外交官と狂狼の商業都市散歩
領主の館の裏口から出た俺は、アドルフの案内で商店街に向かった。商店街に近づくにつれて人が多くなる。
「迷子になるなよ、レイモンド」
「私はそんな子供ではありませんよ。……それに、アドルフ殿が私の手首を掴んでいるじゃないですか」
「おぉ、そうだったな。……ま、いざとなれば俺がお前の匂いを辿って探せばいいだけだ。俺は獣人族の中でも鼻は良い方だからな」
「……なるほど。狼だからですか」
「あぁ。もっと鼻の良い奴らもいるけどな」
それって、象の獣人だったりするのか? 前世では動物の中で、最も鼻が良いとされていたが……いるかな? 象の獣人。
(それにしても、人混みの中に獣人達が結構いるな……)
おそらく、獣王軍第一旅団に所属している者達だろう。アドルフがいることに気づくと、揃って敬礼していた。
彼はそれに対して、軽く手を上げて応えている。……あれ?
「あの、今さらなんですが……アドルフ殿は、第一旅団の中でどのような立場にいるのでしょうか?」
「あ? まだ言ってなかったか?」
「聞いてないです」
「そうか、悪い。――第一旅団戦闘部隊隊長……兼、副団長だ」
「戦闘部隊隊長はともかく……副団長、ですか」
「意外か?」
「意外です」
「正直な奴だな!」
本当に意外だった。副団長ならロッコの方が似合っているのでは? 俺がそう聞いてみると……
「お前の言う通りだ。ジジイの方がそれらしい。だが万が一、団長の身に何かがあった場合。副団長は団長の代わりに指揮を取らなきゃならねぇ。ジジイはそういう立場にいない方がいい。いざという時に立場に縛られて、動けなくなっちまう。あの人は自由でいた方がその力を発揮してくれるんだ」
「そういうものですか……」
「あぁ。……あとな、本当なら俺が団長で、ボスが戦闘部隊隊長兼副団長になるはずだったんだぜ?」
「えっ?」
そうだったのか? ……それが何故逆になったんだ?
「獣人族では力が全てだ。旅団の団員の中で一番強い奴が団長になる。それに従って、第一旅団で一番強い俺が団長になるはずだったが……辞退した」
「何故です?」
「団長ってのは団員をまとめ上げて、それぞれに適切な指示を出さなきゃならねぇ。……俺には向いてなかった。俺は大勢に指示を出す立場よりも、指示を受けてから動く方が向いてるんだ。一つの団体の頭よりも、手足の方がな」
「…………」
「ヴェーラは頭の方が向いていた。第一旅団で二番目に強い奴だし、他の団員に事情を説明してあいつを団長に推薦すれば、そこまで反対されねぇだろうと思った。俺もあいつの指示だったら文句無しで動けるからな。ヴェーラからは反対されたが、説得して団長になってもらった。で、俺とあいつの立場を交換した。……本当なら副団長も辞退したかったんだがな。ヴェーラが副団長をやらないなら無理やり団長の立場に戻すぞ、なんて脅してきやがったから……」
最後の方は愚痴になっていた。
手を引かれているから顔は見えなかったが、その代わりに尻尾に感情が出ていた。
ゆらゆらと左右に動いている。ご機嫌だ。……なるほど。ヴェーラに対して悪感情は持っていないようだな。
「以前から思っていましたが……」
「あん?」
「ロッコ殿をクソジジイと呼んだり、ヴェーラ殿を馬鹿ボスと呼んだりしているくせに、アドルフ殿は彼らのことを心から慕っているんですね」
「なっ――はぁ?」
アドルフが素っ頓狂な声を上げて振り向いた。頬が少し赤くなっている。
「べっ、別にそんなことねぇよ!」
「そうですか、全く無いんですか」
「あぁ! そ、う……じゃ、ねぇけどよ。まぁ、ちょっとは……信頼、してる」
「……そうですか」
彼の様子を見て、前世の俺の孫の一人を思い出した。
その子は両親が大好きなのに、それを絶対に表に出さない子だった。
周りからは生意気だと思われていたが、実際は俺がそのことを少し問い詰めただけで、両親が大好きだと素直に認める……そんな可愛い子だったな。
その孫と目の前にいる男の共通点を見つけて、つい嬉しくなる。少し親近感が――って、おい待て!
