業を前にして、そんな決意が無駄となる出来事が起こってしまった。



 それは、いよいよエクレール学院から卒業する日が近づいてきた、ある日のこと。俺は突然学校にやって来た父親に連れ出され、王城に向かっていた。



「父上。そろそろ私を連れ出した理由を教えていただきたいのですが」

「いいから黙って私について来い! 口出しするな!」

「そうは言っても、何も説明されないままでは私も困ります」

「この……! あぁ――やはりセオドリク様の言う通りだった!」

「セオドリク様……?」



 セオドリク・エクレール・ヘイズ。


 エクレール教の教祖の名前だ。女神エクレールから神託を授かることができる、唯一の人物。

 エクレール教の信者達から崇拝されており、人格者で、慈愛に満ちた、素晴らしいお方である……らしい。


 俺は全く信じちゃいないけどな。本当に人格者で慈愛に満ちている素晴らしいお方なら、エクレール教に逆らったら即処刑! なんてやるはずがないだろ?

 それに、わざわざミドルネームに神の名前を使うような男だ。自己顕示欲の塊じゃねぇか。……いや、それは偏見か?


 で、何故その教祖の名前が出てきたんだ?


 父親にそのことを聞こうとしたが、その前に目的地に到着してしまったようだ。ある部屋のドア……見るからに豪華なドアの前で足を止めた父親は、そのドアをノックする。



「か、カルヴィン・ノア・ベイリーです。愚息のレイモンドを連れて参りました!」

「――入りなさい」



 その穏やかな声に、何故か寒気を感じた。





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