(それは駄目だろ!)
そうだ、駄目だ! ほだされるな。相手は他人だ。俺なんかが心を寄せてはいけない。情が移ったら、俺は相手に甘えてしまうだろう。
俺が甘えたら、彼らを俺の問題に巻き込んでしまう。迷惑になる。
アドルフ達だけは、巻き込みたくない。迷惑を掛けたくないんだ。
「この辺りから屋台が出てる。俺のおすすめを教えてやるよ」
「……ありがとうございます」
楽しそうにしているアドルフには申し訳ないと思いつつ、俺は改めて心を閉じることにしたのだが……それがさっそく無駄になる出来事があった。
「これ、は……?」
「初めて見るだろ。俺達の国じゃ、結構広まってるんだけどな――肉まんっていう料理だ」
いえ、知ってます。……おいおいおい。何故この世界に肉まんがあるんだ?
「一体どのような経緯で、この……肉まんが広まったんですか?」
「アル……獣王様が発案して、獣王国の料理人が開発。その後にレシピが公表されて以来、獣王国ではいろんな種類の肉まんが作られるようになったぜ」
「おうよ! ちなみに、この肉まんは一番最初に作られたシンプルな肉まんと同じレシピで作ってる。スタンダードってやつだな!」
アドルフに続いて、屋台の店主の獣人がそう答えた。
人間の街で獣人が堂々と屋台を開いていることにも驚いたが、それよりも肉まんだ。
獣王陛下が発案した、だって? まさか――
(転生者……なのか?)
獣王陛下が転生者だとしたら、人間との共存を考えていることにも説明がつく。
元人間だったら、そういうことを考えてもおかしくないだろう。……だが確証は無い。全くの偶然という可能性もある。
どちらにせよ、獣王陛下には一度会ってみたくなった。きっと無理だろうが。
「それより、早く食べろよ。冷めるぞ」
「あ、はい」
とりあえず一口食べて、そして驚いた。うまい! 前世以来久々に食べたせいか、想像以上にうまかった。俺は無言で食べ進める。
やがて完食したので顔を上げると、アドルフはニヤニヤと、店主はニコニコと俺を見ていた。
「良い食べっぷりだったな」
「はっ! お、お見苦しいところを……!」
「いやいや構わねぇよ! 見たところ貴族様のようだし、口に合うか心配してたが……大丈夫だったみたいだな。良かった!」
「はは……確かに、とても美味しかったです。ありがとうございます」
「いいってことよ!」
その後もアドルフの案内で、商店街を見て回った。……獣王陛下が発案した料理が売られているのを見て、思う。
(おい、獣王。あんたやっぱり転生者だな?)
焼きそばとかカレーとか……ものの見事に食欲をそそる匂いが出る物ばかり獣人に教えやがって!
こっちは屋台の前を通る度に我慢しないといけないから、大変なんだぞ! ここで食べるのを我慢しないと、時間帯的に夕食が入らなくなる。それは駄目だ。
え? 夕飯を食べなければいい? 馬鹿なことを言うな。
そんなことをしたら、何かと理由を付けて俺の折檻をしたがるクソ野郎に目を付けられてしまう。夕飯は残さず食べないといけない。
「アドルフ殿。後々夕食が入らなくなると困りますので、まだ食べ歩きをするようでしたら量の少ない簡単な物でお願いします」
「ん? そうだな……それなら、あれでどうだ?」
「あれって……はい、お願いします!」
「おう」
アドルフが指差したのは、たこ焼きの屋台だった。
たこ焼きは俺の好物だ。……やっぱり、獣王陛下には一度だけでもいいから会ってみたくなった。
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